「・・・暴力、沙汰?」
登校日、私の隣は空席だった。
体調でも悪いのかな、くらいにしか考えていなかった私の耳に、そんな言葉が飛び込んできたのは、お昼休みで。
どうやら年明けに街中で高校生の喧嘩、暴力騒ぎがあったらしい。大きな怪我人が出てしまった訳ではなかったようだが、警察も出動してしまったらしい。
・・・そこに、春原くんがいた。
そんな噂がたってしまっているようで。
「そんな訳ないじゃんねえ。」
笑ってそういうさっちゃんに私も頷く。
クラスの皆もさっちゃんと同じような反応で、物珍しい話題に嫌なザワザワは少しだけ広がったが、それ以上誰かが何かをいう事は無くて。すぐにまた別の話題に移り変わった。
後日、実際に暴力事件と春原君は無関係だった事が分かった。春原くんはたまたまその場に居合わせてしまっただけで。予想通りの事実にだよな~なんて皆が笑って、その反応も軽くて。・・・でも。
「春原、来ないねえ。」
私の机に頬杖を突きながら、さっちゃんが心配そうにつぶやく。
その視線は、空っぽのままの隣の席に向かっている。
一週間たっても、春原くんは学校に来なかった。
メッセージへの返信は無いし、塚田くんも何も聞いていないみたいで。花ちゃんが何か知ってればなんて思ったけど出張と研修で週明けまで休み。あの毒舌性悪イケメン教師め、こんな時に限って・・・というのはただの八つ当たりだと自覚している。ごめん花ちゃん。あ、イケメンは褒めてるか。
・・・何かあったのかな、そんな不安は徐々に大きくなっていく。
険しい顔をしてしまっていたのだろう、さっちゃんが私の眉間の皴を広げてくれる。痛い痛い、ちょっとまってそんな両手でやらないで。
「大丈夫だよ。」
「・・・うん、そうだよね。」
さっちゃんの大丈夫は何よりも心強い。
心強いはずなのに、胸のザワつきが収まらないのは一体なぜだろう。
そんな不安を更に重ねように聞こえてきたのは、
新たなウワサで。
「本当だって!先生の事殴ったんだって!」
1人で廊下を歩いていれば、聞こえてくる女子の声。物騒な言葉に思わず足を止めれば、私はそこから一歩も動けなくなる。
「3組の春原くん。知ってる?」
「ええ、あのちっちゃくて可愛い人?」
「そうそう。中学生の時にそれで停学になったらしいよ。」
「それほんと?」
「私の彼氏南高のバスケ部なんだけど、彼氏と同じバスケ部の子が春原くんと中学校同じだったんだって。だから本当だと思うよ。」
『暴力とかさあ。気を付けた方がいいんじゃない?』
クラスマッチの打ち上げの時。
そう言って意地悪に笑った男の子の顔を思い出す。
「え~それ本当だったら怖すぎない?」
「ね。あの感じで暴力沙汰とか一番怖いタイプだよね。」
クスクス、クスクス。女の子たちが笑う。
きっと彼女たちは春原くんと一度も話したことが無くて、ただ噂話が好きで、今笑っているんだ。明確な悪意も何もないのに、ただただ笑ってるんだ。そう思うと、泣きたい気持ちになる。
心臓がじんわりと痛んで、
彼女たちが立ち去ってからも、私はそこを中々動けなかった。