景色はすっかり春になっていたが、風はまだ冷たく感じた。
気がつくと、葵さんの笑顔が頭に浮かんでいた。まだ忘れられないらしい。女々しいやつだな、僕は。

「あれえ? マジメくんだ」
「え?」

給水塔の下から聞こえてくる声が僕の心に突き刺さる。

ずっと彼女のことを考えていたから幻聴が聞こえたのだろうか。
思わず階段の下に目を向ける。

そこには後ろ手を組んだ彼女が首を傾げながら僕のほうを見上げていた。


「葵さん……どうして?」

僕はにわかに信じられなかった。

「何、幽霊見るような顔してんの? マジメくんが授業サボっていいのかな?」
「ち、違うよ。僕のクラス、二時限目が急に自習になったんだ」
「ふーん」

「あの、葵さんは……サボり?」
「違うよ。そっちこそ不良扱いしないでよね。うちのクラスもニ時限目が自習になったの。今日天気がすっごくいいからさー、思わず空が見たくなって教室抜け出して来ちゃった」

あとで分かったことだが、この日は二年生の学年担当全員に一斉召集がかかり、緊急会議が実施されていた。
つまり彼女のクラスと僕のクラスが同時に自習となったのは特に偶然ではなかったのだ。

彼女がゆっくりとペントハウスの外階段を昇ってくる。

「あれ、ここ鍵かかっちゃったんだね」

彼女はよっと声を出すと入口の扉に足を掛けた。

「ちょっと、危ないよ!」

扉の上をさっと飛び越え着地した瞬間、彼女のスカートがふわっとまくれ上がる。

「あ、エッチ!」

彼女はスカートの裾をあわてて抑えながら僕を上目で睨んだ。

「いや、僕は何も……」

慌てて弁解しながら顔が熱くなる。
真っ赤になっているのが自分でも分かった。

彼女は中に入るとそのまま僕の横にさりげなく並んだ。
ちょっぴり強めの春の風が二人の体の間をすり抜ける。

僕たちはお互い黙ったまま、しばらく外を眺めていた。

フラれたばかりの女の子が横にいるのは変な気持ちだった。

でも、彼女に会いたかった。話をしたかった。
なのに言葉が出ない。

どうしてだろう?
言いたいことがたくさんあったはずなのに。

「あのさ……」

ようやく僕は心の奥につかえていた声を絞り出した。

「うん?」

「しばらく学校休んでたよね?」
「あ、知ってたんだ」

彼女は惚けた感じでずっと遠くを見続けている。