「えっ」

 アレ。
 川内が植物と会話しているということ。

 俺の表情を見てわかったのか、尾崎は大きくため息をついた。

「やっぱり聞いとるんじゃね」
「……知っとるんか」

 川内は、尾崎には言っていないのではなかったのか。
 尾崎は軽く肩をすくめながら、苛立ちを隠すことなく口を開く。

「園芸部入った言うたらさ、ご丁寧に教えてくれるバカがおったんよ。仁方から来よるの、一人じゃないけえね」

 小学時代、中学時代から逃げるように、この山ノ神高校に来たというのに、それでもまだその話が付きまとっているのか。
 それはなんだか腹立たしかった。

「それ、川内には」
「言うわけないじゃろ。ウチはチクるのは性に合わんし、それ聞いたってハルちゃんが傷つくだけじゃん。意味ないわ」
「そう」

 そう聞いて、ほっと息を吐く。それに尾崎は川内が心配していたように、『おらんようになる』ことはないのだ。よかった。

 俺の表情を見たのか、尾崎は少し首を傾げて問うてきた。

「それが原因じゃあないんじゃね?」
「ああ……、それ自体は……痛いとかは思うとらん」
「ふうん?」

 それでも疑わしそうに、こちらを眺める。
 どうやら白黒はっきりつけたいようだが、けれど誰にも踏み込んで欲しくはなかった。

「……説明する気はないんじゃけど」
「ウチにも?」
「うん。俺の問題じゃし」

 俺がきっぱりとそう言うと、尾崎は一歩下がって、そして肩を落とした。

「まあとにかく、昼は温室に来んさい。ヘラヘラ嘘つかれて気分悪いし、気まずいわ」
「……わかった」

 確かに、逃げ回っていても仕方ないのは確かだ。
 自分で言ったように、俺自身の問題で、いつかは俺がその問題をクリアしなければならない。
 それがいつになるのかは、わからない。
 けれど、逃げ回るのだけはもう止めようか、という気にはなった。

 尾崎は、くい、と指先を校舎の外に向けて動かした。

「ほいじゃあ温室行くよ」
「ああ……いや、明日からにする」
「ええ?」

 俺のその返事にどうやらご不満らしく、眉をひそめる。

「明日の朝、川内に話をする。あっちにも言いたいことがあるじゃろうし」

 それを聞いて尾崎はしばらく黙って俺を見つめていたが、少しして、はあ、とため息をついた。

「まあ……それでもええけど。じゃあ明日からね」
「うん」

 それで話はついたと思うのに、尾崎は足を動かさず、考え込んだあとに顔を上げて問うてきた。

「なんかヒントないん?」
「ヒント?」
「うん、喧嘩の原因のヒント」

 俺がだんまりのままなのが、気になって仕方ないらしい。
 ヒントねえ、と考えたあと、ぽつりと言ってみた。

「まあ、簡単に言うたら、嫉妬しとる」
「はあ? 嫉妬? 誰に?」

 訳がわからない、という風に眉根を寄せる。
 川内は大人しくて、園芸部以外では、積極的に誰かと話をすることはない。
 なのに嫉妬? と思うのは無理はないのかもしれない。

「内緒」
「……まあ、ええけどさ。嫉妬とか、こまい(小さい)男じゃねえ」
「『男じゃ女じゃ言うな。差別じゃ!』」

 尾崎の口調を真似して言った。いつか彼女が木下に言った言葉だった。
 尾崎は眉をひそめる。

はがええ(ムカつく)わ」

 それになんだか笑いが零れた。
 くつくつと笑っていると、腰のあたりを肘で小突かれる。

「まああんたも、いつまでも、はぶてとりんさんなよ」
「はぶてとるように見えるん?」
「違うん?」

 そう言われて、少し考えてみる。
 確かに、『はぶてとる(ふてくされている)』以外の何ものでもないような気がした。