「これから毎日来るって言ったでしょ。迷惑・・・かな?」
「ううん。そんなことないよ。じゃあ、この小説、明日までに読んどくね」

慌てたように笑いを繕う彼女になにか不安を感じた。

「いいよ。そんなに急がないで。じゃあ明日、学校が終わったら来るよ」
「うん。待ってる」

僕はゆっくりと病室のドアに手を掛けた。

「あのさ・・・・」
彼女が僕を呼び止めた。

「なに?」
彼女は何か思いつめたように黙ったまま俯いている。

「どうしたの?」
「あのさ、最後にもうひとつだけお願いがあるんだけど」

「何? 改まって。何でも言って」
「睨めっこ・・・してくれる?」


何を言うのかと思ったら睨めっこ? 

はっきり言ってそんな気分ではなかった。
でも彼女の顔を見ていたら聞かないわけにはいかなかった。

「嫌ならいいよ・・・・」
彼女は拗ねたように俯いた。

「嫌なんて言ってないよ。やろう」

彼女の掛け声で久しぶりの睨めっこが始まった。

なにか妙に懐かしい感じがした。

彼女が僕の目をじっと見つめる。
僕も彼女の目を強く見つめ返す。

彼女とは何度も睨めっこをしているが、今は不思議な感覚に包まれていた。
どうしてだろう。
目を逸らすことができない。

彼女の瞳はとても澄んでいて、そして眩く輝いていた。

彼女がとても愛おしい。

彼女の茶色い大きな瞳の中に僕の顔が歪んで映る。
その瞳に映った僕の顔がどんどん大きくなる。

 ――あ?

次の瞬間、僕たちの世界《なか》の時間《とき》が止まった。

病室を出ると廊下にお母さんが立っていた。
ここでずっと待っていてくれたようだ。

お母さんは何も言わずに優しく微笑んでいた。
ゆっくりと僕に深くお辞儀をした。

何か恥ずかしくなってお母さんの目をまともに見ることができなかった。

僕は黙ったまま軽くお辞儀をして病院を後にした。