彼女のテレパシー 俺のジェラシー

 翌日の放課後、温室に行くと。

「男子二人にゃあ、キリキリ働いてもらわんといけんよのう」

 と、浦辺先生が上機嫌で言った。

「ワシ、そんなに熱心にクラブ活動するつもりなかったんじゃけど……」

 木下がそう言ってうなだれている。
 確かに木下は最初から、「ほいでも、そんなに熱心にはやれんで?」と言っていた。
 その様子を見て、川内が首を傾げる。

「なんか、お家の用事とかあるん? 塾とか? ほいなら一週間に一回とかでも……」
「ないない、ないわー! 家帰ってゲームするだけよ」

 と笑いながら答えたのは、なぜか木下ではなく尾崎だった。木下は少し睨みながら尾崎に言う。

「なんでお前が答えとるんじゃ」
「だって知っとるもん。おばさんが言いよったわ」

 胸を張って尾崎がそう言うと、木下は吐き棄てるようにつぶやいた。

「あのクソババア」
「母親に向かってなにを言いよるんなら、コラ」

 浦辺先生が素早く木下の頭に手を伸ばし、ギリギリと握っている。

「いたたたた」
そがあ(そん)なこと言うなよ、悪いやっちゃなあ」
「暴力教師ー!」

 言われて、ははは、と笑いながら浦辺先生は手を離す。

「じゃ、働いてもらおうかのう」

 恨みがましい木下の視線は意に介さず、浦辺先生は温室の隅っこに投げてあった台車を指差した。

          ◇

「まあ……大した手間じゃないけどのう」

 二人でガラガラと台車を押していると、木下はため息をついてそう言った。

「でも校舎の入り口までしか台車は使うちゃいけんって言いよったよな」
「職員室が二階なんよのう」

 さらに大きなため息を、木下は吐いた。
 温室の中にあった背の高い観葉植物が五つ、台車の上に乗っている。今、校舎の中にあるものと入れ替えてきてくれ、とのことだった。

「陽当たりが悪かったり、水をやりすぎたりすると、弱ってくるんよの。じゃけえ定期的に入れ替えるんじゃ」

 と浦辺先生が俺たちに指示を出した。

「今まで、女子二人とワシがやりよったんで」

 確かにそれでは、男手が必要だと思うのも仕方ない。

「その前は?」
「ん?」

 三年生の部員がいない。受験で引退するのは、夏頃のはずだ。まだ春なんだから、まだいてもおかしくはないと思うのだが。ということは、元々いなかったのだろうか。

「誰もおらんかったで。川内が久々の部員じゃ」
「じゃあその頃は……」
「シナシナの観葉植物が置いてあったんじゃ」
「なるほど」
「そういうことじゃけえ、頼むの」

 というわけで、俺たちは渋々ながら台車を引いている。

「あー、早まったかのう」

 と、木下がため息混じりに言った。

「尾崎がおるって聞いた時点で止めとけばよかった」

 なんてことを言うので、少しばかりからかいたくなった。

「逆じゃろ?」
「逆?」

 俺の言葉に、木下は足を止める。俺もそれに倣った。

「逆って?」

 木下は本気でわからないようで、首を傾げている。

「尾崎がおるけえ、入ったんじゃろ?」

 ズバッとそう言うと、木下は目を見開いて、みるみる耳まで赤くなった。
 すごい。わかりやすい。

「なっ、なにを言いよるんなら! そがあ(そん)なことはないで!」
「ほうなん?」
「ほうよ! 最初から尾崎がおるって知っとったら、入っとらんかったんで!」

 ムキになってそう言うので、なんだかおかしくなって、笑いが漏れそうな口元を手で押さえた。
 そんな俺を見て、木下はムッとしたようにしばらく口を閉ざしたあと、足を進め始める。

 あ、まずい、からかいすぎたか。
 俺は慌てて先に進む木下に駆け寄り、台車に手を掛ける。

「ごめんごめ……」
「それはお前じゃろ?」

 俺の言葉を遮って、木下は言った。

「え?」
「お前は、川内がおったけえ入部したんじゃろ?」

 再び、足を止める。木下も足を止め、そして仕返しだとばかりに俺のほうを見てニヤリと笑う。

 なんだろう。台車の上の観葉植物が、こちらを伺っているような気がした。そんなはずはないのに。
 けれど、なんだか、嘘をつきたくなくなった。こんなことで。

「うん」

 だから思わず、首を前に倒した。

「うん、そう」

 俺の言葉に、木下はあんぐりと口を開けた。まさかこんなにあっさりと認めるとは思わなかったらしい。
 俺だって、こんなに素直に答える自分に驚きだ。

「な……」

 呆然とした表情をしたまま、木下は言う。

「なんか……すまんの」
「いや……」

 気まずい空気が流れる。これはどう取り繕うのが正解なのだろう。
 どちらからともなく俺たちは足を踏み出し、また台車をガラガラと押していく。
 しばらく沈黙が続いていたけれど、木下がふいに言った。

「神崎さあ」
「うん?」
「お前、姉ちゃんか妹、おるじゃろ。たぶん姉ちゃん」
「姉ちゃんがおるよ。なんでわかったん?」
「ワシの経験上、ああいう大人しめの女子が好きなやつは、姉ちゃんがおるんじゃ」

