マジメなハジメと蒼いスズメの恋愛リハーサル

それどころかとても悲しく寂しそうな声だった。
彼女のこんな声は初めて聞いた。

早く謝まろう・・・・・焦りながらそう思った時だ。

「さよなら。デートがんばってね・・・・・」

呟くような小さな声でそう言うと、彼女はそのまま店を出て行った。

彼女の目が赤く染まって見えた。

 ――涙・・・?

それを見た時、彼女を怒らせたのではなく、傷付けてしまったんだということに気がついた。

最低なヤツだ・・・僕は。
今までに記憶の無い猛烈な自己嫌悪感に僕は襲われた。

僕は何であんなことを言ってしまったのだろう。

いい加減なのは僕のほうだ!
彼女の言葉に決して悪気なんて無かった。

おもしろがってる? そんなわけないじゃないか。
僕のことをこんなにも一生懸命応援してくれたのに。純粋に僕を応援してくれてたのに。

なぜあんなことを言ってしまったんだろう。

僕は彼女のことを侮辱して傷付けてしまったんだ。

侮辱・・・それは僕が一番嫌いなことだった。
人に侮辱されることよりも人を侮辱することが何よりも嫌いだった。

僕はすぐに彼女のあとを追った。
店の外に出てまわりを見渡したが彼女の姿はすでに見えなくなっていた。

僕は店の前で一人呆然と立ち尽くした。

あたりを見回すと、いつの間にかすっかりと暗くなっていた。
上着を店内に置いて出てきたせいだろうか、強めの春風がとても冷たく感じた。

そのあと、僕は一人で帰りの電車に乗った。
ひとりには慣れているので、いつもはひとりの寂しさを感じることなんてない。でも今日はその寂しさをひしひしを感じていた。

家に帰ってからも、頭の中は自己嫌悪でいっぱいだった。
いつも明るい彼女のあのような寂しく悲しい声は初めてだった。

どうしてあんなこと言ってしまったんだろう? 
頭の中で同じ後悔の言葉が繰り返えされる。

こうして僕の生まれて初めてのデートは最悪なものとなった。


翌日、僕は彼女と待ち合わせた同じ場所で麻生さんと待ち合わせをした。

よくもまあ、そんないけいけしゃあしゃあとしていられるもんだ、と自分に吐き捨てるように言った。

昨日と同じ電車に麻生さんと乗り、同じ道で麻生さんとフェルメール展の会場へ向かった。

でも、僕の目に映っている景色は昨日と全く違っていた。
いや、景色なんか見えていなかった。

でもそれは緊張からではない。
僕はずっと彼女のことを考えていたのだ。

昨日と同じようにフェルメール展に入った。
昨日に負けないくらい多くの人が並んでいた。

彼女に言われた通り前売り券を買っていったので今日はすんなりと会場に入ることができた。
でも会場の中ではうわの空で何を話したのか全く記憶がない。

会場を出た後はまた昨日と同じ道を歩き、昨日と同じカフェに入った。

昨日のリハーサル通りに動いたが、気分は全く違った。

今回はテーブルの席を案内され、そのままその席に座った。
向かい合わせに座ったが僕は麻生さんと目を合わせることがでず、しばらく重い沈黙が続いた。

僕は一体何をしているんだろう?
今は麻生さんとデートしてるんだから余計なことは考えるな。
そう自分に言い聞かせる。

「冴木君はどんな本を読むの?」

麻生さんから話し掛けてくれた。

「うん・・・そうだね・・・」

でも、僕は上の空でその質問は頭の中を素通りしていた。

僕はその後もしばらく黙ったまま何も言えなかった。

「何、考えてるの?」
「え?」

「ごめんね。私と一緒にいても楽しくないかな?」
「え? そんなこと・・・・ないよ」

僕は慌てながら言った。

どうしよう。
あまりにも会話が無いから麻生さんに変な心配をさせてしまったようだ。この際何でもいい。
何か話題を探すんだ。

僕は二人に共通の話題を探す。

「あのさ、葵さんて・・・・どんな人?」

言った後に猛烈に後悔した。
とんでもない質問をしてしまった。
どうして麻生さんといる時に彼女のことを訊く?

