ある日の朝、教室に駆け込んできた木下が、窓際に駆け寄ると同時に、教室の窓を勢いよく開けた。
「……なに?」
わけがわからず、その様子を眺める。木下は窓枠に手を掛け、窓の外に身を乗り出すようにして、空を眺めている。
「いや、危ないって」
俺は思わず、木下のブレザーの裾をまくり上げると、ズボンのベルトをつかんだ。
まさか飛び降りはしないだろうけれど、なんだか危なっかしかった。
「あー、いねえ……」
「なにがだよ」
なにがなんだか、という状態なのでそう言うと、木下はこちらにくるりと振り向く。弾みでベルトをつかんでいた手を離してしまった。
どうやらもう安全そうなのでいいんだろうけれど、でもいつでもつかめるように心構えをしておいたほうがいいんだろうか。
しかしこちらの戸惑いは他所に、木下は興奮した様子で口を開く。
「ワシ、今、すげえの見た!」
慌てたようにカバンを自分の机の上に投げて、こちらに身を乗り出してくる。なので思わず身を引いた。唾がかかるんじゃないかっていう距離だった。
「すげえの?」
「UFO!」
「……は?」
なにを言うかと思えば。
しかしこちらのドン引き具合にはまったく構わない様子で、木下はさらに言い連ねてくる。
「いやマジだって。絶対、UFOだって!」
「おはよー、なにを騒ぎよるん?」
尾崎がやってきて、眠たげにそんなことを言う。
「尾崎、お前は見んかったんか!」
「は? なに?」
「UFO!」
「……は?」
尾崎は眉をひそめると、呆れたように一つため息をついて、自分の席に着いた。
「朝からバカなこと言いんさんなや。どうせ飛行機かなんかじゃろ。ゲームのし過ぎじゃないんね」
「本当だって! ああー、あのとき、周りに知っとるやつがおらんかったんよのー」
心底悔しそうに、そんなことを言っている。
「……どこにおったん?」
最初はそんなバカな、と思っていたのに、木下の様子を見ているうち、なんとなく興味が湧いて、そう訊いてみた。
もちろんUFOだとか宇宙人だとかそういう話は、大好物であったりもする。
木下は満面の笑みでこちらに振り返った。
「そこの坂の下から、上のほう見たら、これくらいのの」
そう言って、右手の親指と人差し指で、小さな小さな丸を作る。
「おはよう」
「おはよー、ハルちゃん」
そこで川内もやってきて、そして尾崎は木下の興奮は丸無視で、川内に挨拶していた。
木下も自分が話すのに忙しいのか、特に構いはせずに続けた。
「白い丸が空でフワフワしとって。ほいで、なにかのう、思うて見よったら、こう動いたあと、こう! ほいで、こう! 動いたんじゃ」
すっと左から右に動かした手を、鋭角に左下に振り下ろす。
「ほいでまたこっちに!」
そしてさらに、手を左から右に動かした。木下から見て、Zを書いたような形だ。
なるほど。それなら飛行機とは考えられない。というか、そんな動きをするものがあるだろうか。
「鳥かなんかじゃないん?」
頬杖をついて、呆れたように尾崎が言った。
その辺りから、苦笑しながらこちらを見ているクラスメートもチラホラと見受けられるようになった。木下の声が大きいからだろう。
「鳥はあんな早うに動かんじゃろ」
「あんな、言われても」
冷静な声で尾崎が答える。
「……なんの話?」
さっぱりわけがわからない、という表情で、川内が首を傾げる。途中からだから、なんのことか理解できなかったのだろう。
ため息混じりで、尾崎が答える。
「UFOだって」
「UFO?」
きょとんとして瞬きを繰り返す川内に、木下は身を乗り出して言った。
「いやマジで、見たんだって!」
「そ、そうなんじゃ」
少し身を引きながら、川内が応える。
「動画かなんかあったら信じたのに」
はあ、と息を吐きながら言う尾崎のその言葉に、「あー!」と木下は天井を仰いだ。
「ホンマじゃ! スマホあったのに! 撮ればよかった。ああでも、間に合わんかったかもしれんのう」
「残念でしたー。はい、終わり終わり」
尾崎がパンパンと手を叩きながら、その場を終わらせようとする。
「バカにしとるんか! 宇宙人がおってもおかしくないじゃろうが!」
木下はムキになってそう言う。もう引っ込みがつかないのかもしれない。