 なぜか誇らしげに、木下は言った。
 なるほど、木下の経験がどれくらいのものかは知らないが、一理あるかもしれない。

「ほうかもしれん。姉ちゃんにこき使われよるけえ、その反動が出るんかも」
「そんな気するよの」
「じゃあ木下には姉妹はおらんのか」
「当たり。一人っ子じゃ。尾崎は大人しい、からは程遠いけえ、わかるよの」

 もう隠す気はなくなったらしい。
 木下はそう言って、歯を出して笑った。
 それからも毎日、俺たちは温室に入り浸った。
 温室は、この上なく心地よかった。
 温かいというのもあるけれど、花に囲まれて過ごすというのは、やっぱりどこか心穏かになれるものなのかもしれない。

 いつの間にか定位置というものができていて、木製のベンチに女子二人、パイプ椅子を広げて俺たちと浦辺先生がその前を取り囲むという形にいつもなる。
 四人と教師一人という布陣だが、最初に感じたほどの圧迫感はない。浦辺先生がいても、割とリラックスできている。
 浦辺先生も、教室とこの温室では、ずいぶん雰囲気が違うような気がする。きっと俺たちと同じようにリラックスしているのだろう。

 渋々ながら入ったはずの園芸部なのに、なんだか今まで入らなかったのがもったいなかったような気分にもなってくる。

「もうちぃと(ちょっと)早うに勧誘すればよかったかのう。そしたら花壇を耕してもろうたのにのう」

 と浦辺先生が言うので、心の中で前言撤回をした。

「一人じゃ、花壇までは手が回らんかったけえ」

 川内が小さく笑いながらそう言う。

「一人?」

 俺が首を傾げると、ああ、と川内はうなずいた。

「一年のときは、私一人じゃったんよ」
「ほうなんか」

 尾崎がベンチに座って足をプラプラと振りながら、言った。

「ウチは、二年になってすぐ入部したんよね」
「じゃあ俺らとほとんど変わらんのんか」
「うん。こないだ入ったばっかりよ」
「ほうよの。一年のときは帰宅部じゃったよのう」

 それは知っていたのか、木下がうなずいている。
 それからなにかに気付いたように、あ、と声を出した。

「でも今、チューリップがいっぱい咲いとるじゃん。あれ、園芸部がやったんじゃないんか」

 首を傾げてそう言う。確かに、校門の横のほうにある花壇には、たくさんのチューリップが咲いている。
 赤、黄色、白と色鮮やかな上、校門から入ってすぐなだけに、ものすごく目に付く。

「チューリップは毎年、勝手に咲きよるんよ」

 川内が苦笑しながらそう答える。

「へえー」

 そんなものなのか、案外簡単なんだな、と感心していると、浦辺先生が恐ろしい提案をした。

「今年は四人おるけえ、一度全部掘り出すか。ほいで保存して、秋にまた植えよう」
「でも、勝手に咲くんなら、放っといてもええんじゃないん?」

 尾崎の言葉に、木下がウンウンとうなずいている。たぶん、面倒くさいと思っているのだろう。もちろん俺もそう思っていた。
 しかし浦辺先生は残念ながら、首を横に振る。

「球根にも寿命があるけえ、そう簡単でもないんじゃ。それにホンマは花が咲いたあと、花を摘んだりせんにゃいけんので?」
「ええー」
「それからたぶん、イタチが掘るんよの。じゃけえ、まばらに咲いとる。綺麗に並べたいじゃろ? 花壇の外に生えたりとかもしとるし」
「イタチがおるんっ?」

 尾崎と木下が二人して驚いた声を上げた。

「おるよ。お前んとこもおるんじゃないんか」

 浦辺先生が俺のほうを見て淡々とした口調でそう言ったから、うなずく。

「見たことはないけど、母ちゃんがおるって言いよる」
「この場合、母が、って言うとけ。クソババアよりマシじゃがの」

 浦辺先生の言葉に、木下が肩をすくめた。先日、頭をつかまれたことを思い出しているのだろう。

「焼山、やっぱすげえ。イタチおるんか」
「和庄でも、山のほうならおるじゃろ」
「見たことないもん」
「俺も見たことはないわ」

 三人がそんなことを話している間、川内はニコニコとしてそれを聞くだけだった。
 それをどう思ったのか、木下が話を振る。

「仁方はどうじゃ。イタチ、おるじゃろ」

 なんだかんだ、木下は気の利くやつだと思う。以前にも俺だけが話の輪から外れていたとき、こちらに話を振ってくれた。
 しかし川内は急に話を振られて驚いたのか、しどろもどろになってしまっている。

「ど……どうじゃろ……」
「はいはい、田舎論争はその辺にしとけよ。そろそろ時間じゃ。帰れ帰れ」

 浦辺先生がそう言って、結局俺たちは温室から追い出された。
 四人で帰り道を歩くのが、もう定番となりつつあった。
 だいたい尾崎と木下が先を歩いてじゃれ合い、その後を俺と川内でついて歩く。俺は自転車を引いて歩いていて、カゴには四人分のカバンが入っているのもいつものことだ。

