「なにボーっとしてるの? あー、まさかエスケープしたこと今更後悔してるとか」
「違うよ。いや、なんか自分じゃないような気がしてさ。僕、授業をサボるなんて生まれて初めてだから。葵さんと違って」

「私だって初めてだよ」
「え? 葵さんはいつもやってるんだとばかり・・・・」
「あのさあ、前から訊きたかったんだけど、君は私のこと、どういう風に見てるわけ?」

怪訝な顔で僕を睨んだあと、悪戯っぽく微笑んだ。

どういうつもりで僕を誘ったか分からない。
でも理由なんてどうでもよくなった。
今日一日、彼女にとことん付き合おう、そう思った。

その時、彼女が中学の時にグレていたという話が頭の中を過る。
いや、たとえ彼女が昔にグレてたとしても今の彼女が彼女だ。
僕は気にしない。

僕は心の中でそう叫んだ。


僕らはターミナル駅で降り、湘南方面行きの私鉄電車に乗り換えた。

平日の午前中のためか家族連れは少なく、買い物客とサラリーマン風の人がパラパラいる程度で、電車は思ったより空いている。

一時間ほどでその電車は終着駅に着いた。

駅の改札口を抜けると、すぐ目の前に大きな海が広
相変わらずのマイペースだ。

平日ということもあるのか、思いの他に人は疎らだった。
学生のカップルも多かったが、老年配の人もけっこういるのに驚いた。

前のほうから仲が良さそうに老夫婦が歩いてきた。
二人とも六十過ぎくらいだろうか。
あんな歳になるまで仲良くできるなんて羨ましい、そう思った。

「いいなあ・・・・・」

彼女が呟くように言った。

「え?」

「あんな歳になるまで仲良くできるなんていいと思わない?」

全く同じことを思っていたのでびっくりする。

ちょっと心地いい気分になった。
でも、彼女の言った言葉は自分のものとは意味が違うことを知ったのは、ずっと後のことだった

海は壮大だ。
ありきたりな表現だけど、やっぱりそう思う。

岸に打ち寄せる波の音が心地いい。
小さい悩みなんか全て消し飛んでいってしまいそうだ。

「どうして海を見ると懐かしく感じるのかなあ。私は海の近くで育ったわけじゃないのに」

「人が海を見て懐かしく感じるのは、元々生物は海から生まれたものだからと言われているよ」
「海から?」

「そう。その大昔からの記憶が人間のDNAに記録されてるんだよ」