大分肌寒くなってきたなあ。もうすぐ冬が来るのかなあ、なんて考えながら廊下を歩く。テスト期間中は練習が休みになる部活も多くて、校内は静かだ。

誰もいないだろうと思いながら中庭を通り過ぎれば、そこには珍しい人の姿があった。おーい、と声をかければかれはゆっくりと顔を挙げて。

「どうしたの?こんなとこで。」
「花ちゃんに呼び出されてた。」
「なるほど。・・・で。何か待ってるの?」
「いや。」

その返答と共に、ぐーっと春原くんのお腹が鳴る。はあ、と彼はため息をついて。

「お腹すいて動けない。」
「・・・何歳児?」

そういえば今日はお昼休みずっと寝ててご飯食べてなかったな。そりゃお腹もすくわ。
何か持ってないかなあ、とカバンを漁れば。透明な袋でラッピングされたクッキーが出てくる。


「これ食べる?今日調理実習で作ったやつ。味は保証できないけど。」
「クッキー?」
「そう。ジンジャークッキー。・・・って、春原くん甘いもの苦手じゃんね。」

ごめんごめん、としまおうとすればその手を掴まれて、彼が私の手からクッキーを奪う。
声を出す暇もなく彼は私のクッキーを一口。ポリポリ、という音が小さく響く。

「・・・うん、美味しい。」
「無理して食べなくていいんだよ?」
「してない。本心。」
「・・・ならよかった。」

隣に私も腰掛けて、一緒にクッキーをつまむ。よかった、塩と砂糖を間違えるなんて初歩的なミスはしてなくて一安心。
まだ多少秋めいている風にあたりながら、2人でしばらく無言のままベンチに腰かけていた。涼しい風も、柔らかい日差しも、全てか心地よかった。




「・・・あの。」

今日も乗り切った~、なんて思いながら背伸びをすれば一緒に欠伸がこぼれる。
帰る準備をして教室を出れば、珍しく美和ちゃんに声をかけられた。

「えーっと、春原くんなら、今職員室行ってるからもう少しで帰ってくると思うよ。」
「あ、いや、違うんです。今日は、秋山先輩に用事があって。」
「私に?」

不測の事態過ぎて目をパチクリしてしまう。そんな私を、美和ちゃんは上目遣いで見つめた。・・・うーん、100点満点。

「キーホルダー?」
「そうなんです。さっきの時間体育だったんですけど、片付け中に倉庫の中でなくしてしまったみたいで。」

美和ちゃんに連れてこられた場所は体育館だった。どうやら大切なキーホルダーを無くしてしまい、それを探すのを手伝ってほしいとの事。

「どのへんで落としちゃったの?」
「多分、こっちの方・・・」

スマホの明かりを頼りに倉庫の奥へと入っていく。
なんか色んなものが落ちているけど、そこにキーホルダーのようなものは見当たらなくて。どこにあるんだろう・・・。

「およ?」

突然ガラガラガラ、という急に大きな音がして振り向けば、
もう既にと着遅し。さっきまであったライトの光が遮断されていて。

「っ・・・先輩が悪いんだから!」

続けざまにガチャン、という音がする。
鉄の扉を挟んで、美和ちゃんの泣きそうな声がした。
突然の出来事に頭が追い付かない。

「悠先輩にこれ以上近づかないでって言ったのに!!」
「いや、でもね、美和ちゃん。隣人だからある程度は・・・」
「この前だって!!先輩、私のクッキーは貰ってくれなかったのに!!」

あ、あの時。調理実習の後。・・・見られてたんだ。
でもあれは春原くんの優しさであって、別に特別な意味なんて何もないのに。

「天然ぶって!何も知らないような顔して!!平気で人の恋を邪魔するんですね!!どこまで計算してるんですか!?」
「いやいやいや。大分誤解が・・・」
「私!!あなたみたいな人!!大っ嫌いです!!」
「っ・・・」

