お母さんはそう言いながら目を細めて笑った。
「そんな時にあの子が私に訊いてきたことがあったの。
『人を好きになるってどういうこと?』ってね。
その時は私、なんて言ったかなあ・・・・・。
そう、確か『一緒にいて自然でいれる人。本当の自分を出せる人』
そんなふうに言ったのかな。
そしてある日ね、あの子が『隣のクラスにおもしろい男の子がいるんだ』
って話してくれたの。
そんなこと言うのはとってもめずらしいことだったから『どんな人?』って訊いたら『馬鹿にみたいに正直で嘘がつけない人』って言ってね」
馬鹿って? まさか、それって僕のこと?
「冴木君と家で初めて会った日、あなたがその人だってすぐに分かったわ。あの時は笑っちゃってごめんなさいね。あまりにも涼芽の言う通りの人だったから思わず・・・・・」
そうだ。確かにあの時はお母さんにかなり笑われたことを覚えている。
でも、にわかには信じられない話だった。
彼女が前から僕のことを想ってくれていた?
「いけない。あなたに大切なものを渡すのを忘れてたわ」
お母さんは思い出したように持っていたトートバックの中からひとつの包みを取り出した。
「涼芽から頼まれてたの。これをあなたに返して欲しいって」
僕は思わず息を呑んだ。
それは彼女に貸したハルノートだった。
「これを・・・僕に?」
「『私が死ぬ前に彼に渡してね』って言うから怒ってやったわよ。
冗談でも言わないでって」
僕はお母さんからハルノートを受け取った。
彼女は夕べこれを読んでくれたんだろうか。
「冴木君。今日は本当に来てくれてありがとう。でも、手術は午後までかかると思うから今日はもう帰ってくれる? 手術が終わったらすぐ連絡するから」
本当は帰りたくなかった。
でも家族でもない僕がずっとここで待たせてもらうことはできないことも分かっていた。
僕は素直にはいと返事をした。
病棟を出て空を見上げた。
薄らと雲がかかるものの、とても日差しが暖かかった。
ここの病院のまわりは公園になっていて、近所の人たちの散歩ルートになっているようだ。
ジョギングをしている人もいる。
僕は公園内の小道の脇にある木製のベンチにゆっくりと腰をかけた。
僕は彼女の手術をここで待つことにした。
連絡が来たらすぐに彼女に会いたかったし、何よりも彼女のそばにいたかった。