「恋愛もね・・・男の子も好きにならないように頑張ったの。好きになったら、お別れの時に悲しいから・・・・・」
「うん・・・・・」
「でも神様って残酷だな。ずっと頑張ってたのに最後に・・・・・」
僕はその言葉には何も言うことができなかった。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
僕はゆっくりと彼女の体を離した。
「ごめんね・・・」
「フフッ、また謝ってる」
「ごめんね・・・何もしてあげられなくて」
彼女は黙ったまま首を横に振った。
「これからは僕がずっと一緒にいる。これから毎日来る。手術の日までずっと来る」
彼女は無言で頷いた。
「何かして欲しいことがあったら何でも言ってよ」
彼女はしばらく黙って考え込んだ。
「何でもいいの?」
「いいよ」
「じゃあ、ひとつだけ・・・ひとつだけ私の願い聞いてくれる?」
「何?」
「絶対聞いてよね」
「うん。僕にできることなら」
「君にしかできないことだよ・・・・・」
そう言いながら彼女は僕に顔を近づけてきた。
焦るあまり僕の身体は硬直した。
そして息をつく間もなく彼女の顔が僕の肩に乗ると二人の頬が重なった。
――え?
彼女の手が僕の背中を掴む。
気がつくと僕の身体は彼女に包まれていた。
「私が死んでも、忘れないでね、私のこと」
囁くような小さな声だった。
「馬鹿なこと言わないでよ!」
「聞いてくれる約束だよ」
思わず僕は言葉に詰まった。
「なんで・・・そんなこと言うの?」
「だって、君の心の中に残ることができれば、私が生まれてきた意味があるでしょ」
――そんなこと言わないで・・・。
心の中で叫んだ。
「ごめん。今のは重かったかな?」
僕は黙ったまま首を横に振った。
「忘れないよ・・・絶対に」
それは彼女の死を認めてしまう言葉になることはわかっていた。
でも、今、僕にできるのはそう答えることしかなかった。
「ありがと、ハル」
囁くような小さな声だった。
彼女の僕の体を掴む力がさらに強くなるのを感じた。
体は苦しくない。
でも心が苦しかった。
彼女がとても愛おしい。
このまま時間が止まって欲しい、僕は心の底からそう願った。
彼女は顔を僕の肩から外し、じっと僕を見つめる。
その瞳に僕は吸い込まれそうになる。
そして彼女はゆっくりと目を閉じた。
僕の鼓動が急速に高鳴る。
――え? え?
何をすべきかの正解を必死に探す。
――どうしよう? どうすればいい?
僕は固まって動けなくなった。
部屋にノック音が響く。
――え!
女性の看護師さんが扉から顔を出した。
どうやら病室の消灯の巡回だ。
看護師さんは僕らに消灯時間のことを伝えると、そそくさと次の病室へ向かった。
僕は堰き止められていた空気を一気に吐き出して我に還る。
心臓はまだ大きく脈打っていた。
僕は大きくため息をつきながら自分の勇気の無さに呆れていた。
ああ、やっぱり彼女は――待っていたのかな?
部屋の時計の針が目に入る。
胸が締め付けられるように苦しくなった。
「もう帰る時間・・・・だね」
彼女は寂しそうな声で呟くように言った。
「うん・・・・・ごめんね。大丈夫?」
「うん、さっきハルくんから元気いっぱいもらったよ」
彼女はそう言いながらにっこりと笑った。
本当に元気をあげられたのだろうか。
結局、何もできなかった自分が情けなくなる。
「また行きたいな、海」
「手術が終わって元気になったらね。そうだ、夏になったら海辺の花火大会に行こうよ」
「あ、覚えててくれたんだ」
嬉しそうに笑う彼女の顔が愛おしい。
「ハルくんはさ、きっと小説家になれるよ」
「ハハ、無理だと思うけど。ただ、大人になってもずっと小説《はなし》は書いてはいきたいとは思うんだ」
それを聞いた彼女がにこりとほほ笑んだ。
その時、彼女に渡したかったものを渡していなかったことを思い出した。
カバンの中から一冊のノートを取り出す。
そう。ハルノートだ。
「あの、これ読んでくれる?」
ちょっと照れながらハルノートを彼女に手渡す。
「これ、ハルくんの書いた小説でしょ? 読ませてくれるの?」
「もう読んだことあるでしょ?」
「そうだったね」
彼女はクスっと笑った。
「葵さんにもう一度読んで欲しいんだ。ラストのストーリーを少し直したんだよ」
「へえ、どんなふうに変えたの?」
「それは読んでよ。でもそんなに急がなくてもいいよ。返すのはいつでもいいから」
「わかった。ありがとう」
彼女は嬉しそうにハルノートを手に取った。
この小説《ストーリー》は僕の希望になっていた。
「じゃあ、また明日くるね」
「明日?」
彼女はなぜか戸惑った顔をする。
「これから毎日来るって言ったでしょ。迷惑・・・かな?」
「ううん。そんなことないよ。じゃあ、この小説、明日までに読んどくね」
慌てたように笑いを繕う彼女になにか不安を感じた。
「いいよ。そんなに急がないで。じゃあ明日、学校が終わったら来るよ」
「うん。待ってる」
僕はゆっくりと病室のドアに手を掛けた。
「あのさ・・・・」
彼女が僕を呼び止めた。
「なに?」
彼女は何か思いつめたように黙ったまま俯いている。
「どうしたの?」
「あのさ、最後にもうひとつだけお願いがあるんだけど」
「何? 改まって。何でも言って」
「睨めっこ・・・してくれる?」
何を言うのかと思ったら睨めっこ?
