「体育祭、お疲れ様でした!」

かんぱーい!と花ちゃんの合図でグラスがぶつかる音がする。
公約通り、花ちゃんのおごりで打ち上げが行われていた。ただ、焼肉ではなくファミレスで。いやまあそこはね、しょうがないよね。十分だよ私ファミレス好きだもん。

「私、飲み物とってくる。」
「あ、俺も行く。」

ついでに、とさっちゃんのグラスもあずかって、春原くんと共にドリンクバーへ向かう。少し離れたドリンクバーの前で並んで順番を待っていれば、列が出来ているのにも関わらず前の男の子たちが騒ぎながら飲み物を入れていた。同い年くらいだろうか。大声で騒ぎながら、ジュースを混ぜたり、その場でスマホをいじったり。うーん、小さい子達も待ってるのになあ。

特に何かいう事もせず並んで順番を待ち続けていれば、彼らがやっと席へと戻っていく。そのうちの一人がチラッとこちらを見て、そして、立ち止まった。

「あれ?春原じゃね?」

呼ばれた本人は少しだけ驚いたように顔を挙げて、
けれどどうやら知り合いなのはその男の子だけらしい。
何?お前の友達?と春原くんを呼んだ男の子の近くに数人が寄ってくる。

「あー。そう、友達だよな?中学の同級生。」

そう言って春原くんの肩を叩く。彼と言えばいつもと変わらない表情のまま、ああ、と小さな声で答えていて。

「同じバスケ部だったんだよな。」
「へー。ていうかお前バスケやってたの?似合わね~」
「うるせえよ。まあでも途中で辞めちゃったんだけどな。春原すげえ上手かったのに、残念だよな~。」

そう言って彼はニヤニヤと春原くんの方を見た。
・・・なんだろう。なんか、嫌な感じ。言葉の中に、悪意を感じる。

男の子たちは今度は私に目を向けて、またニヤニヤと笑う。

「なに?彼女?やるね~~」
「あ、いや。私はそんなんじゃ・・・」
「でも気を付けた方がいいよ。こいつ。普段こんなんだけど、キレたら手つけられないんだぜ。」
「・・・はあ。」
「暴力とかさあ。気を付けた方がいいんじゃない?」

ピクッ、と春原くんの体が一瞬揺れる。

場の空気か少し変わった気がして、春原くんの反応に男の子は満足そう笑う。やっぱりそこには明確な悪意が見えた。
暴力。なんて言葉と彼は全く結びつかないのに。

列が空くころには彼らは席へと戻っていって、どうやらもうお店を出て行くようだ。すっかり遅くなってしまった。さっちゃんがウーロン茶を待ちわびてる、急がなきゃ。

「・・・春原くん?」

横目で顔を見れば、彼の眉間にはシワが寄っていた。
その表情のまま動かない彼の名前をもう一度呼ぶ。けれど、反応は無くて。
なんとなく目を落とせば、彼がこぶしを握り締めている事が分かった。何かに耐えているのかのように。
私にはそれが、悲しみに見えた。

「・・・春原くん。」

やっと私の呼びかけに気づいて顔を挙げた彼は、自分が険しい顔をしていた事に全く気付いていなかったようで。

「早く席に戻ろう。何飲もうかな~~」
「・・・うん。」
「リンゴジュースか、ジンジャーエールか。うーん。悩みどころ。」

手は動かしているものの、彼の意識はそこにないように見えた。申し訳なさそうに少し眉を下げて、春原くんは私の名前を呼ぶ。

「ごめんなんか。嫌な感じだったよね。」
「ううん、私は全然。」

彼の表情はいつもと同じように見えて、でもやっぱり、少し違った。

「ほら、行こう。」

そう言ってから春原くんの服の裾を引っ張る。少し驚いた顔をした春原くんだけど、素直に私の後をついてきてくれた。
やっぱり私には、彼が何かを悲しんでいるように見えた。




「あ、美和ちゃん。」

遠目に移動教室中の美和ちゃんを見かけて手を振ってみるがやはり睨まれた、解せぬ。
小さくため息をつけば、さっちゃんは笑って。

「さっきまでここで春原と話してたじゃん。またそれ見られてたんじゃないの?」
「・・・あ。」

そうだ。体育が終わってさっきまで自販機の前で春原くんの話してたんだった。内容はほとんど運動というものへの私の愚痴だけど。体育という呪いの授業への愚痴だけど。

そのまま無視されるかと思いきや、なんとまさかの美和ちゃんがこちらに歩いてくるのが見える。え、どうしよう、それはそれで怖い。
険しい顔のまま、カツカツ、と歩いてきた美和ちゃんは、私の前に仁王立ちして。

