――よし、大丈夫だ! 行ける!

自分にそう言い聞かせながらひとつひとつの足場を確認しながら渡っていく。

ようやく最後の陸続きの岩まで来たところで彼女を先に岩の上に上げた。ここまでくれば彼女は大丈夫だろう。

「ありがとう。ハルくんも気をつけて」

彼女そう言って僕を引き上げようと手を差し伸べたその瞬間だった。
僕の視界に映る彼女の顔がだんだんと小さくなっていく。

僕は自分に何が起きているのか、すぐに理解ができなかった。

 ――あれ? 
 
どうしたんだろうか?
背中が後ろへと吸い込まれる。

彼女の姿がだんだんと小さくなり、次の瞬間に視界が大きくぼやけた。
同時に水のぎゅるぎゅると言った激しい濁音が耳を襲う。

僕はようやく足が滑って自分は海の中に落ちたんだということを自覚した。

「ハルくん!」

一瞬、溺れると恐怖を覚えたが、幸い満ち潮はまだ浅く、僕はすぐに立ち上がることができた。

「大丈夫? ハルくん!」


遠くの向こう岸にいた釣り人は特に驚いた素振りも見せず、呆れた顔でちらっとこちらを見たあと、また釣りに没頭していた。

「バカな奴がいる」
そんな顔をしていた。

確かに客観的に見てもかっこ悪い。

こんな僕を見て彼女もさぞ大笑いするだろうと思っていたが、彼女の反応は意外なものだった。

「ハルくん、ハルくん、大丈夫?」

海に落ちたことにはもちろん驚いたが、それ以上に驚いたのは彼女が泣くような顔で僕を心配して叫んでいたことだ。

彼女のこんな顔は初めて見た。
まあこんなところで溺れ死ぬことはないと思うのだが。

「ハルくん、ごめんね、ごめんね」
「大丈夫だよ。葵さんは何も悪くないし、服だって歩いているうちにきっと乾くよ」

そう言って僕たちは歩き出した。
しかし海水でズブ濡れになった服は予想以上に重く冷たかった。

「どうしよう・・・・全然乾かないね・・・・」

一向に乾かない僕の服を見ながら彼女が心配そうに言った。

「大丈夫。そのうち乾くよ」

僕は強がりを言いながらしばらく歩いていたが、それが甘い考えであったことを徐々に痛感し始める。

三月になったとはいえ、濡れた体にはまだまだ寒さは厳しかった。

十分ほど歩いただろうか。
水は滴らなくなったものの、たっぷりと海水を吸い込んだ服は乾く気配がなかった。