女の子と、いや、他人(ひと)とこんな風に自然に話せるなんて初めてだった。

「ねえ、私たちも訓練してみる?」
「訓練って、何をするの?」
「睨めっこだよ。人の目を見るのが苦手な者同士で」

突拍子もないことを突然言い出すのは彼女の性格なのだろうか。

「あの・・・・・葵さんとやるの?」
「誰か他にやりたい人がいるの?」

そう言いながら僕を睨む彼女の顔が怖かった。
すでに睨めっこのようになっていた。

「先に目を逸らしたほうが負けだよ。いくよ! せえの、はい!」

彼女はそう掛け声を掛けると僕に向かって睨み始めた。

睨めっこなんて何年ぶりだろうか。
記憶の限りでは女の子とするのは初めてだ。

彼女の目をじっと見つめる。
彼女も僕の目をじっと見つめていた。
 
無茶苦茶恥ずかしかった。
でも恥ずかしがっちゃダメなんだ。
これは訓練なんだ。

そう思いながら僕はけっこう粘った。

僕は息を大きく吸って彼女を目を睨む。

すると、彼女は急に上目使いに色っぽい目をし始めた。

 ――え? 

その艶姿に僕の恥ずかしさは途端に倍増し、思わず目を逸らした。

「やったあ! はい、君の負け!」
「今のは反則じゃないの?」
「女の子の正当な武器だよ」

彼女はドヤ顔でガッツポーズをした。


「冴木くん、菜美ちゃんのこと大切にしなよ」

意表を突いたようなその言葉は僕の心に突き刺さる。
なぜか心が苦しくなった。

「うん・・・・・」

僕はいい加減に返事をした。
心の中がまたキュっと苦しくなった。

窓の外を見ると、空はかなり暗く染まり、道は街路灯の明かりでオレンジ色に染まっていた。

僕はそろそろ帰らないといけないと思い、その旨を彼女に伝えた。

彼女は、もう少しいいじゃないかと引き止めてくれたが、これは社交辞令だろう。

玄関で靴を履いている時にちょうどお母さんが買い物から帰ってきた。

お母さんからも夕飯を一緒にと誘われたが、これも社交辞令だろう。
僕は丁重にお断りした。

彼女の家からの帰り道、冷え込んだ空気の中で僕は不思議な気持ちで歩いていた。
彼女と過ごした僅かな時間は今までに経験したことのないものだった。

他人(ひと)とこんなにも自然に、そして本気で話せたことが今まで記憶にない。

不思議だ。この気持はいったい何だろう。