「やっぱ、あっちの子だったかー」

 なぜか姉ちゃんが椅子に座り、俺がその前の床に正座させられている、という図になっていた。
 姉ちゃんは椅子に座り、くるくると回り続けている。
 そして俺は、先ほどまで事情を説明させられていた。屈辱だ。

「あー、そりゃダメじゃわ。一発アウトじゃわ。我が弟ながら、あまりの不器用さに涙が出るわ」

 そして、くるくる回る姉ちゃんに、そんな絶望的な言葉を言われていた。
 涙が出ると言いながら、あはは、と笑っているのはもう諦めよう。

「……どうしたらいいですか」

 相談だと言うなら、答えてもらおうじゃないか、とそう訊いてみる。
 話を聞くだけ聞いて、面白がるだけ面白がって、それで終わり、というのなら、今度こそ下剋上だ。
 俺の決意を読んだのかどうなのか、姉ちゃんは床に足を滑らせて止まり、膝に肘を当てて頬杖をついて、床に座る俺を覗き込んできた。

「そりゃもう、誠心誠意謝るしかないんじゃないん? ほいで、改めてコクる」

 結局、姉ちゃんの口から出てきた言葉は、そんな基本的で当たり前のことだった。
 けれど、それしかないのだろう。
 逆転満塁ホームランな奇策でもないかと考えても無駄なんだろう。

 少なくとも俺よりは恋愛経験がありそうな姉ちゃんならあるいは、と思ったが、そんな都合のいい話はないのだ。

「わかった」

 俺は、こくりとうなずいた。
 姉ちゃんはそんな俺を見て、小さく笑う。

「実は、私はどうなるかわかっとるんじゃけどねー」
「えっ!」

 思わず顔を上げる。姉ちゃんは俺の顔を見て、にやりと笑った。
 これは、どっちだ?
 上手くいくのかいかないのか、どっちが見えている?

「あの……それは、いい話ですか、悪い話ですか」
「教えなーい」

 そしてまた、くるくると回りだした。
 くっそ、ムカつく。

「弟に恋愛相談受けるようになるとは、感慨深いわー」

 回りながらそう言って、あははと笑う。
 相談を受けるもなにも、むりやり聞き出したくせに。

 しかし俺は、プルプル震えながら、黙って耐えるしかないのだった。

          ◇

 とにもかくにも、『誠心誠意謝る』ということだけは、しなければならない。

 それなら、二人きりのときを探さないと。
 放課後は木下がいるし。授業の間の小休憩は、もちろん皆いるし。呼び出す、というのも逆に訝しがられる。

 となると、朝だ。
 川内が何時から温室に来ているのかは知らないけれど、朝ならきっと二人きりで会える。

 そういうわけで、俺はいつもよりも一時間早く家を出た。
 自転車を漕いで通学路を進んでいると、一時間も早いというのに、けっこう生徒が歩いている。運動部の朝練グループだろう。

 駐輪場に自転車を停めて、そのまま温室に向かう。
 もう来ているだろうか。まだでも温室の前で待っていよう。
 なんと言って謝ろうか。不誠実なことを言ってごめん、とか? 急に変なことを言ってごめん、とか? とにかく、ついでじゃない、ということは伝えないと。

 そんなことをグルグルと考えながら足を進める。
 そして温室の前にたどり着いて見てみると、温室の扉には開けられた南京錠が掛けられていた。

 もう、来ているんだ。
 俺は一度深呼吸して、そしてそっとノブに手を掛ける。
 悪いことをしようとしているわけでもないのに、なぜか開いたドアからこっそりと中を覗き込んだ。

 いた。じょうろを手に、並べられた植木鉢に水をやっている。一つ一つ確認するように、土に手を当てながら、丁寧に。
 以前、集中したい、と言っていたことを思い出す。本当に集中しているのか、こちらには気付いていない様子だ。

「おはよー」

 急に発せられた川内の声に、ビクッと身体が震える。
 気付いていないかと思ったのに、実は俺に気付いていたのか。

 俺は一つ息を吐くと、口を開く。

「おは……」
「今日も綺麗なねー。うん? ごめんね、もうちょっと待ってね」

 しかし川内が話し掛けていたのは、俺ではなかった。

「はい、お水」
「暑うなってきたけど、大丈夫?」
「可愛いねー、うん、ホンマよ?」

 これはあれか。サボテンに話し掛けると綺麗な花が咲くとかいう、あれか。あれを全部の植木鉢に向かってやっているのか。
 それで恥ずかしくて一人でやりたいと言っていたのかな、と笑みが漏れた。

「え?」

 ふと川内が植木鉢に向かって首を傾げ。
 そしてこちらに勢いよく振り返った。

 驚いた。気付かれた。これでは覗き見していたみたいじゃないか。いや覗き見なんだけど。

「あ、おはよう。ごめん、あの……」

 どう言おうかとしどろもどろになっていると。
 川内は、手に持っていたじょうろを手放した。温室の中に、じょうろが落ちる音が響く。

「え……」

 見てわかるほど、川内の顔はみるみる青ざめていった。