「別に・・・・。だって葵さんは今の葵さんだから。それ以上でもそれ以下でもないでしょ」

これが今の僕の精いっぱいの言葉だった。

「ありがとう。でもよかった。思ったより君よりおばさんじゃなくて」

彼女はホッとしたように微笑んだ。

「あのね・・・私ね・・・」

彼女が何かを言い掛けた時だった。
ベルの音が部屋に鳴り響いた。

二人とも突然の大きな音にビクっとなる。
ベッドの脇にある電話の呼び出し音だ。

受話器からさっきのフロントのおばさんの声がした。

「あと十五分でご宿泊料金になりますが、どうなさいますか?」

 ――え? ご宿泊?

それが何を意味するかは僕の貧弱な恋愛知識でも理解はできた。

「ど、どうしよう?」


電話口のおばさんの声がとても大きく、話の内容は彼女まで聞こえていたようだ。・・・っていうか、あのおばさん、僕達が高校生って知ってて言ってるのだろうか。

彼女も困ったような複雑な顔をしていたが、何も言わなかった。

どうしよう? 分からない。彼女はどうしたい?
まさか・・・・泊まる? 

そうぐちゃぐちゃと考えている間に、気持ちとは裏腹に僕は反射的に返事をした。
「はい、あの・・・・もう出ます」

彼女はホッとしたような、がっかりしたような、どちらでもとれる顔をしていた。

「うん、もう帰らなきゃ・・・・ね」

彼女の寂しそうな声に僕も黙って頷いた。
冷静になって考えれば泊まれるわけがない。

複雑な感情が僕の頭に渦巻く中、ゆっくりと帰り支度を始める。

忘れ物が無いかと部屋の中を確認する。
すると彼女が床に這って何かを探していた。

「何か落としたの?」

僕がそう尋ねたが、彼女の返事は無かった。

「何捜してるの?」

返事が無い。
どうしたのだろうか?

僕は探し物を一緒に探そうかと彼女に近づいた。
すると彼女の体が小刻みに震えていた。

「え?」

 ――違う!

僕は彼女の体に何か異変があることに気づいた。

「どうしたの? 大丈夫?」
「ごめんね。ちょっと・・・・苦しくなっちゃって・・・・」

明らかに様子が変だった。

「大丈夫・・・・すぐ治まると・・・・思う」

彼女は苦しそうな声で呟いた。とても大丈夫には見えない。

どうしよう・・・・こんなところで・・・・。

僕はどうしたらいいのか分からず、ただ茫然とするだけだった。