自分の余りにもの馬鹿さ加減にうんざりした。

「ズズメちゃん? うーん・・・・明るくて元気で。私と正反対の性格かな。男の子にも人気あるし」

麻生さんは素直に答えてくれた。

「確かにすごく元気そうだよね」
「でもスズメちゃん、体が弱いみたいで体育は見学が多いんだよ」

体が弱い?
とてもそうは見えないが意外だった。

「ふーん」

僕はそう返しただけで、すぐ会話は止まった。
また沈黙が続いた。

気がつくと、僕はまた彼女のことを考えていた。

「帰るね。今日はありがとう」
「え?」

麻生さんはすっと立ち上がるとそのまま店の出口へと向かった。

 ー―しまった!

麻生さんは僕の態度に呆れてしまったようだ。
でも無理もない。

僕は何も声を掛けることができず、茫然と麻生さんの後ろ姿を見送った。

結局、僕はほとんど喋ることができず、人生二回目のデートもこうして大失敗に終わった。

最低だな! 僕は。
心の中でそう叫んだ。

葵さんを怒らせて、麻生さんを呆れさせて。
二日連続で女の子を傷付けてしまったみたいだ。

やっぱり僕にはまだ女の子と付き合うのは無理ないのかもしれない。

すっかり自信を無くしてしまった僕は、家に帰ってからも動くことができず、ベットの上でぼーっとしていた。

疲れてはいるのに、眠ることもできなかった。
時計が進むのが異様に長く感じられた。

よし、明日、学校で彼女に謝ろう。
そう思いながら毛布を被る。
気がつくとカーテンの脇から薄日が差し込み始めていた。
眠れなかったのか、自分でもよく分からない。

朝食は全く喉を通らかった。
僕は居ても立ってもいられず、早めに家を出た。

彼女とはクラスも違うので会えるのは基本的に朝か放課後になる。
登校前に校舎の前で彼女を待って謝ろうと考えた。

いつもより一時間ほど早めに学校に着く。
時刻は七時半をまわったくらいだろうか。

登校している生徒はまだ疎らだ。
早朝練習の部活の生徒がランニングをしていた。

今朝はいつもよりちょっと肌寒い。

吐き出された息が顔の前の空気を白く濁した。
小鳥たちのさえずりが聞こえる。

僕は下駄箱の前で彼女が現れるのを待った。
それからしばらくの時が過ぎる。

疎らだった生徒の数のだんだんと増えてきた。
その時、遠目だが校門を通り抜ける彼女の姿が見えた。

突き刺さるような緊張感が僕の心に走る。

 ――来た!


彼女が下駄箱の入口に入るタイミングに合わせるように、歩幅の間隔を合わせていく。

ちょうど下駄箱の入口に入る直前に彼女の横に付いた。
その瞬間、僕に気づいたのか彼女が一瞬こちらを見た。

「お・・・おはよう!」

目一杯に気持ちを振り絞って声を出した。
しかし、彼女は黙ったまま無視するように僕を通り過ぎた。

何か呟いた気もしたが、こちらを向くことはなかった

廊下の向こう側で女子生徒が彼女の名前を叫びながら手を振っている。
彼女のクラスメイトだろう。

彼女は元気に返事をすると、そのまま小走りに行ってしまった。
僕はただポツンと一人取り残されたように下駄箱の前で突っ立っていた。

覚悟はしてはいたが、こうもあからさまに無視されるとやっぱりショックだった。
でもそれだけ彼女の怒りが大きいということだろう。

彼女の教室まで行ってそこで謝ろうと機会を伺ったが、今日は合同の美術の授業は無い。
それに彼女のまわりはいつも友達でいっぱいで二人で話ができるようなタイミングも全く無かった。

放課後のチャイムが鳴る。
部活があったが、僕の心の中は部活どころではなかった。

僕は彼女を学校の帰り道で待つことを決めた。
部活をサボるのは初めてだ。

待ち伏せ場所には学校近くの中央公園を選んだ。

以前、部活のランニング中に彼女が友達と一緒に帰るのを見たことがあった。

考えてみれば、こんなふうに女の子を待ち伏せするのは生まれて初めてのことだ。

公園の中にある管理事務所の角で彼女を待つことにした。
ここなら学校方面から来る生徒をきれいに見渡せる。

しばらくの時間が過ぎた。
でも彼女の姿は見えなかった。

公園を歩道をランニングする人がたびたび通り過ぎる。
だんだんと風が冷たくなってくるのを感じる。

一時間くらいは経っただろうか。
僕はちょっと遅すぎるように思い始めた。

もしかして帰り道を勘違いしてたか、もしくは別の道で帰ってしまったか? 