「あの!」
「はい。」
「秋山先輩って、悠先輩のなんなんですか?」
「えっと・・・お隣さん?」
「そこは友達でいいのでは?」

ごもっともなさっちゃんの指摘に友達です、と言い直す。そのやりとりがさらに美和ちゃんに火をつけてしまったみたいで、彼女は更に眉間に眉を寄せる。

「ただの友達にしては一緒にいる事多すぎません?悠先輩の事好きなんですか?」
「いやそれは誤解だよ。そんなんじゃ・・・」
「じゃあもうこれ以上近づかないでください!私の邪魔しないで下さいよ!!」
「えええっ・・・と・・・」

戸惑っている私の事など放っておいて、美和ちゃんは言いたい事だけ言って背を向けて駆けて行った。・・・怖い、恋する乙女、強すぎる。

「あらまあ・・・熱烈だねえ・・・困ったね。」
「・・・さっちゃん。」
「ん?」
「絶対楽しんでるでしょ。」
「バレた?」

困ったね、なんて言いながらさっちゃんの口角は上がっている。ついにはいやー、面白い事になってきた!なんて言いだして、もう隠す気すらない。


その日から美和ちゃんの熱烈アタックがさらに熱を増した。
最初は友達と一緒に来てだけど、最近は1人の事も多い。手作りのお弁当を作ってきたり、好きなおかず教えてください、私頑張っちゃいます!なんて声が聞こえてきたり。ちなみに春原くんはのりたまって答えてた。それおかずじゃないからね、ふりかけだから。・・・いや、ふりかけもおかずなのか?

本を選びながら、はあ、と思わずため息をついてしまう。
アピールに熱が入ると同時に、私への敵意もむき出しになっていて。普通にヘコむ。

予約していた本が届いて嬉しいはずなのに・・・いや、いかんいかん。気持ちを切り替えよう。今日はたくさん本を読もう。そしてのんびりするのだ。
あとは何を借りようかなと本を選んでいれば、後ろの方でコソコソ声がする。振り返ればそこは図書館の中の学習スペースで。数人の女の子たちが教科書を広げながら小さな声で笑いながら話していた。見たことの無い子たちで、1年生だろうか。

「やばいよね。男子にモテたくて必死って感じ。」
「それな。先輩の教室に毎日押し掛けるって普通に怖くない?」

別に会話を聞くつもりは無かったのだけれど自然と耳に入ってきてしまう。
彼女たちの視線の先には彼女の姿があった。

「よくやるよねほんと。もっとさあ、他にやる事あるんじゃない?」
「勉強とか?」
「あはは。ちょっと、聞こえるよ。」

やめなよ~、なんて言いながらクスクス笑う。聞こえるように言っているのだろう、美和ちゃんは下を向いたまま、でもその肩は震えていて。

彼女たちの声の音量は徐々に大きくなっていて、周りの視線も集まり始めていた。それが余計美和ちゃんの存在を小さくしているようで。なんか、こんなの。

「それ、何か関係あるの?」

こんなの、違う。

「・・・え?」
「マニキュアしてたり、香水つけたり。それが何か皆に関係あるの?」

えっと・・・と彼女たちが口ごもる。急に現れた私に美和ちゃんは驚いた顔をして。
美和ちゃんの手をとって、爪を見る。ラメが入った、カラフルな爪。所々剥げていて、上手く塗れていない所もあって。・・・うん、でも。

「私は可愛いと思うけどな。」

美和ちゃんが息をのむ。同時に図書室の先生が近づいてきて、ここは図書室だから、静かにね。と優しい声で注意される。女の子たちも素直に返事をして、いそいそと教科書に向かい始めた。

私も本を借りに行こう、そう思いながら美和ちゃんの手を握りっぱなしだったことに気づいて慌てて離した。ごめん勝手に、と謝れば、彼女は想定外の情けなさそうな顔をして私に小さく頭を下げる。

「こ、これで恩を売ったなんて思わないでくださいね。」
「思わないよ。・・・ていうか、大丈夫?」
「秋山先輩に心配される筋合いなんてありません!」

大きい声を出してしまった自分に驚いたのか、彼女は自分の口を押える。
とにかく、と美和ちゃんは息を吐いて。

「好きじゃないなら悠先輩に近づかないでください・・・っ・・」

そう言い残してその場を去ろうとしたけど、途中で躓いて、持っていた本を落としてしまう。拾うのを手伝おうと近づけば、タイトルが目に入ってきてしまって。

「・・・初めてのお菓子作り・・・不器用さんにも出来る、男をオトス定番料理・・・」

思わず読み上げてしまえば、美和ちゃんにキッと睨まれる。その顔は真っ赤で。

「わっ、わすれっ、忘れてください!!」

急いで本をかき集めて美和ちゃんは再び立ち上がる。途中椅子に足をぶつけたり、ドアに激突したり。いや、動揺が凄い。
・・・さっちゃん。彼女、意外と私に似たものを感じます。