「いっつもごめんね」

 と川内は申し訳なさそうに言うが、尾崎と木下は二人して「ラッキー」と言うだけだ。

「お前ら、仲ええよのう」

 先を歩く二人に向かってそう言うと、二人は同時に振り向いた。
 木下は少しだけ考えるような素振りをしたあと、口を開く。

「まあ、悪うはないよのう」
「兄弟みたいなもんよ。腐れ縁じゃし」

 その尾崎の言葉に、木下が少し落胆したような表情を見せたのは、気のせいではないと思う。

「尾崎は出来の悪い妹みたいなもんじゃけえ」

 木下が気を取り直してからかうように言うその言葉に、尾崎は目を吊り上げた。

「はあ? 出来の悪い弟はあんたじゃ。ウチのほうがお姉さんじゃろ? 生まれたんも先じゃし」
「たった半年じゃろうが」
「半年は大きいわ」

 肩をすくめて尾崎が言う。ぶっちゃけ、どっちもどっちだと思う。
 しかし木下は気に入らないようで、反論を続ける。

「いや、半年もないわ。お前が七月生まれで、ワシは十二月じゃし。五ヶ月しか違わん」
「細かっ」

 そこで、ふと気付いた。

「ああ、もしかして、夏生まれで千夏なんか」

 俺の言葉に、尾崎はにっこりと微笑んだ。よくぞ気付いてくれました、と顔に書いてあった。

「ほうよ。ほいで木下が冬生まれで隼冬」

 尾崎は木下を指差しながら、そう言う。

「二人ともが、生まれた季節の名前?」

 まあ珍しくもないのかもしれないが、幼馴染の二人が揃って、というのは意図的なものを感じる。

「ウチら、母親同士が仲ええんよ」
「そうなん?」
「ご近所で、同い年じゃけえかしらん(しらないけど)、いっつも井戸端会議やりよるわ。うるそうて(うるさくて)やれん(やっていられない)
「ほいで、ウチが生まれたとき季節が入った名前がええ言うて千夏になったんじゃけど、木下のおばさんが、それええね、って。じゃけえ、木下の名前はウチのパクりよ」
「パクり言うな!」

 そう軽快に二人が言い合っている。夫婦漫才か。

「あっ、あのね!」

 しかしふいに川内がそう呼びかけて、皆がいっせいに川内のほうに顔を向けた。それに驚いたのか、川内はまた俯いてしまう。

「あ、ごめん……大した話じゃないけえ……」

 そう言って、次の言葉を発しない。

「なんじゃあ、言いかけたんなら言えや」
「え……あ……」

 木下の言葉が強すぎたのか、川内はますます俯いてしまう。
 尾崎が慌てたように川内に話し掛けた。

「なに? ハルちゃん、気になるわあ」

 明るい声で、そして労わるように、尾崎は言葉を紡ぐ。

 どうも川内は、内気にもほどがあるような気がする。人の話をニコニコといつも聞いているし、相槌を打つ程度に話したりはするが、自分で発信することはほとんどない。
 ちょっと、極端な気がする。

 尾崎が根気強く川内をうながして、そして彼女はようやく口を開いた。

「あの……あのね、四人全員……みんな、季節が入っとる名前じゃなって思うて……」

 ぼそぼそとそんなことを言う。

「え?」

 俺たち三人は、首を傾げる。四人全員?
 尾崎千夏。木下隼冬。この二人はわかる。
 残り二人。
 川内遥。

「ああ、ハルちゃんもハルが入っとるよね」
「え、じゃあ神崎は?」

 神崎孝明。
 パン、と尾崎が手を叩いて、「ああ!」と声を上げた。

「アキね! なるほど!」
「ホンマじゃ! 春夏秋冬、全部おる!」

 尾崎と木下が、興奮気味にそんなことを言っている。
 遥、はハルから始まるから、それもなんとなくアリなような気もするが。

「いや……俺だけなんか強引じゃない……?」
「細かいことはええじゃんか。揃っとるんが大切なんよ」

 そう言ってから、二人は川内のほうに振り返る。

「よう見つけたねえ」
「ホンマよ」

 川内は、照れたように頬を紅潮させている。だからもう、水を差す気はなくなった。

「俺、今、アキが入っとって良かった思うた」
「一人だけ仲間外れになるもんね」

 そう言って、みんなで笑って盛り上がる。
 川内は、ずっと嬉しそうに微笑んでいた。
 ある日の朝、教室に駆け込んできた木下が、窓際に駆け寄ると同時に、教室の窓を勢いよく開けた。

「……なに?」

 わけがわからず、その様子を眺める。木下は窓枠に手を掛け、窓の外に身を乗り出すようにして、空を眺めている。

「いや、危ないって」

 俺は思わず、木下のブレザーの裾をまくり上げると、ズボンのベルトをつかんだ。
 まさか飛び降りはしないだろうけれど、なんだか危なっかしかった。

「あー、いねえ……」
「なにがだよ」

 なにがなんだか、という状態なのでそう言うと、木下はこちらにくるりと振り向く。弾みでベルトをつかんでいた手を離してしまった。
 どうやらもう安全そうなのでいいんだろうけれど、でもいつでもつかめるように心構えをしておいたほうがいいんだろうか。

 しかしこちらの戸惑いは他所に、木下は興奮した様子で口を開く。

「ワシ、今、すげえの見た!」

 慌てたようにカバンを自分の机の上に投げて、こちらに身を乗り出してくる。なので思わず身を引いた。唾がかかるんじゃないかっていう距離だった。

「すげえの?」
「UFO!」
「……は?」

 なにを言うかと思えば。
 しかしこちらのドン引き具合にはまったく構わない様子で、木下はさらに言い連ねてくる。

「いやマジだって。絶対、UFOだって!」
「おはよー、なにを騒ぎよるん?」

 尾崎がやってきて、眠たげにそんなことを言う。

「尾崎、お前は見んかったんか!」
「は? なに?」
「UFO!」
「……は?」

 尾崎は眉をひそめると、呆れたように一つため息をついて、自分の席に着いた。

「朝からバカなこと言いんさんなや。どうせ飛行機かなんかじゃろ。ゲームのし過ぎじゃないんね」
「本当だって! ああー、あのとき、周りに知っとるやつがおらんかったんよのー」

