でも彼女は最後まで僕の顔を見てはくれなかった。

気のせいかもしれないが意識的に無視されているような感じもした。
彼女を危ない目に遭わせてしまって、しかも何もできなかった僕に呆れているのだろう。
それは仕方のないことだ。

みんなを先に送るようにしながら僕は一番最後に病室を出た。
帰り際に彼女のほうを見たが、やはり僕の顔を見てはくれなかった。

結局、一言も言えないままお見舞いは終わった。

エレベーターに向かう廊下で僕は自己嫌悪に陥っていた。
病室に戻ろうか。
今ならまだ間に合う、そう思ったその時だ。
横にいた武田君が突然、足を止めた。

「ごめん、みんな。俺、葵さんに話があるから戻る。先に行っててくれ」

そう言うと武田君は彼女の病室のほうへ引き返した。

 ――え?

「おいおい、病院《こんなところ》で告白かよ?」

ある男子が冷やかす。

「悪いな。頼むよ!」
「分かったよ。じゃあ行こうみんな。外で待ってるぜ」

武田君に先を越されてしまった。
いや、先を越されるもなにも、元々僕にそんな勇気も権利も無いじゃないか。
そう思いながら心の中で苦笑した。
僕は後ろ髪を引かれるという言葉がぴったりの気持ちで歩いていた。

武田君、彼女に何の話だろう?

「克也のやつ、ズズメとヨリを戻したがってたからな」

ある男子生徒の言葉が僕の心に突き刺ささる。
ヨリを戻す?

「でもさ、普通、病院で告る?」

もう一人の女子生徒が言った。

そうか。やっぱり彼女の元カレは武田君だったのか。

僕の心は何とも言えない悲しく寂しい感覚に覆われた。

確かに僕なんかより武田君のほうが彼女に似合ってる。
そう自分に無理やりに言い聞かせた。


エレベーターで一階まで下り、玄関前ロビーで武田君が来るのをみんなで待った。
けれども武田君はなかなか戻って来なかった。

その時間は僕には異常に長い時間に感じられた。

僕は徐々に増幅してくる不安な気持ちを抑えられなくなる。
なんだろう、この嫌な感覚は?

僕は込み上げてくる自分の感情が何なのか理解できなかった。

「克也、いい加減、遅くね?」

クラスメイトの男子が痺れを切らす。

「二人で抱き合ってキスでもしてんじゃねえの」

僕の不安感は高まりは限界に達する。
居たたまれなくなった僕は席を立った。

「あれ? 冴木君、帰るの?」