マジメなハジメと蒼いスズメの恋愛リハーサル

朝の冷え込みが日ごとに弱まってくると、長い冬が終わる気配を感じてくる。

高校二年も終わりが見えてきた二月のある日の昼休み、僕は屋上にあるお気に入りの場所でいつものようにノートにペンを走らせる。

このノートを僕はハルノートと呼んでいる。
これは学校の勉強でも人への手紙でもない。
もちろん太平洋戦争にも関係は無い。

これに書かれているのは僕の書いた小説(ものがたり)だ。
今日は風も弱く、陽の暖かさが身体を包み込むように心地よく感じられた。

子供のころ、太陽は同じなのに、なぜ夏は暑く感じて冬は暖かいと感じるのかを疑問に思ったものだ。
僕は春になりかけたころの太陽が一番好きだ。

お気に入りのその場所は高校(がっこう)の屋上のペントハウスの上にあった。
ペントハウスの脇にある外階段を登ると、そこには給水塔とそのまわりに割と大きなスペースが広がっている。

ここはいつも生徒が疎らだ。
だから一人で落ち着いて小説(はなし)が書けた。

少し前までは僕以外に生徒はいなかったのだが、最近は他の生徒もパラパラと見かけるようになった。

今日は大きな声で賑やかに話をしている男女の四人グループと女子生徒がひとり静かに読書をしている。

昼休みの屋上にはいつもたくさんの生徒がいるが、ここにはあまり入って来ない。
というのは、ここは本来では一般生徒が立ち入り禁止の場所なのだ。

給水塔への入口には門扉があり、通常は鍵がかかっているはずなのだが、その鍵が壊れていた。
僕はそれを見つけてからは昼休みをここで過ごすようになっていた。

僕は昼休みのクラス内の賑やかな雰囲気が得意ではなかった。
友達と一緒にいることが嫌いなわけではない。

できればみんなと一緒に楽しみたい気持ちはあるんだ。
ただ、まわりの人にペースを合わせることが苦手だった。

僕は人と会話をする時、いつも思ったことをそのままストレートに言ってしまう。

決して自己主張をしたいわけではない。
ただ、まわりに合わせて喋ることができないのだ。

その場の空気が読んで話すということがとても苦手だった。


喋ること自体は嫌いではなかった

でもみんなの話題に合わせて喋ることができないし、冗談を言われても真面目にしか答えられない。
ジョークに対してすぐにジョークで返している人を見るといつも感心していた。

