朝。意気込んで教室に入る。心臓がドキドキと大きく音を立てていて、怖いけど、気を抜いたら泣きそうだけど、でもきちんと話すと決めたんだ。
彼女の姿を見つけて、そして目が合う。
「結依!昨日はごめん!!」」
「さっちゃん!昨日はごめん!!」
全く同じ謝罪の声が重なって、勢い余って私は机に右手を、さっちゃんはクラスメイトのカバンに足を引っかけてしまっていた。
大きな謝罪の声に皆が振り向いて、一瞬時が止まって。
「・・・ぷっ・・・」
気付けば、2人目を合わせて笑い出してしまう。
皆に謝ってから教室を出て、人が少ない場所に移動した。
「結依、本当にごめん。」
「違うんだよ。私の方こそ・・・。」
「ううん、完全な私の八つ当たりだ。」
さっちゃんが深々と頭を下げたりなんてするから、慌てて彼女の肩に手をかける。
「・・・最近、タイムが伸び悩んでて。一生懸命やってきたのに、やってるのに、どうしたらいいのか分からなくなっちゃったの。何もかもが不安になっちゃって。大会も近いのに。皆を引っ張らなきゃいけないのに、情けないって。」
さっちゃんの声は震えていた。
彼女はいつだって自信家で、気が強くて、でもそれはその裏にはとんでもない量の努力があるからだ。人に色々言う前にまずは自分を磨く、それがさっちゃんのモットーで、そんな強さを私は心の底から尊敬する。
「結依がただ心配してくれてるだけなのも分かってて、それなのに自分の気持ちが上手くコントロール出来なくて。正論過ぎたの。正論過ぎて反発しちゃうなんて、私本当に駄目だよね。」
「・・・さっちゃん。」
「本当に、ごめんなさい。」
ううん、と首を振る。違うよ、違うんだよ。
「さっちゃんは情けなくないし駄目なんかじゃないよ。私も、さっちゃんの気持ちをちゃんと考えられてなかった。頑張ってる人に、酷い事言った。」
『・・・どれだけ頑張ったって、当日に万全の状態で臨めなきゃ意味ないじゃん。』
自分の言葉を思い出す。意味ない、なんて絶対に言っちゃいけなかった。ただただ心配だっただけのに、この時は違った。私の言葉を聞いてくれないさっちゃんに腹が立って、棘のある言葉を選んだ。言われたくないと分かっていて、言ったんだ。
「私も、ごめんなさい。・・・でもやっぱり、さっちゃんには少しだけ休んでほしい。私はもちろん頑張っているさっちゃんが、走っているさっちゃんが好きだけど、でもどうしたって心配なの。陸上選手である前に、大切な、友達だから。」
休んでほしい、その言葉をもう一度言うのは怖くて、でも絶対に伝えると決めていた。声が震えてしまって、でもさっちゃんの目を見る。
彼女は、うん、と頷いて。
「今日と明日、休ませてもらう事にしたの。で、明後日からはストレッチ中心でまずは体整えることにした。」
はあ~、と大きな声をだしてさっちゃんが背伸びをする。
「そう言えば最近全然ちゃんとマッサージも出来てなかったなって。体ガチガチなのよ。とりあえず今日明日できちんと体ほぐそうっと。」
お風呂も長く使っちゃお。なんてさっちゃんは悪戯っ子のように笑うから、私も思わず笑顔がこぼれる。
「・・・結依。」
「ん?」
「本当にありがとう。」
私の名前を読んで、さっちゃんが今度は少し照れたように笑う。こんな笑い方は珍しくて、なんだか照れてしまって。でも、とっても嬉しくて。
思わず抱き着いてしまえば、暑苦しい!と一蹴される。すっかりいつものさっちゃんだ。
あ、そうだ。
「さっちゃん、これ。」
「なにこれ。美味しそうなケーキ。」
「美和ちゃんがくれたの。」
さっちゃんの手に、可愛くラッピングされたパウンドケーキを乗せる。
昨日、美和ちゃんは私にパウンドケーキを2つ渡してくれた。
『仲直りに使ってください。美和ちゃん特性絶品パウンドケーキでさき先輩もイチコロですよ。』
なんて言って美和ちゃんは得意げに笑って。
その言葉をそのまま繰り返せば、さっちゃんは調子乗るな、と嬉しそうに笑った。
地べたにそのまま座り込んで、2人でケーキを食べる。美和ちゃん特製パウンドケーキは昨日ももちろん美味しかったけど、今日は更に美味しかった。