その日の昼休み、僕は数日ぶりに屋上へ出た。

三月に入り、暖かくなってきたせいか屋上に来る生徒もかなり増えていた。
でも、そこには葵さんの姿も麻生さんの姿も無かった。

僕は、ほっとが半分、がっかりが半分の微妙な気持ちだった。

僕は何かを期待してここに来たのだろうか? 
最近、自分の気持ちを自分で理解できないことが多くなったような気がする。

久しぶりの屋上は心地よかった。
フワリとした暖かい南風が春が来たことを感じさせる。

なにか今日はいいストーリーが書けそうだ。
ちょっと心地いい気分になりながら僕はペンを走らせる。

「ハルくん」

 ――え?

僕は慌てて書きかけのノートを閉じた。

顔を上げると彼女が腕を後ろに組みながら目の前に立っていた。
びっくりしたのは言うまでもない。

昼休みの屋上の給水塔に久しぶりに現れた彼女は、前に会った時と同じに笑顔が眩しかった。

「あっ、ごめん。もしかして勉強の邪魔だった?」
「あ、いや大丈夫。勉強なんかしてないから」

僕は慌ててノートを後ろに回した。

「あ、何か隠した」

まずい。このノートはちょっと他人(ひと)には見せられない。

「分かった! そのノートにエッチな本挟んで見てたんでしょ」
「んな訳ないでしょ!」

そう言いながら顔が熱くなる。
彼女はそんな真っ赤になった僕を疑うような目で見た。

「嘘だ。エッチなグラビアとか載ってる雑誌でしょ?」
「だから違うって!」

僕がちょっと油断していた時だった。

「スキあり!」

彼女は僕の後ろに隠してあったノートをすっとさらった。

 ――あ!

「ノート?」
「やめろよ!」

彼女がそのノートを開こうとした瞬間に僕は叫びながら彼女の手からノートを取り上げた。

その激しい声にびっくりしたのだろう。
彼女は怯えるような顔で僕を見た。

「ごめん!」

僕は我に還り、すぐに謝った。

「ううん。私こそごめん。ちょっとふざけただけだったんだ」

彼女は俯きながら謝った。

僕は何をムキになってるんだ。悪いのは僕だ。

でも、このノートはまだ誰にも見せたくなかったんだ。
ペン子さん以外には。

「ごめんね。実はこれ、僕が書いた小説なんだ」

「もしかして、これが前に言ってた小説ノート?」
「うん。でも、まだ人に読ませられるようなものじゃないから」