お世辞とか社交辞令を言うのも苦手だ。
お世辞を言うこと自体を嫌いだなんてカッコつけるつもりは毛頭ない。
その言語能力を持ち合わせてないのだ。

僕のストレートな言い方のせいで、知らず知らずのうちに他人《ひと》をキズ付けたこともあったかもしれない。
それが嫌だった。

そのうちに僕は人の前へ積極的に出て話すことが少なくなった。

他人(ひと)と話すことが少なくなった僕は小説(ほん)を読むのが好きになった。
小説(ほん)を読むことでいろいろな場所へ行けた。

外国だって。さらに宇宙にだって。
場所だけではない。
いろいろな人物になれた。

ヒーローにも、スポーツマンにも。
いろいろな時代に行けた。過去のも未来にも。

それだけではない。
現実にはできないこともできた。

魔法を使ったり、空を飛んだり。

小説(そこ)時間(とき)空間(ばしょ)能力(ちから)も無限な場所だ。全てが限りなく広がる世界なのだ。

僕はいつからか、そんな小説(ものがたり)を読むだけでなく自分で書きたいと思うようになった。

でも、人に読ませられるような作品(もの)はできなかった。いや、それ以前に読ませる友達(あいて)もいなかった。

もうすぐ高校三年生になり大学受験だ。
こんなことをしている場合ではないのだった。

小説を書くのはこれを最後にして勉強に専念しようかと思い始めていた。
本にしか興味を持てなかったこんな僕だが、最近気になる女の子ができた。

その子はいつも僕が座っている場所と反対側にある柵の隅に座っていて、いつも文庫本を広げて読んでいた。

とても大人しそうで内気で真面目そうな女子生徒だ。

名前は麻生菜美(あそうなみ)
となりのA組の子だ。

僕はB組なのでクラスが違うが、特に名前を調べたわけではない。

僕の学校の芸術の授業は選択制になっていて、美術はA組と共同で受けることになっていた。
だから麻生さんとは美術の時間だけのクラスメイトだったのだ。

人の顔と名前を憶えるのが大の苦手な僕が、彼女の名前を憶えていたのはストレートの髪型が僕の好みだったからだろうか。

読書が好きそうなところにも親近感を抱いていた。

思い切って声を掛けてみようかーーなんてできもしないことをついつい考える。

そんなことができるのは小説の中の主人公だけだ。
現実の僕はそんなことできやしない。

横にいる男女四人のグループが笑いながら楽しそうに喋っている。

あんなふうに気軽に女の子と話せたらいいな……。

そんなことをボーっと考えながら、僕は麻生さんのことを知らず知らずにじっと見つめてしまっていた。

すると僕の視線に気づいたのだろうか、彼女が僕のほうに顔を向けた。

 ――まずい。

僕はすぐに視線を下に逸らした。
じっと顔を見て変なやつと思われただろうか。

僕は顔を上げられないまま固まった。

その時、昼休み終了の予鈴が校内に響いた。

ちょっとホッとしたあと、次の時間が体育の当番あることを思い出した。当番は早めに体育館に行って授業の準備をしなければならない。

慌ててペントハウスの階段を駆け下りる。
その逃げ出すような態度は余計に怪しく見えたのではないかと心配しながら教室に向かう。

階段の踊り場を曲がる時だった。僕は手に変な違和感を持った。

 ――あれ? 

持っていたはずのハルノートが手の中に無いことに気づいた。

しまった! 
どうやら屋上のペントハウスの上の置き忘れたらしい。

取りに戻ろうと思ったが、これから屋上まで行くとなると体育の準備にとても間に合わなくなる。
真面目な僕に授業を遅刻する度胸は持ち合わせていなかった。

仕方ない。体育の授業が終わったら取りに行こう。
誰にも拾われないように祈りながら僕は体育館へと向かった。

体育の授業が終わると、僕は素早く着替えを済ませ、忘れたハルノートを取りに屋上へと向かった。

ペントハウスの階段を駆け上がり、給水塔の脇に目をやる。
そこで僕は愕然とする。その場所にはあったはずのノートは無い。

確かにここに置いたはずなんだ。
もしかして誰かが持っていってしまった?

