翌日の昼休み、僕は屋上のペントハウスの上で途方に暮れていた。

頭の中は日曜日のデートのことでいっぱいだった。
今の僕が女の子とデートをするということは、勉強を全くしないで試験を受けるようなものだ。

全く練習もしないでスポーツの試合に臨む選手もいないだろう。
まあ、要は“無謀”ということだ。

僕は女の子の二人きりになってまともに喋れるのだろうか? 
昨日だって、あのセリフを言うだけでいっぱいいっぱいだったのに。

フェルメール展を観た後は、どこへ行けばいいんだ? 
麻生さんと何を喋ればいいんだ? 
話題は? 服装は?

悩みと不安が溢れんばかりに湧き出てくる。
でも、こんなことを相談できる友達もいない。

「あれ? マジメくん、どうしたの? 死にそうな顔してるよ」

 ――え? 

もうろうとした意識の中で僕は顔を上げた。
すると、目の前に見覚えのあるボブの女子生徒が立っていた。

昨日、僕に声を掛けてくれた女の子だ。
眉間にしわを寄せながら心配そうな顔で僕を見つめていた。

「あの……マジメくんって僕のこと?」

僕ちょっとムッとしながら答えた。
僕は真面目と呼ばれるのが好きじゃなかった。

「あれ? 君、クラスで“マジメくん”って呼ばれてなかった?」
「あの……僕の名前、“マジメ”じゃなくて“(はじめ)”なんだけど……」

僕は嫌味っぽく訂正した。

「え? ごめん、変な名前だと思ったんだ。そりゃそうだよね。始《はじめ》くんって言うんだ」

実を言うと、僕の名前は“ハジメ”でもない。
字は“始”と書くが、“ハル”と読むんだ。
親も捻くれた読み方にしてくれたものだ。

でも、昔からみんなには“ハジメ”と間違えて呼ばれていた。
僕はあえて訂正するのが面倒だったので、ほとんど“ハジメ”のまま通すようになった。

「君って昼休みはいつも屋上(ここ)で勉強してるよね。だから“マジメくん”って呼ばれてるんだと思ってたよ」

これも違った。僕はここで勉強なんかしていない。
でも、やはり訂正するのが面倒なのでこれもスルーした。

「で、ハジメくんは何でそんな暗い顔してるの?」

僕はこういう明るく気さくな女の子が苦手だった。
人のペースに遠慮なしで入り込んでくるため、それが乱されるのだ。

僕は自分のペースで歩いていくのが好きだ。
いや、好き嫌いではない。