それから少しだけ雑草を抜いて。
「……今日はここまでにしとく?」
「うん、もう帰らんと」
腕時計を見ながら、川内がそう言った。
ジャージから着替えるために、川内は更衣室へ、俺は教室に向かう。
木下はジャージで帰ったけれど、大丈夫なんだろうか。今日はともかく、明日の朝はどうするんだろう、などと考えながら教室の扉を開くと。
「うおっ」
教室には、木下がいた。帰ったのではなかったのか。
木下はすでに制服に着替えていて、自分の机に突っ伏して、こちらに手だけを上げた。
「……おー……」
「帰ったんか思いよった」
「途中まで……帰ったんじゃけど、ジャージじゃったけえ、引き返してきた」
「あ……ああ、そうなんか」
途中で、我に返った、という感じか。
なんと声を掛けていいかわからず、俺はとりあえずジャージから制服に着替える。
「……ざき」
「うん?」
小さな小さな声がして、そちらに振り向く。木下は机に突っ伏したまま、続ける。
「尾崎……なんか、言いよった?」
「ああ……」
それは気になるだろう。
けれど、バカだと言っていたことを聞かせてもいいものなのだろうか。
「ようわからんけえ、とにかく帰るって、少し前に帰っていったで」
「帰ったんは、知っとる」
少し顔を上げて、教室の窓から外に視線を移す。
そこから、校門を出て行く尾崎を見ていたのだろう。それで鉢合わせを恐れてここでしばらく潜んでおくことにしたのか。
「バカじゃ、言いよったろうが」
「えっ」
まんまだったので、咄嗟に繕うこともできずに、固まってしまう。
俺のその様子を見て、木下は小さく笑った。
「やっぱりの」
「いや……あれは、尾崎も混乱しとって、それしか言えんかったんじゃないんか」
「ほうかもしれんけど、バカには違いないわ」
そう言って、大きく深いため息をつく。
「なんかわからんけど……スイッチ入ったみたいになって、勢いで言うてしもうた」
いつもの元気な声ではない。すっかりしょげかえっているように見える。
「でも」
俺の声に、木下は顔を上げた。
だからといって、バカかと言われたらそんなことはないと思う。
勢いというものは、きっとあるし、それがたまたまさっきのタイミングだったんだろう。
「俺からしたら、好きじゃって気持ちを口にした木下は、すごいよ」
すごい。それは、嘘偽りない気持ちだった。
俺の言葉に、木下はしばらく瞬きを繰り返し、そして小さく笑った。
「ほうか、すごいか」
「うん」
「じゃあ神崎も告白するか」
「いや、俺はタイミングを見計らう」
「ずりぃ」
そう言って、木下は声を上げて笑った。
よかった、どうやら少し、元気が出たようだ。やっぱり木下は元気なほうがいい。
「いうても、いいタイミングでいいこと言えるとも限らんよの」
「まあのう。それはようわかったわ」
そしてまた、ははは、と声を上げて笑った。
◇
それから二人で靴箱のところに行き、川内が来るのを待った。
川内が更衣室から出てこちらに向かってくるのが見えた。彼女は木下の姿を見とめると、驚いたように目を開いたが、少ししてパタパタと駆け寄ってきて、にっこりと笑った。
「まだ帰ってなかったんじゃ」
「おお。悪かったのう、変な空気にしてしもうて」
川内はふるふると首を横に振る。
「大丈夫よ」
「ほうか」
そして三人で、校舎を出る。いつもより一人少ない帰り道だが、しゃべることはたくさんあった。
「私らは、どうしたらええ?」
「どうもせんでええよ」
「じゃあ、知らんぷりしとくで。木下はどうするん?」
「ああ……まあ……どうしようかのう」
言いながら、頭を掻いている。
本当に、どうしたらいいのかわからないのだろう。その気持ちは、わかる気がする。
川内が、木下の様子を見て、おずおずと口を開いた。
「あのね」
「うん?」
「あのね、冗談だって誤魔化すのだけは、いけんと思う」
確かに。木下の普段のキャラを考えると、笑いながら誤魔化す、という行動もあり得る。
そして木下の中にその選択肢はあったようで、肩を落としてうなだれた。
「ほうか……ダメかのう」
そのときふと、思い出したことがあった。
「あっ、前に姉ちゃんがそんなん言いよった気がするわ」
「えっ? お姉さん、なんて?」
「たぶん、今回のことと似たような感じなんじゃ思うんじゃけど……電話での? 『冗談? へえー、うん、わかった』って感じで、にこやかじゃったんじゃけど」
「うん」
「でも、電話切ったあと、『死ね!』ってスマホに向かって叫びよったわ……」
「怖え……」
「じゃけえ、俺も冗談で誤魔化しちゃいけんほうに、一票」
「肝に銘じとく……。でもまあ、なるようになれ、じゃわ」
三人だけの帰り道は、けれどその中心にいるのは尾崎のような気がした。