僕の頭から引き潮のように血の気がサアっと引く。
あのノートには僕の書きかけの小説がいっぱい書かれている。

下手な字だし内容(ストーリー)もまだまだだ。
ても他人(ひと)に見せられるようなものではなかった。
あんなもの誰かに見られたら恥ずかしいどころではない。

でもハルノートには名前は書いてなかった。
から誰かに拾われたとしても誰のものか分からないだろう。
ならばこのままほおってほおっておくか。

いや、あのノートには僕の今まで書いた小説のネタがいっぱい詰まっている。

あれは僕の宝物なんだ。
失くすわけにはいかない。


そうだ。
もしかしたら拾ってくれた人が忘れ物として届けてくれたのかも? 
僕は忘れ物の届け先となる用務室を訪ねることにした。

放課後に用務室に向かう。
でもその足取りは少し重かった。

受付の窓の前で呼びかける。
自分でも情けなくなるような小さな声だ。

すると中からのっそりとおばさんが顔を出した。
そう、僕はこの事務のおばさんが苦手だった。

何を食べればこんなに大きくなるんだろうと思うくらいガタイのいい体格をしている。

このおばさんは生徒の間でアースラと呼ばれていた。
アースラとは童話に出てくる海の魔女の名前だ。

僕はアースラのただ立っているだけで漂う威圧感にいつも圧倒されていた。

「はい、何かしら」

アースラはその声まで威圧的だった。

「あの……すいません。落し物したんですけど……」
「ああ、落し物ね。何を落としたの?」
「あの……」

 アースラの威圧的な姿とその声にすっかり萎縮してしまった僕は言葉に詰まる。

「はい?」
「……ト」

 懸命に声を絞り出そうとするが、言葉にならない。

「はいいい?」

アースラの声がさらに威圧的になる。

「あのね、君、男の子でしょ! もっとはっきりしなさい!」

男の子だから――というのは男女差別的発言になるのではないだろうか。

「ノート……です」
「ノート? 何が書いてあるの?」
「いや……何って……」
「え?」

また言葉に詰まった。自分で書いた小説だなんて言える訳がない。

「イライラするわね。はっきり言いなさい」

「あの、表紙にアルファベットでHARUって書いてあるノート……」
「ハルう?」

アースラはちょっと怪訝そうな顔をしながら奥の棚へ向かい、そのガラス扉をガラガラと乱暴な音を立てながら開けた。

「これ……かしら?」

使い古された見慣れたノートを持ってきた。
間違いなくそれは僕のハルノートだった。

それを見たとたん、僕はどっと胸を撫で下ろした。

「よかった! これです!」 

大きく安堵しながら差し出されたノートに手を伸ばすと、アースラはそれをサッと後ろへと引いた。

 ――え? 何?

「一応、本人確認をするので、このノートの中に何が書いてあるか言ってくれる?」

この瞬間、アースラが黒服を身にまとった極悪の魔女に見えた。

HARUって文字が合ってるんだからいいと思うのだが。

そもそも中身確認が必要なのか?
サイフじゃあるまいし。

確認するとなれば中を見られてしまう。
いっそ僕の物ではなく借り物とでも言おうか……。

「君、何ブツブツ言ってるの?」
「あの・・・すいません。ただの落書き帳なんですけど……」

誤魔化すにしても、もう少し気の利いたセリフが言えないものだろうか。僕の言語能力の貧困さに呆れる。

それを聞いたアースラはククっと薄ら笑いながら僕の顔を上目で見た。
コイツ、中を見たな……。

「まあいいか。確かに落書きが書いてあったかな……」

そう言うとアースラは僕にハルノートを手渡してくれた。

アースラに中を見られたと思うと急に恥ずかしくなり顔が熱くなった。
顔から火が出るように恥ずかしいというのはこういうことなのだろう。

「この台帳にクラスと名前を書いて。出席番号もね」
「はい」

僕は仕方がないなと諦め顔で頷いた。

「あのお?」
「何、まだ何かあるの?」

アースラは怪訝そうに僕を見る。
そんな怖い顔をしなくてもいいじゃないかと思う。

「あの……このノート……どこに落ちてたんですか?」

アースラは横にあった記録メモを確認する。

「ああ、『屋上』としか書いてないけど」
「誰が拾ってくれたのかは分かりますか?」
「さあ、私が預かったわけではないから分からないわね。届けた人の名前は特に聞かないし」
「そう……ですか」

その人にも読まれてしまっただろうか? 
まあ拾ったら普通は中を見るよな。

誰が見てしまったのだろう。
それを考えていたらまた恥ずかしくなってきた。

ハアッと大きなため息をつきながらパラパラとノートをめくる。
そこで僕は思わず手が止まる。

物語の最終ページのあとに見慣れない字でメッセージが書かれていたのだ。


        ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


   勝手に中を見て読んでしまったことを先に謝ります。
   ごめんなさい


何だ、これ? 
僕が書いたんじゃない。


それは丁寧だが、とても遠慮がちに小さな文字で書かれていた。
その筆跡から書いた人の控えめな性格が見てとれる。
どうやらこの人に僕の小説(はなし)を読まれてしまったようだ。


         ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


   これはあなたが書いたものでしょうか。とても感動しました。
   ヒロインが死んでしまうシーンは思わず泣いてしまいました。
   でも彼女はきっと幸せだったと思います。
   読んだあと、とても暖かい気持ちになれました。
   表現が下手でうまく書けないんですが、この物語に出逢えてよかったで   す。ありがとうございました。



僕は何とも言えない思いだった。
恥ずかしい気持ち。
嬉しい気持ち。

僕の心はいろいろな気持ちが交錯する複雑な状態になった。
なんと言っても僕にとっての初めての読者だ。

いったい誰なんだろうか? 