はっきり言ってそんな気分ではなかった。
でも彼女の顔を見ていたら聞かないわけにはいかなかった。
「嫌ならいいよ・・・・」
彼女は拗ねたように俯いた。
「嫌なんて言ってないよ。やろう」
彼女の掛け声で久しぶりの睨めっこが始まった。
なにか妙に懐かしい感じがした。
彼女が僕の目をじっと見つめる。
僕も彼女の目を強く見つめ返す。
彼女とは何度も睨めっこをしているが、今は不思議な感覚に包まれていた。
どうしてだろう。
目を逸らすことができない。
彼女の瞳はとても澄んでいて、そして眩く輝いていた。
彼女がとても愛おしい。
彼女の茶色い大きな瞳の中に僕の顔が歪んで映る。
その瞳に映った僕の顔がどんどん大きくなる。
――あ?
次の瞬間、僕たちの世界《なか》の時間《とき》が止まった。
病室を出ると廊下にお母さんが立っていた。
ここでずっと待っていてくれたようだ。
お母さんは何も言わずに優しく微笑んでいた。
ゆっくりと僕に深くお辞儀をした。
何か恥ずかしくなってお母さんの目をまともに見ることができなかった。
僕は黙ったまま軽くお辞儀をして病院を後にした。
翌日、部屋の東の窓から朝日が強く射し込んだ。
空には雲ひとつ無く、とても青く澄んでいた。
学校の授業が終わるのが待ち遠しかった。
今日も病院へお見舞いに行こう。約束だから。
授業中はずっと彼女に話す話題を考えていた。
授業が終わるとすぐにバス停へと向かった。
早く彼女に逢いたい、そう思いながら病院行きのバスに揺られていた。
午後の病院のエントランスホールは診察待ちのお年寄りでいっぱいだった。
彼女の病室の前に着くと、ちょっと悪戯心が疼いた。
突然顔を出してびっくりさせてやろうと思い、病室のドアを静かに開けてそっと中を覘く。
しかしベッドには彼女の姿は無かった。
お母さんの姿も見えない。
――あれ?
すぐに病室を飛び出る。
例えようもない不安感に襲われながら僕はナースセンターを訪ねた。
「すいません。あの・・・葵・・・葵涼芽さんは・・・」
カウンターの受付に座っていた看護師さんが僕を見てちょっと怪訝な顔をする。
「あの・・・ご家族の方ですか?」
「あ・・・いえ、僕は・・・」
その時、反対側の廊下の奥から僕を呼ぶ声がした。
「冴木君?」
遠目だったがすぐに彼女のお母さんだと分かった。
「冴木君、今日も来てくれたの?」
びっくりした顔で僕の姿を見まわす。
「あの・・・葵さんは?」
お母さんは僕の態度を見て何かを察したように俯いた。
「あの子は今、手術室に入ってる」
――手術室?
お母さんの言葉が素直に頭の中に入らない。
「手術ってどういうことですか?」
僕は思わず叫んだ。
「あの子、やっぱり今日の手術のこと、あなたに言ってなかったのね。ごめんなさい」
「手術って・・・まさか今日だったんですか?」
お母さんは黙って頷いた。
目の前が一瞬で真っ暗になる。
そして愕然と肩を落とした。
どうして・・・どうして・・・。
僕は心の中で何度も叫んだ。
どうして言ってくれなかったんだ!