西の空に傾いた大きな夕日が新興住宅街の向こう側へと傾きかけていた。まわりの空気が冷え込んでくるのに合わせ、だんだんと僕の気持ちも弱気になってくる。

もう諦めて帰ろうと振り向いた時だった。
見覚えのある生徒の集団が掛け声をかけながら走ってきた。

――あ、まずい!

テニス部の部員がランニングしてこちらに向かってきた。

そう。ここはテニス部の練習締めのランニングコースだった。
そんなことも忘れるほど僕は冷静さを失っていたらしい。

今日は病院へ行くと言って部活をさぼってるので見られたらまずいのだ。僕はすかさず管理棟の建物の陰に隠れた。

部員の掛け声が管理棟の反対側を通り過ぎていく。
どうかバレないようにと祈りながら部員の掛け声が通り過ぎるのを待つ。

徐々に掛け声が小さくなり、遠ざかっていくのが分かった。

僕はホッと一息をつく。
しかし振り返ると同時に僕の体は氷のごとく硬直した。

彼女がびっくりした顔をして僕の目の前に立っていたのだ。

もちろん僕もびっくりした。

「何してるの? こんなところで」

突然のことで僕は声が出せなかった。
彼女の顔が怒っているように見える。

僕の頭はパニック状態に陥った。

昨夜から言おうと準備していたセリフは全て頭から消し飛んでいた。

そうだ、とにかく謝まらなきゃ。

「ご・・・・ごめんね。きのうに葵さんに酷いこと言っちゃって。本当に・・・・・ごめんさない」

とにかくひたすら謝った。

「そんなことを言うためにずっとここで待ってたの?」

黙って頷いた。

許してもらおうとは思っていなかった。
僕自身がとにかく彼女に謝りたかったんだ。

しばらく沈黙が続いた。
僕は俯いたまま彼女の顔を見ることはできなかった。

「まるでストーカーみたい・・・・・」

彼女は氷のような冷たい口調でポツリと呟いた。

そう言われても仕方ない。
その通りだし悪いのは僕だから。

またしばらく重苦しい沈黙が続いた。
僕はこれ以上つきまとわったら彼女に迷惑になると思い帰ることにした。

「本当にごめんね。じゃあ、さよなら」

もう一回大きく頭を下げたあと、彼女に背を向けて歩き出した。

「ちょっと、どこ行くのよ?」
「え?」

立ち止まって彼女のほうに振り向いた。

「あの、ごめんね・・・・何?」
「で、楽しかった?」

いきなり何のことを言ってるのだろうか?

「楽しかったって? 何が?」
「菜美ちゃんとのデートのことに決まってるでしょ。ちゃんと報告しなさいよ!」

そうか。あれだけ協力してもらったのだから、報告くらいしなきゃいけなかった。
あまりいい報告はできないが。

「あの・・・・・ダメだった」

僕はあっさりと答えた。


「ダメ?」

彼女がちょっとびっくりした顔になる。

「うん。ごめんね、葵さんにリハーサルまでしてもらったのに」
「私のことなんてどうでもいいけど。ダメってどういうこと?」

「麻生さんを怒らせちゃった。いや、呆れさせたのかな?」
「嘘? 怒らせた? 呆れさせた? 菜美ちゃんを? どうして?」

「ほとんど喋れなかったんだ。デート中ずっと・・・・・」
「デート中ずっと? もう何やってんのよ。あんなに練習したじゃない。そんなに緊張しちゃったの?」
「違うよ。おととい葵さんに言われたことがずっと気になってさ・・・・・」
「どういうこと?」

