その意味を深く考える前にその言葉を拒絶した。

僕に・・・・・僕にどうしろって言うんだろう?
僕に何ができるのだろう?

「手術って・・・いつですか?」

お母さんは小さく横に首を振る。

「まだ分からない。でも早いうちにしなければならないと思う・・・」
「でも手術が失敗したら・・・」

僕は慌てて言葉を止めた。
僕は何を言っているんだ。

「葵さん・・・・このことは?」

お母さんはゆっくりと頷いた。

「あの子にはきちんと話をしてるわ。もう手術をしなければ駄目なこと。そして、その手術はとても難しいってことも」

彼女の笑顔はいつも眩しかった。
とても不思議だったが、その理由が分かった気がした。

彼女は自分の持っている時間がとても貴重なものだと分かっていたんだ。彼女にとっての一日一日は僕たちよりも貴重なものなんだ。

いつまで生きられるか分からない。
だからこそ彼女の笑顔には常に一生分の笑顔が凝縮されていたんだ。

あの笑顔の裏側にどれだけの不安と怖さがあったのだろう。
それは僕には計り知れないものだ。

僕は彼女のあの明るさや積極的な性格には嫉妬すら感じていた。
自分の愚かさが情けなくて悔しくて、いた堪れなくなった。

「あの・・・僕に頼みって・・・?」
「ただあの子に会ってくれればいいの。普通に一緒にいてくれればいいの」

普通にって言われても・・・。

そんな話を聞かされて普通に会えるわけがないじゃないか。


「あと、今お話をしたことは涼芽には内緒にしてね。今まで通り普通に会って欲しいの。勝手ばかり言って申し訳ないけど」

そんなの無理だ。
無理に決まってる。

そもそも僕は嘘が苦手なんだ。
彼女の前で平然としてられる自信がない。
絶対に態度に出てしまう。

「すいません。やっぱり僕には・・・・・無理です」

「そうよね・・・・・」

僕は顔を上げることができなかった。
お母さんの顔を上目で少しだけ覗いた。

お母さんは懸命に涙を堪えていた。
僕は自分の情けなさと罪悪感に襲われた。

「ごめんなさい、無理言って。勝手な話よね。今の話は聞かなことにしてくれる。あなたにはもう連絡しないようにするから。今日は来てくれてありがとう」

お母さんはテーブルの上にあった伝票をスッと手に取るとレジへと向かった。
僕は座ったままゆっくりと頭を下げた。