名前は書かれていなかった。
ただ、名前の替わりかとうかは分からないが、文章の最後に可愛いらしいペンギンのイラストが描かれていた。

この人はペンギンが好きなのだろうか?

僕の話を読んで感動してくれた。

人に感動してもらえることがこんなに嬉しいなんて……僕は物語を創る楽しさを改めて感じていた。

僕は心は舞い上がった。
僕は居ても立っても居られなくなり、そのメッセージのあとに夢中で返事を書いた。

 
        ★ ★ ★ ★ ★


   僕の小説を読んでくれてありがとうございます。
   こんな僕の作品に感動したと言ってくれてとても嬉しいです。
   実はこの作品を最後にもう小説を書くのを止めようと考えてます。
   これから受験もあるので、これが最後の作品になる予定です。
   あなたのような人に読んでもらえて僕も幸せです。
   ありがとうございました。



よし、この返事を届けよう。
そう思った時、僕はとんでもないことに気がついた。

返事を書いたのはいいが、どうやってこれをその人に渡すんだ? 

どこの誰かも分からない。
まして生徒かどうかも分からないのに。

自分の馬鹿さ加減に呆れながら茫然とした。

なにか名案はないかと悩んでいると、ひとつのアイデアが浮かんだ。

そうだ。もう一度同じ場所に置いてみよう。
そうすればまた同じ人が拾ってくれるかもしれない。

僕の心に迷いは無かった。
この時の僕は少し冷静さを失っていたのかもしれない。

全く根拠は無いが、きっとまた同じ人が拾ってくれると確信していた。

僕はペントハウスの上へと昇り、給水塔の脇に祈りながらハルノートを置いた。

放課後になり、再び屋上へと駆け込む。
ペントハウスの階段を二段飛ばしで駆け上がり、給水塔の脇を確認する。

すると、そこに置いておいたハルノートは無くなっていた。

 ――やった。

心の中でガッツポーズをする。

きっと同じ人がまた拾ってくれたんだ。
そう確信して僕は用務室へと駆け出した。


「あの、すいません!」

前とは打って変って大きな声で叫ぶ。
するとアースラがそのっと顔を出した。

「はい? あら、また君?」
「あの、僕のノート、届いてませんか?」
「呆れた。また失くしたの?」
「はい!」

僕は元気よく答える。

「落とし物をした割には何か嬉しそうね。でも今日は落し物はまだ何も届いてないわよ」

 ――え?

愕然と肩を落とす。
そして同時に水を被ったように頭が冷却された。

よく考えたら馬鹿なことをしたもんだ。
また同じ人が拾ってくれる保障なんてどこにもないだろう。

ガラスばりの確信は音を立てたように崩れ去り、がっくりとしながらその場をあとにした。

どうしよう。前とは別の人が持って行ってしまったのかな。
中を見て笑ってないだろうか。

猛烈な不安感が僕を襲い始める。
ゴミ箱に捨てられたらどうしよう。

いや、それならまだマシか。
掲示板とかにいたずらに貼りだされてたら……。

そんな不安感はさらに恐怖感へと変わっていく。
翌日、朝一番に登校すると、真っ先に掲示板を確認した。

そこにハルノートが貼りだされてる様子は無かったので少しホッとする。
もしかして今日なら忘れ物として届いてるかも? 

僕はひそかな期待を抱きながら用務室に向かった。

「すいません!」

神様に祈るような気持ちで叫んでいた。

アースラがめんどうくさそうな顔をしながら奥から出てくる。

「朝っぱらから何? あら、また君?」
「すいません。ノート、やっぱり届いてませんか?」
「しようがないわねえ、どうだったかしら」

アースラはあからさまにめんどうくさいという仕草をしながら奥の棚へと向かった。

「あら、あったわ!」

アースラのびっくりしたような叫び声が聞こえた。

 ――え? 本当?