 心底悔しそうに、そんなことを言っている。

「……どこにおったん?」

 最初はそんなバカな、と思っていたのに、木下の様子を見ているうち、なんとなく興味が湧いて、そう訊いてみた。
 もちろんUFOだとか宇宙人だとかそういう話は、大好物であったりもする。

 木下は満面の笑みでこちらに振り返った。

「そこの坂の下から、上のほう見たら、これくらいのの」

 そう言って、右手の親指と人差し指で、小さな小さな丸を作る。

「おはよう」
「おはよー、ハルちゃん」

 そこで川内もやってきて、そして尾崎は木下の興奮は丸無視で、川内に挨拶していた。
 木下も自分が話すのに忙しいのか、特に構いはせずに続けた。

「白い丸が空でフワフワしとって。ほいで、なにかのう、思うて見よったら、こう動いたあと、こう! ほいで、こう! 動いたんじゃ」

 すっと左から右に動かした手を、鋭角に左下に振り下ろす。

「ほいでまたこっちに!」

 そしてさらに、手を左から右に動かした。木下から見て、Zを書いたような形だ。
 なるほど。それなら飛行機とは考えられない。というか、そんな動きをするものがあるだろうか。

「鳥かなんかじゃないん?」

 頬杖をついて、呆れたように尾崎が言った。
 その辺りから、苦笑しながらこちらを見ているクラスメートもチラホラと見受けられるようになった。木下の声が大きいからだろう。

「鳥はあんな早うに動かんじゃろ」
「あんな、言われても」

 冷静な声で尾崎が答える。

「……なんの話?」

 さっぱりわけがわからない、という表情で、川内が首を傾げる。途中からだから、なんのことか理解できなかったのだろう。
 ため息混じりで、尾崎が答える。

「UFOだって」
「UFO?」

 きょとんとして瞬きを繰り返す川内に、木下は身を乗り出して言った。

「いやマジで、見たんだって!」
「そ、そうなんじゃ」

 少し身を引きながら、川内が応える。

「動画かなんかあったら信じたのに」

 はあ、と息を吐きながら言う尾崎のその言葉に、「あー!」と木下は天井を仰いだ。

「ホンマじゃ! スマホあったのに! 撮ればよかった。ああでも、間に合わんかったかもしれんのう」
「残念でしたー。はい、終わり終わり」

 尾崎がパンパンと手を叩きながら、その場を終わらせようとする。

「バカにしとるんか! 宇宙人がおってもおかしくないじゃろうが!」

 木下はムキになってそう言う。もう引っ込みがつかないのかもしれない。
 しかし尾崎は相手にするつもりはないようだ。

「高校生にもなってそんなん信じとるとか、十分バカじゃわ」
「おるかもしれんじゃろうが」
「うん、おるかもしれんと思うよ」

 思わず、そう口を出す。
 すると、木下は嬉しそうにこちらを見て笑顔を見せた。

「ほうか、そう思うか!」
「うん」

 大きくうなずく。
 この広い宇宙で、人類が存在しているのが地球だけ、というのも逆におかしいと思う。
 きっと宇宙のどこかに、宇宙人はいるんだ。

「これだから男子は……」

 はあ、と尾崎が呆れたようにため息をつく。
 しかし。

「私も、おると思う!」

 川内の意外な援護射撃に、俺たちは彼女のほうに振り返った。
 まーた騒いでる、という顔をしていたクラスメートたちまで、話をするのを止めて、こちらに振り向いたくらいだった。
 川内にしては珍しく、音量を上げて、興奮している様子だ。

「私、宇宙人はおると思うよ!」

 言っておきながら、肯定されるとは思っていなかったのであろう木下が、けれど「だよな!」と嬉しそうに川内を指差した。
 尾崎は困ったように眉尻を下げた。

「ええー、ハルちゃんまで」
「千夏ちゃん、きっとおるよ。見とらんだけかもしれんし」

 うんうん、とうなずく俺たち三人を見渡して、尾崎は肩を落とす。

「ええー、まさかのウチが少数派?」
「認めえや。宇宙人はおるって」

 勝ち誇って胸を張る木下に、尾崎は眉根を寄せた。

はがええ(ムカつく)。絶対認めとうない」
「なんでじゃ」

 そこで一時間目の予鈴が鳴り、皆がゆっくりと自分の席に戻り始める。俺たちも話を止めて、それぞれの席に着いた。

 それから尾崎が振り返って、小さく首を傾げて川内に言う。

「でもなんか、意外。ハルちゃんはそんなん言わんような気ぃしとった」
「ほ、ほう?」
「うん」
「でも、世の中にはきっと……そういう不思議なこともたくさんあるんよ」
「ハルちゃんが言うなら、そういうことにしとってもええわ」

 そう言って、尾崎はニッと口の端を上げた。

「ワシが言うのは信じんのんか……」

 と、後ろの席から小さく言う声が聞こえたところで、一時間目の本鈴が鳴った。
 まずは、暖かくなってきてニョキニョキと生え出した花壇の雑草をなんとかしようということになった。
 俺たちはジャージに着替えて軍手をはめて、雑草を手当たり次第に抜いた。
 喋りながらだったので、そこまで苦痛ではなかったし、雑然としていた花壇が綺麗になったのは気持ちが良かった。