大嫌い、その言葉はさすがに刺さる。
思わずひるんでしまった私に。美和ちゃんは震える声で畳みかける。

「だっ、だから!ここで反省してください!そのうちバレー部が練習にくるので!そしたらここ開くから。それまでっ・・・」
「えーー、と。美和ちゃん?」
「スマホ持ってますよね!?なにかあったら電話かけれますよね!?」
「意地悪なの?優しいの?どっちなの???」

震える声のままちゃんと私がスマホを持ってることを確認した美和ちゃんは、
結局鍵は開けないまま体育館を出て行ってしまったようだ。

シーン、と途端に静かになる。
体育倉庫は埃っぽくて、とりあえず暗くなる前に電気をつけておこう。
そう思って電気に手をかけるが、嘘でしょ、つかない。

小さな窓の外には黒い雲が広がってきていて、無意識に手に力が入る。

秋山結依、17歳。
人生で体育倉庫に閉じ込められる日が来るとは思いませんでした。




ゴロゴロと低重音がして、外を見ればいつの間にか真っ黒な雲に覆われていた。
これは夕立がきそうだなあ、早く帰らなきゃ。なんて思いながら、左の席に目を向ける。
空っぽの席には、まだスクールバックがかかっている。

時計を見れば時刻は18時半前。もうすぐ、下校時刻の放送が鳴る。

校内で迷子?どこかの教室で寝てる?・・・いや、カバンを忘れて帰った?
全て相当間抜けな選択肢だが、彼女ならあり得る。本気であり得る。

スマホを開いてみても、どこ?のメッセージに既読はついていない。
小さくため息をついてしまえば、同時に教室のドアが開いて。

「おお、春原。まだいたんだ。」
「・・・お疲れ。」

入ってきたのは部活終わりの白河で、その髪は雨でぬれていた。
もう急に降ってきちゃってさ~、と不満そうに口を尖らせた白河。

「なんか今日人少なくない?」
「テスト期間中だからじゃない。ほとんど部活休みになるし。」
「あ、そっか。自分の部活がブラック部活動なのすっかり忘れてた。」

そう言いながら白河も俺の隣の席に目を向けて、
あれ、と不思議そうな顔をする。

「結依もまだいるの?」
「分からない。ずっと置きっぱ。」
「そうなんだ。どっかで迷子になってるかな。・・・それかカバン忘れて帰った?」

顎に手を当てて真剣な顔で全く同じ考えをつぶやく。
思わず笑ってしまいそうになれば、一瞬の眩しい光に目がくらむ。
あ、光った。
そう思ったと同時に轟音が響く。

「びっ・・・くりした・・・雷すごいね。」

窓の外に目を向ければ辺りはすでに暗くなっていて、先ほどよりも大粒の雨が打ち付ける。
間抜けな下校時刻を知らせる音楽が流れてきたけど、
やはり秋山が戻ってくる気配無くて。

「・・・大丈夫かな。」
「ん?」

アゴに手を当てたまま、白河は彼女の名前を呟いて、
心配そうに眉を寄せる。

「お化けも高い所も虫もコモドオオトカゲとにらめっこも平気なんだけど」
「それが平気って分かった経緯が気になる。」
「駄目なんだよねえ、あの子。」

そう言った白河は、不安そうに真っ黒な空を見上げる。
カタン、という小さな音がして振り向けば、そこには春日が立っていた。

「あ、春原チルドレン。どうしたの?」

そんな呼び方してたんかい、なんて突っ込む隙もなく。
カバンが置きっぱなしの秋山の机をみて彼女は顔を真っ青にした。

「秋山先輩。まだ、戻ってきてないんですか・・・?」
「・・・ねえ、何か知ってるの?」

ただならぬ様子に白河も顔色を変える。
震えた声のまま事情を話す彼女に、きっと俺の顔色も変わっていた。

「あんたねえ!!今!テスト期間中!!」

珍しく声を荒げる白河と、その言葉に顔を更に真っ白にする春日。
そんな2人を横目に、俺は走り出していた。