「そんなに大事なものだったらもう失くさないようにね」

アースラは呆れた顔をしながらも丁寧にハルノートを渡してくれた。この時のアースラは美しい女神に見えた。

どうやら昨日、僕が帰ったあとに届けられたようだ。

僕は溢れる喜びを隠せないままそれを抱きかかえて走り出し、そのまま屋上のペントハウスへ向かう。
この時間ならは屋上に生徒はいないはずだ。

まわりに誰もいないことを確認しながら恐る恐るページをめくる。
胸の高鳴りが激しくなる。

最後のページ。
僕の書いたヘタクソな文字のあとに、前と同じ丁寧な筆跡でまたメッセージが書かれていた。


  メッセージにお返事を書いてくれてありがとうございます。
  とても嬉しかったです


やった! やっぱり同じ人が拾ってくれたんだ。
の中でガッツポーズをする。


           ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


  小説を書くのをもう止めてしまうのですか? 私はもっとあなたの書いた  お話を読みたいです。
  人を感動させることができるなんてこんな素敵なことはないと思います。

  私がずっとあなたのファンになります。

  受験とかいろいろ大変だと思いますが、またあなたの物語が読める日を楽  しみにしています。


  追伸

  このノートはそのまま屋上に置いておこうかとも思ったのですが、誰か他  の人に見られるのが恥ずかしかったので用務室に届けてしまいました。勝  手にごめんなさい




文章からすると女の子のようだ

 ――と勝手に決めつける。

僕はこの人をペン子さんと名付けた。

ペンギンのイラストがあったから頭に浮かんだのだけだが、もっといいネーミングをしたかったが僕のボキャブラリーの限界だ。

僕はペン子さんが誰なのがどうしても知りたくなった。
ペン子さんに会いたくなった。

僕はハルノートにまた返事を書いた。


『ありがとうございます。よかったら今度、僕と会ってもらえませんか』


うわああ。こんなこと書いていいのだろうか? 
まるでラブレターのようだ。

よし。これをもう一度ペントハウスに置こう。
ペン子さんはこれを読んでくれるだろうか?


次の日の昼休み、僕は不安と期待を胸にハルノートを置きにペントハウスの外階段を駆け上がった。

給水塔への門に手を掛けると、ガシャン――といつもと違う音と手応えがした。

「え?」

門が開かない。
よく見ると壊れていた鍵が新しく付け替えられている。
僕は愕然とした。

アースラだ。
ここの鍵が壊れているのを知って直したんだ。
アースラがまた極悪の魔女に見えた。

なんてことだ。もうここにはもう入れない。

つまりハルノートを置くことができない。
ペン子さんにこのノートを渡すことができないじゃないか。

僕は茫然としながらうな垂れた。

でも僕はどうしてもペン子さんが誰なのか知りたかった。
会ってお礼が言いたかった。

あそこに生徒が入ることは授業の時間中にはまず無いと考える。
そうするとやはり昼休みか放課後だ。

ということは、ペン子さんはあの日、昼休みにあそこにいた生徒の誰かという可能性が高い。

あのペンギンのイラストが手がかりにならないか考える。
なぜペンギン? 
何も連想ができない。

しかし考えてみよう。
あのペントハウスの上にいるのはいつも決まった生徒《メンバー》だ。

男女ふたりずつの四人組と、いつも一人で本を読んでいる女子生徒。
僕の中の本命の女の子の麻生菜美だ。

僕は麻生さんがペン子さんのような気がしていた。
いや、そうであって欲しいとの願いだったかもしれない。

思い切って本人に聞いてみようか。いや、聞けるわけがない。
僕は大きく首を横に振った。
僕は女の子とまともに喋ったことがないのだ。

僕にとって女の子に声を掛けることはテストで満点をはるかに取るより難しいことだった。

悩みながら教室に戻ると、貼ってあった二月のカレンダーが目に入った。二月の二十九日の日付が目に留まる。

そうだ、今年はうるう年だった。

僕はハッとなる。