僕はまだ、彼女に何もしてあげられてない・・・・・。
大きな罪悪感と後悔の思いが僕を襲った。
「ごめんなさい。僕、今日が手術だなんて知らなくて」
お母さんは黙って首を横に振った。
「あなたは何も悪くないわ。ありがとう」
僕は何も言えずにただ茫然とした。
お母さんは僕を病院内にあるカフェに誘った。
こんな時にお茶なんて・・・・・そんな気分にとてもなれなかった。
カフェの店内は人は疎らで数人のお見舞い客らしき人がいるだけだ。
お母さんが先に窓際の隅の席に座り、僕が後からその前の席に座る。
その窓からは外の公園の桜がよく見えた。
「見て、桜がとても綺麗よ・・・・・」
お母さんに言われて窓の外に目を向ける。
たしかに桜がとても綺麗だった。
その桜を見ているうちに、僕の心はだんだんと落ち着きを取り戻した。
そうか、お母さんは僕を落ち着かせるためにここに誘ってくれたんだ。
何を騒いでいるんだ。
お母さんのほうがよっぽど不安な気持ちでいっぱいのはずなのに。
「すいません。騒いでしまって・・・」
お母さんはまた首を横に振った。
「冴木君とはこうやってお話をしたいと前から思ってたの。きのうはお礼も言う時間もなかったし・・・・・」
どうしてだろう。お母さんはとても朗らかな優しい顔をしていた。
彼女が大きな手術の最中だというのに。
お母さんの落ち着いたその安らかな表情は、かえって僕を不安にさせた。
「手術のことは言わなくてごめんなさい。でも涼芽の気持ちも分かってあげてね。本当のことを言うのが辛かったんだと思う」
分かってる。分かってるんだ。
でもやっぱり言って欲しかった。
最後になるかも・・・・・いや、そんなこと考えるのは止めよう。
「冴木君。涼芽と一緒にいてくれて、本当にありがとう」
「いえ、僕は何も・・・」
そう。僕はまだ何もしてあげられていない。
「昨夜はあの子大変だったのよ。手術が不安だったのか、ずっと泣いたりわめいたり・・・・・」
「そうだったんですか・・・・・」
いつも明るいイメージの彼女からはそんな姿は想像がつかなかった。
でも今思えば、病室で最初に会った時の彼女は様子がおかしかった気がする。
「でも冴木君が来てくれたあとはすっかり落ち着いて、いつもの涼芽に戻ったの。本当にありがとう」
「いいえ、僕は本当に何もできなかったんです。元気付けるどころか、かえって不安にさせることをたくさん言っちゃって・・・・・」
お母さんはゆっくり首を横に振った。
「今日ね、手術室に入る前に涼芽と少しだけ話すことができたの。今日の涼芽はとっても明るくて、涼芽らしい涼芽だった」
涼芽らしい涼芽。
そう、いつも太陽のごとく明るく笑っているのが彼女だ。
「あの子、最後に『お母さん、ありがとう』そして『行って来ます』って。あんなに毅然とした涼芽は久しぶりに見た。きっとあなたのお蔭だと思う」
「いえ、僕は本当に何も・・・・・」
結局、僕は彼女には何をしてあげられたのだろうか?
僕は彼女を勇気付けることができたのだろうか?
