「あっ、ごめんなさい。ハーブティーだけどよかったかしら?」
「あ、はい。ありがとうございます」

彼女はお母さんからお茶を乗せたトレイを受け取った。

「あ、涼芽。私これから買い物に行ってくるから。夕方まで戻れないけど、あとよろしくね。じゃあ冴木君、ゆっくりしていってね」

お母さんが出掛ける? 
ということは家には彼女と二人きり・・・・・。
そう思った瞬間に心拍数がさらに上がった。

落ち着け。とくかくまず落ち着け。
呪文のように自分に言い聞かせる。

「どうかした?」
「ごめん。いや、女の子の部屋とか、こういうのに全然慣れてなくて・・・」
「あ、もしかして女の子の部屋に入るの、初めて?」

僕は顔をひきつりながら頷いた。

「ふふ。そんなに緊張しないでよ。リハーサルだよ、リハーサル」

彼女はなにやら嬉しそうにそう言いながらティーカップを僕の前に静かに置いた。

「あ、言っとくけどヤラしいのは無しだからね。真面目な男の子ほどイヤラしいって言うもんね」
「そんなこと無いよ!」

変にムキになりながら否定すると体が熱くなった。
顔が真っ赤になっているのが自分でも分かる。

そんな僕を見ながらまた彼女はくすっと笑った。
僕は誤魔化すようにティーカップを慌てて掴み、一気に紅茶を飲み干した。

張り詰めたような沈黙の時が続いた。

時間としては多分僅かだっただろう。
しかしガチガチに緊張した僕の体には拷問のように長く感じられた。

何か喋らなきゃ・・・・・。
そう思いながらも、焦って気だけが空回りする。

「あの・・・・・さ・・・・・」

僕は声を振り絞った。

「うん?」

彼女が首を傾げる。

「あの・・・・・ハーブティって・・・・・ハーブの味がするよね」

彼女はお茶を口に含んだまま目を大きく広げ、不思議そうに僕の顔を見つめていた。

僕は一体何を言ってるんだ? 
また自分に呆れ果てる。

人は緊張した時、力を発揮するタイプと萎縮してダメになるタイプがいるというが、僕は圧倒的に後者だった。

「冴木くんってやっぱりおもしろいよね。ちなみに君はハーブって食べたことあるの?」
「あ、そういえば・・・・・無いかも・・・・・」

堪え切れず彼女は大声で笑い出した。

「ごめん。そんなに可笑しかったかな?」
「あ、笑ってごめんね。でも冴木くんって絶対おもしろいよ。言われない?」