「ずっと他人(ひと)に読ませないの? それって誰かに読ませるために書いてるんじゃないの?」

もっともな意見に僕は言葉を返せなかった。

「見たい?」
「見たい」

物欲しさ満々の顔で僕を見ながら言った。

「あまり面白くないよ・・・・・」
「わあ、じゃあ、少しはおもしろいんだ」

からかうような言い方にちょっとイラついた僕は彼女を上目で睨んだ。
「やっぱりやめた!」

「ごめん、嘘だよ。本当に冗談が通じないなあ、君は」

彼女は僕をなだめながら苦笑いをした。
どうせ僕は冗談が通じないつまらない男だ。

「全然おもしろくないよ、きっと」

僕は俯きながら彼女にハルノートを手渡した。

「そんなにハードル下げなくてもいいじゃん」
「下げる以前に飛びたくないんだ」
「飛んでみたら、けっこう飛べちゃうかもよ」

彼女はそう言いながらノートの表紙を見つめる。
しかし、黙ったまましばらく中を見ようとはしなかった。

「どうしたの?」

彼女はすっとノートを僕の前に差し戻した。

「やっぱり、いいや」

 ――え?

「君が本当に私に読ませたいと思うようになったら、読ませてもらう」

彼女はそう言いながらニコリと笑った。

どういう意味だろう。
何か彼女の気を悪くさせることを言ってしまったのだろうか?

「ハルくんは小説家を目指してるんだ」
「目指してるなんて、そんな大袈裟なものじゃないよ。憧れてるっていうだけかな」

「楽しい? 物語を書くのって」
「うん、とっても楽しいよ。物語って冒険とか未来とか、いろんな世界に連れてってくれるでしょ。今までに何度も僕を勇気づけたり感動させてくれたんだ。だから僕も将来そんなふうに大勢の人を勇気づけたり感動させる物語を書いてみたいんだ」

思わず大口を叩いた僕を彼女は優しい顔でじっと見ていた。

その時ハッとなる。

「ごめん。僕、偉そうに何言ってるんだろうね」
「いいじゃない! かっこいいと思う。私応援するよ」

こんなことを他人(ひと)に話したのは初めてだった。

「そう言えばあれから菜美ちゃんと会ってるの?」

一番欲しくなかった質問が来た。

「ごめん。あれからはまだ・・・・・」
「私に謝らないでよ。でもどうして誘わないの?」

僕は何も答えられなかった。
答えが見つからないのだ。

そうだ。どうして麻生さんを誘わない?