「あの子はね・・・実は中学の時まではすごく内気で、気が弱くて、引っ込み思案で、それは大変だったのよ」
確かにそれは前に彼女本人から聞いたことがある。
でもそれは謙遜か冗談かと思っていた。
「あの子は小さい時から病院の入退院を繰り返していたから、学校でもなかなか友達ができなかったのね。中学に上がった時は少しクラスにお友達ができたのだけれど、中学二年の時に大きな手術をしてね。一年間の内、ほとんどが入院生活だったからその年は進級できなかったの。だからせっかくできたクラスの友達とも離れ離れになってしまって、それも大きかったかな。それからはますます引っ込み思案になってしまったの」
僕はその話に棒で殴られたようなショックを受けた。
進級できなかったのは病気のせいだったんだ。
彼女がグレてただなんていう噂を信じていた自分の愚かさが情けなかった。
『病気になったから君に出逢えたんだよ』
彼女のその言葉を思い出した。
そういうことだったんだ。
僕はその意味をやっと理解した。
その後もお母さんは彼女の中学時代の話を聞かせてくれた。
二回目の中学二年生の時は一コ下の学校の友達とはあまり馴染めなかったこと。
そしてしばらく学校に行けなくなってしまった時期があったこと。
「でも高校に入ってからは性格がすごく変わってね。いや、懸命に自分を変えたんだと思う。とっても明るく、積極的になって、友達もたくさん作るようになって」
「はい。本当に彼女は太陽のように明るくて、僕はとても羨ましかったです」
「男の子にもけっこう人気あったのよ」
お母さんはハッとしたように慌てて声を止めた。
「あ、ごめんなさい、私ったら。こんな話、聞くのは嫌よね?」
「いえ大丈夫です。彼女、確かに男子からも人気ありましたよ」
僕は思わず苦笑いをした。
「よかった。でもあの子、男の子を好きになるってことがよく分からなかったみたいなの。精神的に成長が遅かったのかしらね」
お母さんはそう言いながら目を細めて笑った。
「そんな時にあの子が私に訊いてきたことがあったの。
『人を好きになるってどういうこと?』ってね。
その時は私、なんて言ったかなあ・・・・・。
そう、確か『一緒にいて自然でいれる人。本当の自分を出せる人』
そんなふうに言ったのかな。
そしてある日ね、あの子が『隣のクラスにおもしろい男の子がいるんだ』
って話してくれたの。
そんなこと言うのはとってもめずらしいことだったから『どんな人?』って訊いたら『馬鹿にみたいに正直で嘘がつけない人』って言ってね」
馬鹿って? まさか、それって僕のこと?
「冴木君と家で初めて会った日、あなたがその人だってすぐに分かったわ。あの時は笑っちゃってごめんなさいね。あまりにも涼芽の言う通りの人だったから思わず・・・・・」
そうだ。確かにあの時はお母さんにかなり笑われたことを覚えている。
でも、にわかには信じられない話だった。
彼女が前から僕のことを想ってくれていた?
「いけない。あなたに大切なものを渡すのを忘れてたわ」
お母さんは思い出したように持っていたトートバックの中からひとつの包みを取り出した。
「涼芽から頼まれてたの。これをあなたに返して欲しいって」
僕は思わず息を呑んだ。
それは彼女に貸したハルノートだった。
「これを・・・僕に?」
「『私が死ぬ前に彼に渡してね』って言うから怒ってやったわよ。
冗談でも言わないでって」
僕はお母さんからハルノートを受け取った。
彼女は夕べこれを読んでくれたんだろうか。
「冴木君。今日は本当に来てくれてありがとう。でも、手術は午後までかかると思うから今日はもう帰ってくれる? 手術が終わったらすぐ連絡するから」
本当は帰りたくなかった。
でも家族でもない僕がずっとここで待たせてもらうことはできないことも分かっていた。
僕は素直にはいと返事をした。
病棟を出て空を見上げた。
薄らと雲がかかるものの、とても日差しが暖かかった。
ここの病院のまわりは公園になっていて、近所の人たちの散歩ルートになっているようだ。
ジョギングをしている人もいる。
僕は公園内の小道の脇にある木製のベンチにゆっくりと腰をかけた。
僕は彼女の手術をここで待つことにした。
連絡が来たらすぐに彼女に会いたかったし、何よりも彼女のそばにいたかった。
春を匂わせる少し強めの風がとても心地いい。
時間が止まっているような感じがした。
頭の上にポツリと何かが落ちた。
手に取ると薄いピンク色をした桜の花びらだった。
公園のあちらこちらに植えられた桜の花は少しずつ散り始めていた。
もう桜の季節も終わりのようだ。
そういえば今年は落ち着いて桜を見ることもなかった。
そっと瞼を閉じてみる。
彼女と出逢った時のことが瞼の裏に映し出される。
ほんの一か月前のことなのに、とても懐かしく感じた。
そういえば、僕はいつから彼女のことを好きになったのだろう。
リハーサルと称して初めて彼女とデートした日、僕は彼女の言葉にイラついて酷いことを言ってしまった。
あの時どうしてあんなにムキになって怒ったのか、今になってやっと理由が分かった気がする。
きっと僕はあの時、既に彼女に恋をしていたんだ。
だから僕の恋を応援してくれる彼女にイラついたんだろう。
僕はハルノートのページを一枚開いた。
これを屋上に忘れた時から全てが始まったんだ。
パラパラとページめくる。
僕の希望を込めて書き直したラストシーンを彼女は読んでくれただろうか。
彼女が書いてくれたスズメのサイン。
思わず笑いが漏れる。
やっぱりどう見てもペンギンだろ。
最後のページにさしかかったところで手が止まった。
――これは・・・・・。
最後のページ、そこにまだ見ていない新しいメッセージが綴られていた。
まぎれもなく彼女の字だった。
彼女が僕にメッシージを残してくれたんだ。
心臓がきゅっと締め付けられた。
ところどころ崩れている文字に胸が熱くなる。
痛みがあったのか、もしくは手に力が入らなかったのか。
とても懸命に書かれたことものであることがいやでもわかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ハルくんへ
君がこれを読んでいる時、
私は手術中なのかな
手術の日のこと、言わなくてごめんね
ハルくん、知らなかったみたいだから言えなかった
怒らないでね
言ったら、私も君も普通でいられなくなると思ったんだ
ごめんね
あ、小説読んだよ
ヒロインは死なないでハッピーエンドにしてくれたんだね
もしかして、私を元気づけてくれるためだったりして?
