「美術の時間もいなかったし。風邪か何か?」
「うーん。ちょっとね……」

何か誤魔化すように笑った。
その笑顔ではいつもの彼女のものではなかった。

どうしたんだよ? 
何を考えているのか分からない。

そんな彼女をじっと見つめていると、その僕の視線に彼女が気づいた。

「なあに?」
「え?」

僕ははっと我に還る。

「さっきから私の顔じっと見てる……」
「あ、いや。この前はごめんね。変なこと言って」

僕は慌てて目を下に逸らした。

「どうして謝るの? 別に変なこと言ってないし。それに謝るなら私のほうでしょ。」

僕は首を横に振った。

「会いたかった……葵さんに……」

彼女はびっくりしたような顔で僕を見た。

「へえ、嬉しいこと言ってくれるね」

「ずっと、葵さんにお礼が言いたかったんだ」
「お礼?」

「僕に勇気をくれたお礼だよ」
「どういう……意味?」

「ごめん。変な意味で言ってるわけじゃないんだ。葵さんに自分の気持ちを正直に伝えられてよかったと思ってる。フラられちゃったけど、僕、すごくすっきりした気分なんだ。本当だよ」

何か言葉を返して欲しかった。
でも、彼女は何も言わずにじっと僕を見つめている。

「何て言えばいいのかな。うまく言えないけど。僕、あの日に変われた気がするんだ。葵さんのおかげだよ」

彼女は俯いたまま、やはり黙っていた。
何か言ってよ。

「君は菜美ちゃんを大事にしてあげて……」

ようやく返してくれた言葉は、今の僕にはとても辛いものだった。
僕はゆっくり首を横に振った。

「麻生さんと付き合うことは止めたよ」

その僕の言葉に彼女の顔色が変わる。

「ちょっと待って。どういうこと?」
「葵さんにはフラれちゃったからって、次は麻生さん……っていう訳にはいかないでしょ。それは麻生さんに失礼だよ。それに、やっぱり僕はまだ葵さんのことが……」

すると、彼女の顔が強張った表情から困惑した表情に変わった。

「私、言ったよね。君とは付き合えないって」
「うん。聞いたよ」
「だったら……」

「あっ、ごめん。誤解しないでね。別に僕のことを好きになって欲しいってことじゃないから。僕が勝手に想っているだけ。僕はそれだけでいいんだ」
「それだけでいいって……」

彼女はさらに困惑した様子でそのまま俯いた。