二月二十九日の金曜日。
昼休み。
天気は快晴。

大袈裟だが僕にとって人生の決戦の日だ。

僕はいつものように屋上の給水塔の脇に座り、ハルノートを開く。
でも小説を書くどころではない。

体中の血管が音を立てて脈打ち始める。

『僕と友達になってくれませんか?』

そう、まずはこれでいい。
たったこれだけで言えばいいんだ。
気楽に。落ち着け・・・。

ひたすら自分に言い聞かせるが、激しく脈打った心臓は全く収まる気配を見せない。
そもそも僕は人と話すこと自体が苦手なんだ。

まして女の子に話しかけるなんてことはハードルが高いどころか、棒を持たずに高跳びをするようなものだ。
・・・・・なんてウダウダと考えているうちにどんどんと時間だけが過ぎていく。

 ――よし、行くぞ!

心の中で大声で叫んで立ち上がる。
しかし、そう力んだ次の瞬間に僕の体は氷のように固まった。

僕が立ち上がるのと同じタイミングで麻生さんも立ち上がってしまったのだ。

僕の頭は一瞬にして真っ白になる。
どうやら今日は早めに帰るらしい。

麻生さんはこちらのほうに向かってくるが、すっかり意表を突かれた僕は凍りついたまま動けない。

麻生さんは僕の前をそのまま素通りして下へ向かう外階段の前まで行ってしまった。

ダメだ。
麻生さんが帰っちゃう。

今日は神聖なるうるう日だ。運命の日なんだ。
今、今、今、声を掛けなきゃダメなんだ!

「あの!」

僕は体中の勇気をかき集めて叫んだ。
予想を遥かに超えた大きな声が発せられた。

麻生さんは驚いたようにこちらに振り向く。

その顔は想定していたより遥かに驚いている。
大きく見開いた瞳がそれを物語っている。
いや、驚いたというより、もはや怯えているようだ。

まずい。声が大きすぎた?

まわりにいた生徒も一斉にこちらを見ていた。
僕達は注目の的になっていた。

ああ、ダメだあ・・・・・。

僕の心は風船が一瞬にして萎むが如く急速に萎縮した。

「あ・・・すいません。何でも・・・ないです」

俯きながら絞り出された言葉は何とも情けないものだった。

ああ、情けない! 
僕は心の中で叫んだ。

麻生さんは軽く会釈をすると、逃げるように外階段へと向かった。

ああ、行っちゃった・・・。
ダメなやつだ、僕は。

ガックリと肩を落としていたその瞬間だ。