しかし尾崎は相手にするつもりはないようだ。
「高校生にもなってそんなん信じとるとか、十分バカじゃわ」
「おるかもしれんじゃろうが」
「うん、おるかもしれんと思うよ」
思わず、そう口を出す。
すると、木下は嬉しそうにこちらを見て笑顔を見せた。
「ほうか、そう思うか!」
「うん」
大きくうなずく。
この広い宇宙で、人類が存在しているのが地球だけ、というのも逆におかしいと思う。
きっと宇宙のどこかに、宇宙人はいるんだ。
「これだから男子は……」
はあ、と尾崎が呆れたようにため息をつく。
しかし。
「私も、おると思う!」
川内の意外な援護射撃に、俺たちは彼女のほうに振り返った。
まーた騒いでる、という顔をしていたクラスメートたちまで、話をするのを止めて、こちらに振り向いたくらいだった。
川内にしては珍しく、音量を上げて、興奮している様子だ。
「私、宇宙人はおると思うよ!」
言っておきながら、肯定されるとは思っていなかったのであろう木下が、けれど「だよな!」と嬉しそうに川内を指差した。
尾崎は困ったように眉尻を下げた。
「ええー、ハルちゃんまで」
「千夏ちゃん、きっとおるよ。見とらんだけかもしれんし」
うんうん、とうなずく俺たち三人を見渡して、尾崎は肩を落とす。
「ええー、まさかのウチが少数派?」
「認めえや。宇宙人はおるって」
勝ち誇って胸を張る木下に、尾崎は眉根を寄せた。
「はがええ。絶対認めとうない」
「なんでじゃ」
そこで一時間目の予鈴が鳴り、皆がゆっくりと自分の席に戻り始める。俺たちも話を止めて、それぞれの席に着いた。
それから尾崎が振り返って、小さく首を傾げて川内に言う。
「でもなんか、意外。ハルちゃんはそんなん言わんような気ぃしとった」
「ほ、ほう?」
「うん」
「でも、世の中にはきっと……そういう不思議なこともたくさんあるんよ」
「ハルちゃんが言うなら、そういうことにしとってもええわ」
そう言って、尾崎はニッと口の端を上げた。
「ワシが言うのは信じんのんか……」
と、後ろの席から小さく言う声が聞こえたところで、一時間目の本鈴が鳴った。
「……なに?」
わけがわからず、その様子を眺める。木下は窓枠に手を掛け、窓の外に身を乗り出すようにして、空を眺めている。
「いや、危ないって」
俺は思わず、木下のブレザーの裾をまくり上げると、ズボンのベルトをつかんだ。
まさか飛び降りはしないだろうけれど、なんだか危なっかしかった。
「あー、いねえ……」
「なにがだよ」
なにがなんだか、という状態なのでそう言うと、木下はこちらにくるりと振り向く。弾みでベルトをつかんでいた手を離してしまった。
どうやらもう安全そうなのでいいんだろうけれど、でもいつでもつかめるように心構えをしておいたほうがいいんだろうか。
しかしこちらの戸惑いは他所に、木下は興奮した様子で口を開く。
「ワシ、今、すげえの見た!」
慌てたようにカバンを自分の机の上に投げて、こちらに身を乗り出してくる。なので思わず身を引いた。唾がかかるんじゃないかっていう距離だった。
「すげえの?」
「UFO!」
「……は?」
なにを言うかと思えば。
しかしこちらのドン引き具合にはまったく構わない様子で、木下はさらに言い連ねてくる。
「いやマジだって。絶対、UFOだって!」
「おはよー、なにを騒ぎよるん?」
尾崎がやってきて、眠たげにそんなことを言う。
「尾崎、お前は見んかったんか!」
「は? なに?」
「UFO!」
「……は?」
尾崎は眉をひそめると、呆れたように一つため息をついて、自分の席に着いた。
「朝からバカなこと言いんさんなや。どうせ飛行機かなんかじゃろ。ゲームのし過ぎじゃないんね」
「本当だって! ああー、あのとき、周りに知っとるやつがおらんかったんよのー」
心底悔しそうに、そんなことを言っている。
「……どこにおったん?」
最初はそんなバカな、と思っていたのに、木下の様子を見ているうち、なんとなく興味が湧いて、そう訊いてみた。
もちろんUFOだとか宇宙人だとかそういう話は、大好物であったりもする。
木下は満面の笑みでこちらに振り返った。