「……今日はここまでにしとく?」
「うん、もう帰らんと」
腕時計を見ながら、川内がそう言った。
ジャージから着替えるために、川内は更衣室へ、俺は教室に向かう。
木下はジャージで帰ったけれど、大丈夫なんだろうか。今日はともかく、明日の朝はどうするんだろう、などと考えながら教室の扉を開くと。
「うおっ」
教室には、木下がいた。帰ったのではなかったのか。
木下はすでに制服に着替えていて、自分の机に突っ伏して、こちらに手だけを上げた。
「……おー……」
「帰ったんか思いよった」
「途中まで……帰ったんじゃけど、ジャージじゃったけえ、引き返してきた」
「あ……ああ、そうなんか」
途中で、我に返った、という感じか。
なんと声を掛けていいかわからず、俺はとりあえずジャージから制服に着替える。
「……ざき」
「うん?」
小さな小さな声がして、そちらに振り向く。木下は机に突っ伏したまま、続ける。
「尾崎……なんか、言いよった?」
「ああ……」
それは気になるだろう。
けれど、バカだと言っていたことを聞かせてもいいものなのだろうか。
「ようわからんけえ、とにかく帰るって、少し前に帰っていったで」
「帰ったんは、知っとる」
少し顔を上げて、教室の窓から外に視線を移す。
そこから、校門を出て行く尾崎を見ていたのだろう。それで鉢合わせを恐れてここでしばらく潜んでおくことにしたのか。
「バカじゃ、言いよったろうが」
「えっ」
まんまだったので、咄嗟に繕うこともできずに、固まってしまう。
俺のその様子を見て、木下は小さく笑った。
「やっぱりの」
「いや……あれは、尾崎も混乱しとって、それしか言えんかったんじゃないんか」
「ほうかもしれんけど、バカには違いないわ」
そう言って、大きく深いため息をつく。
「なんかわからんけど……スイッチ入ったみたいになって、勢いで言うてしもうた」
いつもの元気な声ではない。すっかりしょげかえっているように見える。
「でも」
俺の声に、木下は顔を上げた。
だからといって、バカかと言われたらそんなことはないと思う。
勢いというものは、きっとあるし、それがたまたまさっきのタイミングだったんだろう。
「俺からしたら、好きじゃって気持ちを口にした木下は、すごいよ」
すごい。それは、嘘偽りない気持ちだった。
俺の言葉に、木下はしばらく瞬きを繰り返し、そして小さく笑った。
「ほうか、すごいか」
「うん」
「じゃあ神崎も告白するか」
「いや、俺はタイミングを見計らう」
「ずりぃ」
そう言って、木下は声を上げて笑った。
よかった、どうやら少し、元気が出たようだ。やっぱり木下は元気なほうがいい。
「いうても、いいタイミングでいいこと言えるとも限らんよの」
「まあのう。それはようわかったわ」
そしてまた、ははは、と声を上げて笑った。
◇
それから二人で靴箱のところに行き、川内が来るのを待った。
川内が更衣室から出てこちらに向かってくるのが見えた。彼女は木下の姿を見とめると、驚いたように目を開いたが、少ししてパタパタと駆け寄ってきて、にっこりと笑った。
「まだ帰ってなかったんじゃ」
「おお。悪かったのう、変な空気にしてしもうて」
川内はふるふると首を横に振る。
「大丈夫よ」
「ほうか」
そして三人で、校舎を出る。いつもより一人少ない帰り道だが、しゃべることはたくさんあった。
「私らは、どうしたらええ?」
「どうもせんでええよ」
「じゃあ、知らんぷりしとくで。木下はどうするん?」
「ああ……まあ……どうしようかのう」
言いながら、頭を掻いている。
本当に、どうしたらいいのかわからないのだろう。その気持ちは、わかる気がする。
川内が、木下の様子を見て、おずおずと口を開いた。
「あのね」
「うん?」
「あのね、冗談だって誤魔化すのだけは、いけんと思う」
確かに。木下の普段のキャラを考えると、笑いながら誤魔化す、という行動もあり得る。
そして木下の中にその選択肢はあったようで、肩を落としてうなだれた。
「ほうか……ダメかのう」
そのときふと、思い出したことがあった。
「あっ、前に姉ちゃんがそんなん言いよった気がするわ」
「えっ? お姉さん、なんて?」
「たぶん、今回のことと似たような感じなんじゃ思うんじゃけど……電話での? 『冗談? へえー、うん、わかった』って感じで、にこやかじゃったんじゃけど」
「うん」
「でも、電話切ったあと、『死ね!』ってスマホに向かって叫びよったわ……」
「怖え……」
「じゃけえ、俺も冗談で誤魔化しちゃいけんほうに、一票」
「肝に銘じとく……。でもまあ、なるようになれ、じゃわ」
三人だけの帰り道は、けれどその中心にいるのは尾崎のような気がした。