「お前らそれぞれ、種からなんか育ててみるか」

 と、温室でくつろいでいるときに、浦辺先生が言った。

「それぞれ?」
「種から?」

 俺たちが首を傾げていると、浦辺先生は腰に手を当てて口を開く。

「やっぱり園芸部の活動じゃけえの、花でも咲かせてみんといけんじゃろう」

 その言葉に瞳を輝かせたのは川内だけで、他の三人は眉根を寄せた。

「小学校のときに朝顔を育てたことしかない」

 俺がそう言うと、木下もうんうん、とうなずく。
 尾崎も続けた。

「ウチなんか、サボテン枯らしたことあるよ」
「うわー、マジか」
「水やりすぎちゃいけんっていうけえ、放っといたら枯れとった」
「やりそう」

 そう言って三人は笑うが、川内は少し驚いたように口を開いた。彼女にとっては信じられないことらしい。

「私も手伝うけえ、がんばろ?」

 よほど不安なのか、労わるような小さな声音で、尾崎に言っている。

「自信ないわー」

 しかし尾崎から返ってきたのは、そんな心もとない言葉だった。

「前途多難じゃのう」

 呆れたように、ため息混じりで浦辺先生は肩を落とす。

「まあ、川内がおるけえ、大丈夫じゃろ」

 しかしすぐに気を取り直したように、そう言った。
 どうやら川内の実力は、浦辺先生からのお墨付きのようだ。

「やっぱ、ハルちゃんは上手いんじゃ」
「上手い……いうほどでもないんじゃけど……」

 尾崎の言葉に、川内は困ったように眉尻を下げる。
 しかし浦辺先生は、温室内を見渡して言った。

「ここにある花、ほとんど川内が咲かせたんで?」
「へえー」
「そこのパンジーも、ちゃんと種から育てたんじゃ」

 浦辺先生は、棚に並べられたプランターを指差した。その色とりどりの可愛らしい花は、いつも俺たちの目を楽しませてくれている。

「覚えとらんか、今年の一年生が入ってきたとき、靴箱んとこにいっぱい置いてあったじゃろうが。綺麗じゃったで」
「そういえば……」

 あったような気がする。よく見ていなかった。

「パンジーは、色がいっぱいあるけえ、華やかかと思うて」

 照れたように川内が頬を染める。

「すごいね、ハルちゃん。種から育てるとか」
「そんなに難しゅうないよ。千夏ちゃんもやってみる?」
「うーん……」

 サボテンを枯らせたことのある尾崎にしてみれば、パンジーはハードルが高いのかもしれない。どうも乗り気ではない様子だ。

「ワシは、どうせなら食べれるもん育ててみたいのう」

 木下がはしゃいだ声で言う。
 食べられるもの……といえば。

「野菜とか?」
「野菜かー……果物のほうがええのう」
「卒業までに収穫できるもんにせえよ」

 浦辺先生の言葉に、それもそうか、と考える。
 桃栗三年柿八年、卒業まであと二年弱。桃と栗と柿みたいに、木に生るようなものは、どう考えても無理だ。

「あ! スイカにしようや」

 尾崎がポンと手を叩いて、名案だとばかりに言った。
 しかし浦辺先生は手を胸の前で振って、却下の姿勢だ。

「スイカは難しいで。初心者がやるようなもんじゃないで」
「ええー、スイカがええよー」

 サボテンを枯らせた人間がなにを言っているのか。しかし尾崎は食い下がる。

「スイカにしようや! スイカ好きなんよ!」

 足をバタバタさせてそう言い張る尾崎を見て、浦辺先生は腕を組んでうーん、と考え込む。
 俺にはよくわからないけれど、その様子を見るに、どうやら本当にスイカは難しいのではないか。
 しかし少しして、浦辺先生は顔を上げた。

「まあ、スイカにしろなんにしろ、食べられるもんにするんなら、畑をまず耕さんといけんのう。もう何年も使うてないけえ、まずはそこからじゃ」

 畑を耕す。
 どうやらまた、俺たちの出番なのではないか。俺と木下は、顔を見合わせて苦笑する。

「畑はどこ?」
「温室の横にあるじゃろうが」

 浦辺先生は温室の外を指差した。
 そこには、草ぼうぼうの広場しかない。

「あれ、畑じゃったんじゃ」
「ほうで」

 そう言って、うなずく。

「まあとにかく、今植えられるものかどうかとか、よう考えんと。よし、ちゃんと一年の計画を練ろう。園芸部らしゅう(らしく)なってきたのう」

 そう言って、浦辺先生は嬉しそうに笑った。