「そこの坂の下から、上のほう見たら、これくらいのの」
そう言って、右手の親指と人差し指で、小さな小さな丸を作る。
「おはよう」
「おはよー、ハルちゃん」
そこで川内もやってきて、そして尾崎は木下の興奮は丸無視で、川内に挨拶していた。
木下も自分が話すのに忙しいのか、特に構いはせずに続けた。
「白い丸が空でフワフワしとって。ほいで、なにかのう、思うて見よったら、こう動いたあと、こう! ほいで、こう! 動いたんじゃ」
すっと左から右に動かした手を、鋭角に左下に振り下ろす。
「ほいでまたこっちに!」
そしてさらに、手を左から右に動かした。木下から見て、Zを書いたような形だ。
なるほど。それなら飛行機とは考えられない。というか、そんな動きをするものがあるだろうか。
「鳥かなんかじゃないん?」
頬杖をついて、呆れたように尾崎が言った。
その辺りから、苦笑しながらこちらを見ているクラスメートもチラホラと見受けられるようになった。木下の声が大きいからだろう。
「鳥はあんな早うに動かんじゃろ」
「あんな、言われても」
冷静な声で尾崎が答える。
「……なんの話?」
さっぱりわけがわからない、という表情で、川内が首を傾げる。途中からだから、なんのことか理解できなかったのだろう。
ため息混じりで、尾崎が答える。
「UFOだって」
「UFO?」
きょとんとして瞬きを繰り返す川内に、木下は身を乗り出して言った。
「いやマジで、見たんだって!」
「そ、そうなんじゃ」
少し身を引きながら、川内が応える。
「動画かなんかあったら信じたのに」
はあ、と息を吐きながら言う尾崎のその言葉に、「あー!」と木下は天井を仰いだ。
「ホンマじゃ! スマホあったのに! 撮ればよかった。ああでも、間に合わんかったかもしれんのう」
「残念でしたー。はい、終わり終わり」
尾崎がパンパンと手を叩きながら、その場を終わらせようとする。
「バカにしとるんか! 宇宙人がおってもおかしくないじゃろうが!」
木下はムキになってそう言う。もう引っ込みがつかないのかもしれない。
しかし尾崎は相手にするつもりはないようだ。
「高校生にもなってそんなん信じとるとか、十分バカじゃわ」
「おるかもしれんじゃろうが」
「うん、おるかもしれんと思うよ」
思わず、そう口を出す。
すると、木下は嬉しそうにこちらを見て笑顔を見せた。
「ほうか、そう思うか!」
「うん」
大きくうなずく。
この広い宇宙で、人類が存在しているのが地球だけ、というのも逆におかしいと思う。
きっと宇宙のどこかに、宇宙人はいるんだ。
「これだから男子は……」
はあ、と尾崎が呆れたようにため息をつく。
しかし。
「私も、おると思う!」
川内の意外な援護射撃に、俺たちは彼女のほうに振り返った。
まーた騒いでる、という顔をしていたクラスメートたちまで、話をするのを止めて、こちらに振り向いたくらいだった。
川内にしては珍しく、音量を上げて、興奮している様子だ。
「私、宇宙人はおると思うよ!」
言っておきながら、肯定されるとは思っていなかったのであろう木下が、けれど「だよな!」と嬉しそうに川内を指差した。
尾崎は困ったように眉尻を下げた。
「ええー、ハルちゃんまで」
「千夏ちゃん、きっとおるよ。見とらんだけかもしれんし」
うんうん、とうなずく俺たち三人を見渡して、尾崎は肩を落とす。
「ええー、まさかのウチが少数派?」
「認めえや。宇宙人はおるって」
勝ち誇って胸を張る木下に、尾崎は眉根を寄せた。
「はがええ。絶対認めとうない」
「なんでじゃ」
そこで一時間目の予鈴が鳴り、皆がゆっくりと自分の席に戻り始める。俺たちも話を止めて、それぞれの席に着いた。
それから尾崎が振り返って、小さく首を傾げて川内に言う。
「でもなんか、意外。ハルちゃんはそんなん言わんような気ぃしとった」
「ほ、ほう?」
「うん」
「でも、世の中にはきっと……そういう不思議なこともたくさんあるんよ」
「ハルちゃんが言うなら、そういうことにしとってもええわ」
そう言って、尾崎はニッと口の端を上げた。
「ワシが言うのは信じんのんか……」
と、後ろの席から小さく言う声が聞こえたところで、一時間目の本鈴が鳴った。