本にしか興味を持てなかったこんな僕だが、最近気になる女の子ができた。

その子はいつも僕が座っている場所と反対側にある柵の隅に座っていて、いつも文庫本を広げて読んでいた。

とても大人しそうで内気で真面目そうな女子生徒だ。

名前は麻生菜美(あそうなみ)
となりのA組の子だ。

僕はB組なのでクラスが違うが、特に名前を調べたわけではない。

僕の学校の芸術の授業は選択制になっていて、美術はA組と共同で受けることになっていた。
だから麻生さんとは美術の時間だけのクラスメイトだったのだ。

人の顔と名前を憶えるのが大の苦手な僕が、彼女の名前を憶えていたのはストレートの髪型が僕の好みだったからだろうか。

読書が好きそうなところにも親近感を抱いていた。

思い切って声を掛けてみようかーーなんてできもしないことをついつい考える。

そんなことができるのは小説の中の主人公だけだ。
現実の僕はそんなことできやしない。

横にいる男女四人のグループが笑いながら楽しそうに喋っている。

あんなふうに気軽に女の子と話せたらいいな……。

そんなことをボーっと考えながら、僕は麻生さんのことを知らず知らずにじっと見つめてしまっていた。

すると僕の視線に気づいたのだろうか、彼女が僕のほうに顔を向けた。

 ――まずい。

僕はすぐに視線を下に逸らした。
じっと顔を見て変なやつと思われただろうか。

僕は顔を上げられないまま固まった。

その時、昼休み終了の予鈴が校内に響いた。

ちょっとホッとしたあと、次の時間が体育の当番あることを思い出した。当番は早めに体育館に行って授業の準備をしなければならない。

慌ててペントハウスの階段を駆け下りる。
その逃げ出すような態度は余計に怪しく見えたのではないかと心配しながら教室に向かう。

階段の踊り場を曲がる時だった。僕は手に変な違和感を持った。

 ――あれ? 

持っていたはずのハルノートが手の中に無いことに気づいた。

しまった! 
どうやら屋上のペントハウスの上の置き忘れたらしい。

取りに戻ろうと思ったが、これから屋上まで行くとなると体育の準備にとても間に合わなくなる。
真面目な僕に授業を遅刻する度胸は持ち合わせていなかった。

仕方ない。体育の授業が終わったら取りに行こう。