「え、恥ずかし……いつから見てたの?」
「あ、ごめんね」
「いいよ、謝んなくて。相変わらずだね、真面目くんは。私、そんな悲しそうな顔してた?」

彼女は惚けたように顔を背けた。
やはりいつもと違う、直感的にそう感じた。

「ハルくんて、何部だっけ?」
「あ……テニス部だよ」

「そっかあ、テニス部かあ。ケイ君目指してるとか?」
「なれるわけないでしょ!」

「だよね」

彼女はそう言いながらクスッと笑った。
その笑顔はいつもの彼女のものだった。

それを見て僕は少しホッとしていた。

「ね、テニスって楽しい?」
「うん、そうだね。練習はちょっと辛い時もあるけど。でも自分の思い通りのショットが打てた時はすごく気持ちいいよ」
「そっかあ、私も今度やってみたいな、テニス」

「葵さんは何かスポーツやるの?」
「ううん。私、運動するの苦手だから」

会話はここで止まり、そのまましばらく沈黙が続く。

「あのさ……」

彼女がぽつりと呟く。

「何?」
「睨めっこしようよ」

また唐突に何を言い出すんだ。
いつもながら意味が分からない。

「あの……ここで?」
「どこでやりたいの?」

彼女との会話にはいつも逃げ場が無い。

「じゃあ、いくよ。先に目を逸らしたほうが負けだよ。せーの、はい!」

彼女は僕をさっそうと睨み始めた。
僕は思わず周りを見渡したあと、慌てて彼女の顔を見つめた。
それはまさしく“睨めっこ”だった。

すると、慣れてきたせいだろうか、不思議と彼女から目を逸らさずに見続けることができた。

黙ったままの男子と女子の睨みあう時間が続く。

彼女はじっと僕の目を見つめていた。
何か妙な雰囲気になってきた。

心臓の鼓動が大きく波打つのをひしひしと感じる。

「あのさ……」

彼女が先に口を開く。

「何?」
「キスのリハーサルもしておく?」
「え!」

僕は思わず叫びながら目を逸らした。

「はい! 君の負け」

どっと肩を撫で下ろした僕を見て彼女はしてやったとばかりにガッツポーズをした。

「やめてよ。そういうの有り? 反則だよ」
「ふふ、キスは菜美ちゃんとできるようにがんばりな」

僕は気持ちも知らないでいい気なもんだ。

「あのさ、菜美ちゃんにもう一回、ちゃんと付き合ってって言いなよ」

彼女からは聞きたくない言葉だった。