 しかし、身体には、クル。

「ああー、腰が痛い」
「じいさんか」

 腰をトントンと叩いていた俺に、木下は呆れたようにそう返してきた。
 クスクスと笑いながらそれを見ていた川内が、言う。

「でもありがとうね。こんなに早う終わるって思わんかった」
「ハルちゃん、お礼はいらんよ。園芸部の活動なんじゃけえ、やって当たり前」

 尾崎はそう川内に話し掛けている。
 そういう二人を見ていると、尾崎は過保護な姉という気がしてきた。

「いいや、川内はええけど、尾崎はワシらにドンドン礼を言うくらいがちょうどええ」

 そして木下は、それに突っかかる弟、という感じか。

「なんでウチだけ」
「ずっとしゃべりよったじゃろうが」
「退屈せんかったじゃろ?」
「それは確かに」

 俺は尾崎の言葉にうなずく。
 しかしこの場合、俺の立ち位置はなんなんだろう。

「じゃあ、着替えて帰ろうか」
「うん」

 教室に帰って、俺たち男子は教室で着替える。
 女子二人は荷物を持って、更衣室に向かった。

「うお、マジで身体痛え」
「運動不足じゃのう」

 笑いながら木下が言う。
 よく考えると、体育以外で運動なんてしていない。したいとも思わない。かろうじて、通学時の自転車こぎか。運動部のヤツらはすごい、と思う。

 着替え終えて、靴箱のところで女子二人を待ち、そして上履きから靴に履き替える。
 そして四人で校舎を出たところで。

「タカちゃーん!」

 前方の駐車場からこちらに呼びかける声がして、慌てて顔を上げる。
 この声は。

「姉ちゃんっ?」

 よく見る軽の黒い車。そしてその窓から、よく見る顔を覗かせて、手を振ってくる人。

「姉ちゃん?」

 他の三人が、こちらを見て首を傾げる。
 なんだか冷汗がどっと出てくるような感覚がした。タカちゃんて。人前で言うなって、いつも言っているのに。
 俺は慌てて車に駆け寄る。

「なっ、なんで!」

 ニコニコとこちらを見る姉ちゃんに、抑えた声で言う。

「なんかー、お母さんが、最近帰りが遅いって言うけえ、見に来た」

 ちなみに姉ちゃんは、帰りが俺よりかなり遅い。
 「大学生にはいろいろあるんよ」とか言っているが、「いろいろ」がなにかは知らない。
 たまに早く帰ってくることもあるので、今日がそのたまに、なんだろう。

「母ちゃんには部活しよるって言うたのに!」
「知っとる。園芸部だって?」
「知っとるんなら」
「信用されてないんよ、あんたは」

 ニヤニヤとしながら、そんなことを言う。
 つまり、本当に園芸部に入っているのか、実はそれは方便で、遊び回っているんじゃないかと思われているらしい。

 心外だ。帰ったら文句言ってやる。
 俺の心の中を読んだのか、姉ちゃんは続けた。

「いやまあ、ホントは興味があったけえ来た。面白そうじゃし。園芸部なんて柄じゃないじゃろ?」

 俺も柄じゃなかったらしい。
 なにか言ってやろうと口を開いたところで、姉ちゃんの視線が俺の後ろに動いた。

「あ、こんにちは」

 振り返ると、三人がこちらにやってきていた。

「こんちはー」
「こんにちは」
「ちっすー」

 三者三様の返事を受けて、姉ちゃんはにっこりと笑った。

「タカちゃんがお世話になっとるねー。園芸部の子ら?」
「あ、はい、そうです。お世話になってます」

 そう言って、川内がぺこりと頭を下げた。
 いやだから、タカちゃん、はやめろ。

「もうええじゃろ。帰れって」

 俺は慌ててそう言う。これ以上話をさせたら、どんなことになるのかわかったもんじゃない。
 しかし俺の言うことなど姉ちゃんが聞くはずもないのだ。

「いやーん、つれないなあ」

 おどけたように言う。素直に帰る気はまったくなさそうだ。

「そもそも、部外者は校内に入っちゃいけんじゃろ」

 俺の言葉に、姉ちゃんは唇を尖らせた。

「部外者とか言わんといて。卒業生なんじゃけえ、来てもええじゃろ?」
「卒業生なんですか?」

 尾崎が興味をひかれたのか、そう首を傾げた。

「うん、そう。相変わらずバス停から遠いねー」

 そう言って、姉ちゃんはケラケラと笑う。
 そして三人に向かって口を開いた。

「乗っていきんさいや」

 車内を指差して姉ちゃんが言う。なんだって?
 呆然としている俺を他所に、尾崎がはしゃいだ声を上げた。

「ええんですか?」
「ええよー、乗って乗って」
「僕もええんです?」

 僕って。

「ええよー、そっちの子も」
「えっ、でも、悪いし……」
「ええよええよ、遠慮しんさんな。はい、乗る乗る!」

 俺を差し置いて、どんどん話が進んでいく。

「えっ、ちょっと……」
「タカちゃんは自転車じゃろ? それにこれ、軽じゃし三人までじゃわ」
「すまんのー」
「じゃあまた明日ね」
「ご、ごめんね」

 俺がなにも言えずにいる間に、三人が車に乗り込む。
 バタン、と扉が閉まったと同時に、姉ちゃんが窓を閉めながら言った。

「じゃあねー」

 俺はただ呆然と、姉ちゃんの車が走り去っていくのを、見送るしかできなかった。
 家に帰ると、姉ちゃんの黒の軽自動車は、家のガレージに停まっていた。
 俺は自転車をその隣に置くと駆け出して、玄関を勢いよく開け、もどかしく靴を脱ぎ、バタバタと家の中に入る。

