普通の男子にとっては大したことではないのかもしれないが、僕にとっては一大事件だった。

「これもリハーサルだよ。女の子に慣れるための」

呆れたような言い方だが妙に暖かく感じられた。

僕と彼女は新興住宅街の少し下り気味の坂道を二人並んでゆっくり歩いた。

僕は彼女の歩幅に合わせるように横についていた。

彼女はずっと黙っていた。

ちょっと気まずい雰囲気が漂う。
どうして黙ってるのだろう?

何か喋らないと。
でも、そう思えば思うほど気が焦って言葉が出ない。

「朝・・・・・ごめんね」

ボソリと小さな声で彼女が言った。

「え? 何?」
「シカトしちゃったでしょ。君のこと」

やっぱり僕のこと気づいてたんだ。

「いや別に。気にしてないよ」

嘘ばっかりだ。ずっと気にしてた・・・・・。
でもよかった。

「おととい葵さんに酷いこと言っちゃって本当にごねんね。ずっと謝りたかったんだ」
「君が謝ることないよ。私が先に酷いこと言っちゃったんだから」
「そんなことないよ。葵さんは全然悪くない・・・・・」

そう。元々は僕がはっきりしないのが悪いのに葵さんのせいにしちゃったんだ。

僕は彼女の歩幅に合わせて並んで歩いていく。
しばらく沈黙が続いた。

でもさっきまで感じていた気まずさは無くなっていた。
でも何か不思議な感覚だった。

彼女とはこの前に街中で一緒に歩いたが、人ごみの中で歩くのとは全く違う。
まわりに人がいない分、二人きりでいるという感覚が強く感じる。

春の暖かい風と香りが、僕を何とも例えようもない気持ちにさせていた。目の前の夕焼け空が茜色に染まっていて、とても綺麗だった。

彼女の足が突然止まった。

「じゃあ今日のリハーサルはここで終わりね」
「え?」
「着いちゃった。私の家」
「え? ここ?」

ずっとボーっとしていた僕はどこをどう歩いてきたのか全く記憶が無かった。

「じゃあ、今日の練習はこれでおしまい。ありがとう、送ってくれて」
「うん。じゃあさよなら」

せっかくいい感じになったのに残念だが、仕方がない。
寂しい気持ちを抑えて来た道をそのまま戻ろうと反対を向いたその時だった。

「あのさ!」

彼女の声に僕は振りかえる。

「え?」
「あの・・・・・もうちょっとリハーサルしていく?」
「あ・・・・・リハーサルって、何の?」
「女の子の部屋に入るリハーサル」