彼女はそう説明しながら慣れた感じでメニューを開く。

僕は慣れないせいか店内をきょろきょろと見回した。

「ふふ、冴木くん、少し落ち着いたら」
「あ、ごめん」
「謝ってばっかだね。まあいいか。今日はリハーサルだもんね」

女の子と横並びで座ることは教室では当たり前のことだが、場所が変わるだけでどうしてこんなに緊張するのだろう。

確かにテーブルに向かい合って座るのとは全く距離感が違った。
横を向くと彼女の吐息さえ感じられるようだ。

「冴木くん、そんなに緊張しなくてもいいよ」

クスっと彼女が意地悪っぽく笑う。

「無理だよ。女の子と二人でこんなところに入るのは初めてなんだから」

僕はこそっと囁くように言った。

「だから今日はそのためのリハーサルだよ」

リハーサルといっても僕にとっては生まれて初めてのデートなんだよ。


「このお店、なかなかいい雰囲気でしょ」
「うん。よくこんな場所にあるお店知ってるね」

「私も友達に教えてもらったんだ。メイン通りのお店はいつもいっぱいだからね。道順、ちゃんと覚えてる? 明日また来るんだからね」
「うん。多分・・・」

「大丈夫かなあ・・・さすがに私は明日までは付き合えないよ。この店ね、パンケーキがすごく美味しんだ。ホイップクリームがたっぷりなの。これを食べさせれば大抵の女の子はイチコロだよ」
「ふーん」

「注文していい?」

探るような上目遣いで僕を見る。

「イチコロになりたいの?」
「なりたい!」

彼女は嬉しそうに首を傾げる。
食べたいなら最初から素直にそう言えばいいのに、と思う。

程なくして溢れんばかりのクリームに覆われた巨大なパンケーキが彼女の前に置かれた。

「いただきまーす」

彼女はそう言い終わる前に慣れた手つきでナイフを入れ始める。

「うーん。幸せ!」

本当に幸せそうな顔だ。
そんな顔をされたら食べられたほうもさぞ幸せだろう。

「こんなものばっかり食べてたら、イチコロじゃなくてコロコロ(・・・・)になりそうだね」

 ――あ!

その場の空気が一瞬に冷たくなったのが分かる。

自分なりに考えたセリフだった。
けど慣れないこと言うもんじゃない。
僕は猛烈に後悔した。

案の定、彼女は僕の顔を見ながらポカンと口を開けていた。

「あ、ごめん。今、笑うところだった?」