時折吹き付ける冷たい風が僕の顔を撫でる。
でもそれが妙に気持ちよかった。

僕は、以前に授業を抜け出して彼女と来た江の島にいた。

彼女の手術からもう半年が過ぎ、季節はすっかり秋になっていた。
彼女と一緒に歩いた坂道、一緒に入った土産店、その全てが妙に懐かしく感じる。

「そうだ。ここで海に落ちたんだっけ。あの時は酷い目に遭ったな」

その時の様子を思い浮かべなから苦笑した。

懐かしいな……。

「ハルくーん!」

石階段の下から声が響く。
その大きめな声に近くを歩いていたカップルがこちらを振り返った。
僕はちょっと恥ずかしくなって俯いた。

小走りに階段を登る彼女の手には大きなせんべいを抱えている。

「ハア、ハア……お待たせ」

息を切らす彼女に僕は思わず唖然とする。

「ちょっと葵さん……何やってんの?」
「あ、ごめん。タコ焼きが売ってなくてさ……」

「ダメじゃないか!」

悪気の全く感じられない彼女の顔に思わず声が大きくなる。

「タコ焼きくらいでそんなに大きな声出さないでよ」

膨れっ面の彼女にさらに僕の声はさらに大きくなる。

「誰がタコ焼きの話してるんだよ! 激しい運動しちゃ駄目ってお医者さんから言われてるだろ!」
「へへっ、少しでも早く君の顔が見たくてさ」

そのあどけない笑顔を見たとたん、僕の全身の力がスっと抜けた。

「コラ! 女の子がキュンとするセリフ言ったんだから何か返しなさいよ」

僕はため息をつきながら苦笑いをする。

手術は一時的には成功した。
だが彼女の心臓は完治することはなく、手術の後も彼女の入院は続いていた。
今日は特別に外出許可をもらっての久しぶりの遠出だ。

今後も彼女の身体が成長するにつれてさらに心臓の負担が大きくなり、医者からはいつまで今の状態が維持できるかは保障できないと言われている。

彼女はこれからも自分の身体に不安を抱えたまま生きていくことになるだろう。

だから僕は決めたんだ。
僕が彼女を不安と恐怖から守ってあげる。

いや、守ってあげるなんて偉そうなことは言えない。
でも彼女と不安や苦しみをずっと一緒に受け止めていきたいと思う。

もしかしたら彼女はそんなこと迷惑だと言うかもしれない。
でも僕はそうしたい。

そうし続ける。
彼女が生きている限り。

いや、ずっとだ。
ずっと一緒にいたい。
いつまでも。