「姉ちゃん!」

 居間に入ると、ソファに仰向けに寝そべっている姉ちゃんがいた。もうスウェットに着替えてかなりくつろいでいる様子だ。

「姉ちゃん、なんだよ、あれ!」
「なんだよ、とはなんだよー」

 手に持ったスマホを操作しながら、のんびりとした口調でそう返してくる。こちらに視線を向けようともしない。

「なんで来たんじゃ! あと、タカちゃん言うの止めえ言いよるじゃろ!」
「もー、うっさい」
「なんかいらんこと言うとらんよの?」
「いらんこと?」

 そこでやっと、姉ちゃんは身体を起こしてこちらを向いた。

「言われたら嫌なことでもあるん?」

 ニヤニヤしながら、そんなことを言う。
 まずい。これは、話の運びを間違えた気がする。

「そんなん、ない、けど」
「ほいじゃあ、ええじゃん」

 そう言って、またスマホに視線を落とす。
 ……どうせ、口喧嘩で勝てるわけはないのだ。これは刺激しないのが吉だ。

「……車で、なにを話したん?」

 しかし一応は、訊いてみる。

「別に? 歩きゃあ長いけど、車じゃったらバス停まですぐじゃもん。なんか話す暇はないわ」

 それもそうか。
 でも念のため、明日、あいつらに訊いてみよう。

 そんなことを考えながら踵を返すと、後ろから姉ちゃんの声が追ってきた。

「ほいで、あんたの好きな子、どっちなん?」

 刺激しないと誓ったばかりなのに、思わずバッと振り向いて大声を上げた。

「どっちでもええじゃろ!」
「ふーん」

 そう言って、口の端を上げてニヤリと笑う。
 あ、待て。今、もしかして。
 誘導尋問に引っ掛かってしまったのか。

「なるほどー、どっちかが好きなんじゃねー。じゃけえ園芸部かー。青春じゃわー、羨ましー」

 ソファの脇に置いてあったクッションを手に取り、それを抱きしめて、右へ左へと身体を捻っている。悶えている、という表現か。わざとらしい。

「くっそ……」

 ムカつく。いつか絶対、弱みを握ろう。
 これ以上話しても無駄だと自分を納得させ、再度、居間に背中を向けたところで、けれど姉ちゃんは続けた。

「まあ、よかったわ」
「……なにが」
「タカちゃんはさー、あんまり自己主張せん(しない)じゃん? 成績も、良うもないし悪うもないって感じでさー。友だちも、いなくはないけど、親友はいないっぽいし。得意なこともあんまりないけど、すごい苦手なもんもないって感じで、特徴がないっていうかさー。じゃけえ帰宅部なんも、さもありなんって感じじゃったけど。私は、タカちゃんが部活始めて、よかったと思うよ」

 散々な言われようの気はするが、さすがは姉というのか、的確な指摘の気がする。

「わがままも言わんわけじゃないけど、すぐに引っ込むし」
「ほうかのう……?」
「うん。自転車もさあ、最初は違うの欲しいって言いよったのに、あっさりこれでええって言うてさ」
「あれでよかったけえ」
「私のお古でもあんまり文句言わんけえ、罪悪感が湧くわ。もうちょっとわがまま言うときんさい」

 罪悪感なんてものがあったのか、と少し驚く。とてもそうは見えないのだが。

「じゃあ、小遣いくれ」
「あんたがデートするときになったら、あげるわ」

 そう言って、姉ちゃんはケラケラと笑った。
 翌朝、教室に到着すると。

「おはよー、タカちゃん」
「タカちゃん、おはよう」

 ニヤニヤしながら、尾崎と木下がそう言った。
 そんな気はしてた。

「止めえや、それ」

 唇を尖らせてそう抗議の声を上げ、自分の席についた。
 そんな俺を見て、二人はアハハと声を出して笑う。

「おはよう」

 そのあとからやってきた川内は、タカちゃんとは言わなかった。なんとなくセーフ。
 俺は三人を見渡して、訊いてみる。

「昨日、姉ちゃん、なんか言いよった?」
「なんかって?」
「いや……」

 そう訊かれると、なんと言えばいいのか。

「なんか、いらんこと言わんかったかなーって」
「いや、いろいろ訊きたかったけど、車じゃけえ、すぐにバス停に着いたし」
「そっか」

 昨日、姉ちゃんが言っていたことと同じだ。これは、余計なことは言われていないと判断してもいいだろう。
 俺は心の中で胸を撫で下ろす。
 しかし念のためと思ったのか、木下が続けた。