「本当に好きなのかどうかも分からないのに麻生さんと付き合っていいのかなって思ったんだ。葵さんの言った通り僕はいい加減なヤツなんだよ」
「何それ? 私の言ったことなんて気にしなくていいんだよ。ホント真面目だなあ」

彼女は頭を抱えて唸りだした。

「だからもっと気軽にって言ったじゃん!」
「ごめん。やっぱり僕には無理だったみたい・・・・・」
「はあああ・・・・・」

彼女は叫ぶような大きなため息をついた。

「ちょっと歩こうか」
「あの・・・・・どこへ?」
「マジメくんはまだまだ女の子に慣れる練習が必要みたいだからね。私を家まで送ってくれる?」
「家まで送るの? 葵さんを?」

女の子を家に送るなんて生まれて初めてのことだ。
近所には男の友達しかいなかったし。

普通の男子にとっては大したことではないのかもしれないが、僕にとっては一大事件だった。

「これもリハーサルだよ。女の子に慣れるための」

呆れたような言い方だが妙に暖かく感じられた。

僕と彼女は新興住宅街の少し下り気味の坂道を二人並んでゆっくり歩いた。

僕は彼女の歩幅に合わせるように横についていた。

彼女はずっと黙っていた。

ちょっと気まずい雰囲気が漂う。
どうして黙ってるのだろう?

何か喋らないと。
でも、そう思えば思うほど気が焦って言葉が出ない。

「朝・・・・・ごめんね」

ボソリと小さな声で彼女が言った。

「え? 何?」
「シカトしちゃったでしょ。君のこと」

やっぱり僕のこと気づいてたんだ。

「いや別に。気にしてないよ」

嘘ばっかりだ。ずっと気にしてた・・・・・。
でもよかった。

「おととい葵さんに酷いこと言っちゃって本当にごねんね。ずっと謝りたかったんだ」
「君が謝ることないよ。私が先に酷いこと言っちゃったんだから」
「そんなことないよ。葵さんは全然悪くない・・・・・」

そう。元々は僕がはっきりしないのが悪いのに葵さんのせいにしちゃったんだ。

僕は彼女の歩幅に合わせて並んで歩いていく。
しばらく沈黙が続いた。

でもさっきまで感じていた気まずさは無くなっていた。
でも何か不思議な感覚だった。

彼女とはこの前に街中で一緒に歩いたが、人ごみの中で歩くのとは全く違う。
まわりに人がいない分、二人きりでいるという感覚が強く感じる。

春の暖かい風と香りが、僕を何とも例えようもない気持ちにさせていた。目の前の夕焼け空が茜色に染まっていて、とても綺麗だった。

彼女の足が突然止まった。

「じゃあ今日のリハーサルはここで終わりね」
「え?」
「着いちゃった。私の家」
「え? ここ?」

ずっとボーっとしていた僕はどこをどう歩いてきたのか全く記憶が無かった。

「じゃあ、今日の練習はこれでおしまい。ありがとう、送ってくれて」
「うん。じゃあさよなら」

せっかくいい感じになったのに残念だが、仕方がない。
寂しい気持ちを抑えて来た道をそのまま戻ろうと反対を向いたその時だった。

「あのさ!」

彼女の声に僕は振りかえる。

「え?」
「あの・・・・・もうちょっとリハーサルしていく?」
「あ・・・・・リハーサルって、何の?」
「女の子の部屋に入るリハーサル」
「は?」

気がつくと、僕は彼女に連れられてレンガづくりの門扉をぬけていた。
玄関までの長いアプローチのまわりに色とりどりの花が綺麗に咲き並んでいる。
ガーデニング好きなのがよく分かる庭だ。