やっぱり物語はパッピーエンドがいいね
これを読んですごく元気になったよ
ありがとう
君には前からずっとお手紙を書こうと思ってたんだよ
だからこのハルノートを借りて
君にメッセージを残すことにしました。
これは私から君へのファンレターです。
一緒に授業を抜け出して海に行ったよね
あの日は、一日だけ外出許可をもらったんだ。
あの時、私は屋上に君が絶対いるって確信してたんだ。
でも、本当に君がいるのを見た時
やっぱ運命?
とか思って涙が出るくらい嬉しかった
ハルくんが私の手を引いて電車に乗ってくれた時
すごく嬉しかったよ
ルール破りが嫌いなハルくんだけど
私のために一緒に学校をサボってくれた
ありがとう
あの日のことは私の一生の想い出になりました
私は生まれつき心臓が悪くて
学校にも行けない日が多かったから
子供のころから人見知りがすごかったんだよ
お友達と話すこともとっても怖くて
人の顔はいつもまともに見られなくて
君は私のことを羨ましいって言ってたよね
人見知りをせず、誰とでも友達になれるとか
実は私はすごく内気で気が弱い女の子なんだ
中学の時までは入院も多かったし
お友達も全然できなかった
それで高校に入ってから自分を変えたんだよね
友達をたくさん作りたくて
でも友達に嫌われるのが怖くて
自分に嘘もつくことも多かった
一生懸命にずっと別の自分を作ってた気がする
人に合わせて無理して笑ったりもした
私も君と同じでとっても不器用だったから大変だったな
でもハルくんと一緒いる時は違ったんだ
心から笑えた
いつも自然の私でいられた
誰といる時よりも本当の私になれた
私達が出逢えたのはやっぱり“運命”なんだって思ってる
私、中学二年生を二回やったって言ったよね
実は病気で長く入院してたからなんだ
でも、そのおかげで君と同級生になれたんだよね
そして今年からはクラスメイトだなんて
これってやっぱり“運命”って思わない?
生まれつき心臓の病気を持ってたから
神様って残酷だな
とか思ったりしたことあるんだ
だから君に出逢えたのは
私を病気にしてしまったことへの
神様からのお詫びだと思ってるの
だから私は病気を持って生まれてきたこと
全然恨んでないよ
それでね、今日、神様に
もうひとつだけお願いしたんだ
もう少しだけでいいから
ハルくんと一緒にいさせて下さいって
聞いてくれるといいな
急にお願いしたからダメかもしれないけど
いつだったか
君らしい君ってどういうことか
訊いてきたことがあったよね
それ、教えてあげる
君はとっても内気で気が弱くて
とっても不器用な人見知り
でも、いつも一生懸命で
誰にでも優しい人
私はそんなハルくんが大好きだよ
そんな優しいハルくんのままでいてね
いつまでも
あと最後にもうひとつだけお願いがあります
もし私がいなくなっても
こんな私のことを
ハルくんのことを想っていた私のことを
憶えていてくれる?
君が憶えていてくれたら
ハルくんさえ憶えてくれていたら
それでいいんだ
私はそれで幸せだよ
じゃあね
涼 芽