「宮内先生まだおる? とか、そんなことくらいかのう」
「ああ、なるほど」

 そういう話なら大丈夫か。
 言われて困るようなことは特にはないけれど、子どもの頃の失敗とかを面白おかしく話しそうだから困る。

「お礼、言っといてね?」

 川内がこちらに向かってそう言う。

「礼? なんの」
「車で送ってくれた、お礼」

 どうしてそんなことを訊かれたのかわからない、という顔をしつつ、そう答えてくる。
 俺は顔の前でひらひらと手を振った。

「ええよ、そんなん」
「よくないよ、助かったんじゃもん」

 川内はそう食い下がってくる。意外に頑固なところもあるのかな、と思った。

「わかった、言うとく」
「ありがと」

 安心したように微笑むと、川内はそう言った。

「そういえばさー」

 尾崎が、ポン、と手を叩いて川内のほうに向き直る。

「ハルちゃんって、何分のバスに乗りよるん?」
「えっ?」
「いっつもウチらより後じゃけど、遅刻はせんじゃん。何分なんかな、思うて。それじゃったら、ウチももう一本遅らせてもいいんかなって」

 合点がいった、という風に一つうなずくと、川内は口を開く。

「乗りよるのはもっと早いバスよ。私は、教室に来る前に温室に寄りよるけえ」
「えっ」
「そうなんか」
「じゃあ、手伝わんにゃ(ないと)

 俺たちがそう言うと、川内は両手を胸の前で慌てたように振る。

「あっ、ええんよ、仁方からじゃったら電車との兼ね合いがあるけえ、どうしても早うなるんよ。じゃけえ勝手にやりよるだけじゃし」
「でも」

 川内は、なおも食い下がる俺たちに、焦ったように返す。

「えと、一人で集中したいこともあるけえ」
「集中?」
「そっ、そう! ええと、花の様子とか、じっくり見たりとか」
「ふうん?」

 よくはわからないが、川内以外のメンツは植物に関しては完全に素人で、何一つ詳しくないから、川内くらい詳しいと専門的ななにかがあるのかな、皆と一緒だと気が散るのかな、と納得してみる。

「あっ、予鈴」
「あー! 今日の数Ⅱ、小テストあるんじゃなかった?」
「うわ、聞いた気がする」
「しゃべっとる場合じゃなかった」

 慌てて俺たちは席に着いてガサガサと教科書やノートを出す。
 そんな中、川内だけは安心したように息を吐いた。

 一人で集中したいこと。
 それは、なんだろう。

 なんだかなにかを隠されているような、そんな気がして落ち着かなかった。
「お前らそれぞれ、種からなんか育ててみるか」

 と、温室でくつろいでいるときに、浦辺先生が言った。

「それぞれ?」
「種から?」

 俺たちが首を傾げていると、浦辺先生は腰に手を当てて口を開く。

「やっぱり園芸部の活動じゃけえの、花でも咲かせてみんといけんじゃろう」

 その言葉に瞳を輝かせたのは川内だけで、他の三人は眉根を寄せた。

「小学校のときに朝顔を育てたことしかない」

 俺がそう言うと、木下もうんうん、とうなずく。
 尾崎も続けた。

「ウチなんか、サボテン枯らしたことあるよ」
「うわー、マジか」
「水やりすぎちゃいけんっていうけえ、放っといたら枯れとった」
「やりそう」

 そう言って三人は笑うが、川内は少し驚いたように口を開いた。彼女にとっては信じられないことらしい。

「私も手伝うけえ、がんばろ?」

 よほど不安なのか、労わるような小さな声音で、尾崎に言っている。

「自信ないわー」

 しかし尾崎から返ってきたのは、そんな心もとない言葉だった。

「前途多難じゃのう」

 呆れたように、ため息混じりで浦辺先生は肩を落とす。

「まあ、川内がおるけえ、大丈夫じゃろ」

 しかしすぐに気を取り直したように、そう言った。
 どうやら川内の実力は、浦辺先生からのお墨付きのようだ。

「やっぱ、ハルちゃんは上手いんじゃ」
「上手い……いうほどでもないんじゃけど……」

 尾崎の言葉に、川内は困ったように眉尻を下げる。
 しかし浦辺先生は、温室内を見渡して言った。

「ここにある花、ほとんど川内が咲かせたんで?」
「へえー」
「そこのパンジーも、ちゃんと種から育てたんじゃ」

 浦辺先生は、棚に並べられたプランターを指差した。その色とりどりの可愛らしい花は、いつも俺たちの目を楽しませてくれている。

「覚えとらんか、今年の一年生が入ってきたとき、靴箱んとこにいっぱい置いてあったじゃろうが。綺麗じゃったで」
「そういえば……」

 あったような気がする。よく見ていなかった。

「パンジーは、色がいっぱいあるけえ、華やかかと思うて」

 照れたように川内が頬を染める。

「すごいね、ハルちゃん。種から育てるとか」
「そんなに難しゅうないよ。千夏ちゃんもやってみる?」
「うーん……」

 サボテンを枯らせたことのある尾崎にしてみれば、パンジーはハードルが高いのかもしれない。どうも乗り気ではない様子だ。

「ワシは、どうせなら食べれるもん育ててみたいのう」

 木下がはしゃいだ声で言う。
 食べられるもの……といえば。

「野菜とか?」
「野菜かー……果物のほうがええのう」
「卒業までに収穫できるもんにせえよ」

 浦辺先生の言葉に、それもそうか、と考える。
 桃栗三年柿八年、卒業まであと二年弱。桃と栗と柿みたいに、木に生るようなものは、どう考えても無理だ。

「あ! スイカにしようや」

 尾崎がポンと手を叩いて、名案だとばかりに言った。
 しかし浦辺先生は手を胸の前で振って、却下の姿勢だ。

「スイカは難しいで。初心者がやるようなもんじゃないで」
「ええー、スイカがええよー」

 サボテンを枯らせた人間がなにを言っているのか。しかし尾崎は食い下がる。

「スイカにしようや! スイカ好きなんよ!」

 足をバタバタさせてそう言い張る尾崎を見て、浦辺先生は腕を組んでうーん、と考え込む。
 俺にはよくわからないけれど、その様子を見るに、どうやら本当にスイカは難しいのではないか。
 しかし少しして、浦辺先生は顔を上げた。

