「まさか私の名前忘れちゃったの?」
「覚えてるよ。スズメ・・・・・ちゃんでいいの?」

「うーん。ズズメでもいいけど、君には本名の涼芽(すずか)って呼んで欲しいな。家族しか使わない、ありがたい呼びかただぞ」

「スズカ・・・・・ちゃん?」
「そうそう」

彼女は嬉しそうに目を細めた。慣れていない僕は真っ赤になった。

「ふふ・・・そんなに真っ赤にならなくてもいいじゃん。名前を呼ぶだけだよ」
「ごめん」

「じゃあ、君のことも名前で呼んでいい? 始《はじめ》くん・・・だっけ?」
「いや、実は僕の名前、始って書いて“ハル”っていうんだ」
「ハル? 変わった読み方だね」

「みんなには“ハジメ”って名前で通ってる。訂正するのも面倒くさかったし、別に気にする人もいなかったし。それに女の子の名前みたいだし・・・・・」
「そんなことないよ。カッコいい名前じゃん」
「あ、ありがとう・・・・・」

自分の名前を褒められたのは初めてだった。
まあ、これも社交辞令なのだろう。

褒め言葉を掛けてもらっても素直に喜べないのも僕の捻くれたところだ。

「へえ、ハルくん・・・・・かあ」

彼女はそう言いながら嬉しそうな顔して笑った。
そのあどけない素直な笑顔がとても心地よく感じた。

僕は家に帰ってベッドで倒れ込んだ。
そして自分に問いかける。

僕は麻生さんのことを本当に好きなのだろうか?
  
あの日以降も昼休みに屋上には行っていない。
だから屋上で彼女と会うこともないし、もちろん麻生さんともなかった。

でも美術の授業は彼女のいるA組との合同なのでここでは顔を合わせない訳にはいかなかった。

授業は人数の多いA組の教室で行われるため、僕はいつものように美術用具を持ってA組の教室へと向かった。

僕は目立たないように教室に入るなり彼女と麻生さんの姿を捜していた。

すぐに賑やかに話をしている男女数人のグループの輪の中に彼女を見つけた。

彼女は四人のグループの中にいて、とても楽しそうに笑いながら喋っていた。
グループの中でも一番テンションが高そうだ。
きっとクラスの中でもけっこう目立っている存在だろう。

そのあとすぐ麻生さんも見つけた。

麻生さんは対称的にひとりで目立たないように教室の後ろのほうにある自分の席で文庫本を読んでいた。

僕は目は自然と葵さんに行く。