彼女は制服のポケットから鍵を取り出し、玄関のドアに差し込む。

「あれ?」

驚いたように彼女が呟いた。

「あれ? お母さん。帰ってるのかな?」

どうやら鍵が開いていたことが意外だったようだ。

「あ、冴木くん、どうぞ」

彼女に招かれ、恐る恐る玄関のドアをくぐる。
何かとてもいい香りがした。

「おじゃまし・・・・・ます」

女の子の家に入るのは、僕の記憶の限りでは小学校の学芸会での劇の練習でクラスメートの女の子の家に行った時以来ではないだろうか。

「ただいま」

彼女が家の中に向かって声を掛ける。

「おかえり」

家の奥から返事が返ってくると同時に上品そうなスーツ姿の女性が出てきた。
彼女のお母さんだろう。

どうやら彼女はお母さん似のようだ。


「お母さん、今日は早かったんだね」
「ええ。さっき帰ったばかりだけど。会社の用事で寄るところがあって、そこからそのまま帰ってきちゃったの」

スーツが綺麗に決まっていた。キャリアウーマンという感じがする。

「あら、お友達?」

「うん、学校のお友達なの。冴木くん。ここまで送ってくれたんだ」

彼女はちょっと戸惑った感じで答えた。

僕は来たことを半分後悔しながらも緊張しているのを悟られないよう平然を装おうとした。だが、恐らく顔が強張っていてバレバレだっただろう。

「あ・・・・・突然すいません。冴木・・・・・です。おじゃまし・・・・・ます」

緊張のあまり声がひっくり返ってしまった。
ダメだ! 緊張して思うように声が出ない。

「いらっしゃい。どうぞ」

お母さんはそんな僕を見てかクスっと笑った。ガチガチに緊張している僕を見ておかしかったのだろう。顔から火が出るほど恥ずかしかった。

彼女の部屋は僕がイメージしていた女の子の部屋とはかなり違っていた。
女の子にお決まりのぬいぐるみはあるものの数は少なく、少女漫画チックな飾りもない。
必要なものがしっかりと揃っているシンプルなものだった。

ノックの音が鳴る。
彼女が返事をしたと同時にお母さんがお茶を持って入ってきた。

「あっ、ごめんなさい。ハーブティーだけどよかったかしら?」
「あ、はい。ありがとうございます」

彼女はお母さんからお茶を乗せたトレイを受け取った。

「あ、涼芽。私これから買い物に行ってくるから。夕方まで戻れないけど、あとよろしくね。じゃあ冴木君、ゆっくりしていってね」

お母さんが出掛ける? 
ということは家には彼女と二人きり・・・・・。
そう思った瞬間に心拍数がさらに上がった。

落ち着け。とくかくまず落ち着け。
呪文のように自分に言い聞かせる。

「どうかした?」
「ごめん。いや、女の子の部屋とか、こういうのに全然慣れてなくて・・・」
「あ、もしかして女の子の部屋に入るの、初めて?」

僕は顔をひきつりながら頷いた。

「ふふ。そんなに緊張しないでよ。リハーサルだよ、リハーサル」

彼女はなにやら嬉しそうにそう言いながらティーカップを僕の前に静かに置いた。

「あ、言っとくけどヤラしいのは無しだからね。真面目な男の子ほどイヤラしいって言うもんね」
「そんなこと無いよ!」

変にムキになりながら否定すると体が熱くなった。
顔が真っ赤になっているのが自分でも分かる。

そんな僕を見ながらまた彼女はくすっと笑った。
僕は誤魔化すようにティーカップを慌てて掴み、一気に紅茶を飲み干した。

張り詰めたような沈黙の時が続いた。

時間としては多分僅かだっただろう。
しかしガチガチに緊張した僕の体には拷問のように長く感じられた。

何か喋らなきゃ・・・・・。
そう思いながらも、焦って気だけが空回りする。

「あの・・・・・さ・・・・・」

僕は声を振り絞った。

「うん?」

彼女が首を傾げる。

「あの・・・・・ハーブティって・・・・・ハーブの味がするよね」

彼女はお茶を口に含んだまま目を大きく広げ、不思議そうに僕の顔を見つめていた。

僕は一体何を言ってるんだ? 
また自分に呆れ果てる。

人は緊張した時、力を発揮するタイプと萎縮してダメになるタイプがいるというが、僕は圧倒的に後者だった。

「冴木くんってやっぱりおもしろいよね。ちなみに君はハーブって食べたことあるの?」
「あ、そういえば・・・・・無いかも・・・・・」

堪え切れず彼女は大声で笑い出した。

「ごめん。そんなに可笑しかったかな?」
「あ、笑ってごめんね。でも冴木くんって絶対おもしろいよ。言われない?」