「まあ、スイカにしろなんにしろ、食べられるもんにするんなら、畑をまず耕さんといけんのう。もう何年も使うてないけえ、まずはそこからじゃ」

 畑を耕す。
 どうやらまた、俺たちの出番なのではないか。俺と木下は、顔を見合わせて苦笑する。

「畑はどこ?」
「温室の横にあるじゃろうが」

 浦辺先生は温室の外を指差した。
 そこには、草ぼうぼうの広場しかない。

「あれ、畑じゃったんじゃ」
「ほうで」

 そう言って、うなずく。

「まあとにかく、今植えられるものかどうかとか、よう考えんと。よし、ちゃんと一年の計画を練ろう。園芸部らしゅう(らしく)なってきたのう」

 そう言って、浦辺先生は嬉しそうに笑った。
 結局、スイカの種撒きは時期が遅いということで、見送ることになった。
 というわけで、俺たちは四人でひたすら畑に生えていた雑草を抜いている。
 なんだか俺が考えていた園芸部というものと、ものすごく違う気がするが、考えないようにしよう。

「スイカがー……」

 雑草を引っこ抜きながら、がっくりと肩を落とす尾崎に、川内が苦笑しながら言う。

「私もスイカは育てたことないけえ調べてみたけど、整枝とか受粉とかせんといけんみたいなし、よく調べて来年がんばろ?」
「うん……」

 尾崎はやっぱり、川内に言われるとなんでも素直にうなずく。

「でもネギって! お母さんは喜ぶかもしれんけど!」
「割と簡単じゃし、スイカ育てるのに土が良くなるんじゃって」
「スイカのためかー……」

 はあ、と大きくため息をついて、またブチブチと雑草を抜いている。
 もう何年も放置していたせいか、花壇とは比べものにならないくらいに、畑は雑草だらけだ。
 まずはここを畑として使えるようにするまでに、結構な時間がかかるような気がして不安になる。

「サボテン枯らしたお前がスイカとか、そんな難しそうなん育てられるんか?」

 笑いながら木下がそう言う。
 尾崎はその言葉に唇を尖らせた。

「クソムカつくわ」
「クソとか言うな。女じゃろうが」
「はああ? 男じゃ女じゃ言うな。差別じゃ!」

 また始まった、と川内と顔を見合わせて苦笑する。
 悲しいかな、じゃれ合いにしか見えないし、木下が尾崎に構って欲しそうにしか思えない。

 しかし。

「それに、どうせ女に見えてないんじゃろうに、うるさいわ」

 尾崎のその言葉に、木下はぴたりと動きを止めた。
 そして、バッと立ち上がる。
 それから、尾崎のほうに振り返った。

「な、なんよ」

 急なその動きに驚いたのか、尾崎は少し身を引いた。

「見とるよ」

 その言葉に、尾崎は動きを止めた。
 瞬きを繰り返し、木下の顔を呆然と見上げている。
 その視線を受け、木下の顔はみるみる真っ赤になっていった。本当に耳まで赤かった。

「ワシは、女として見とるで! バーカ!」
「は、はああ? バ、バカとはなんよ!」
「うるさい! ワシは帰るで!」

 真っ赤な顔のまま、木下は畑を横切っていき、そして置いてあったカバンを鷲掴みにし、そのまま校門に向かって走っていった。ジャージのままで。

 そしてあっという間にジャージ姿の木下の姿が見えなくなり。
 後にはあんぐりと口を開けたままの尾崎と、それをおろおろと見ている俺と川内が残った。

 どうしたらいいんだろう、これ。余計なことは言わないほうがいいんだろうか。けれど話を逸らすのもおかしいような気がする。

「な……」

 沈黙を破ったのは、尾崎だった。

「な、なにを言いよるんかね、あのバカは」

 はは、と半笑いでそう言う。
 川内がおろおろとしながらも、尾崎に向かって口を開いた。

「ち、千夏ちゃん、バ……バカはいけんよ」
「いや、バカじゃわ、あいつは。わけのわからんことを急に」

 急に言われてどうしたらいいのかわからない尾崎の気持ちもわかる。
 けれど、木下の気持ちを考えたら、やっぱり尾崎に同意はできなかった。

「いや、バカは言うちゃあいけん」

 だから、そう言った。

 尾崎はまだ混乱しているのか、俺の顔を見て、それから川内の顔を見て、そして辺りに視線をさまよわせて。
 そして右手で顔の半分を隠して、うつむいた。

「な、なんかよくわからんけえ」
「う、うん」
「……とりあえず、帰るわ」
「あ、ああ、うん……」
「じゃ、じゃあまた明日ね」
「うん……」

 ふらふらと尾崎は畑を出て行く。
 俺と川内は思わず顔を見合わせて、しばらく見つめ合ってしまった。

 いやこれ、本当に、どうしたらいいんだろう。