――え? え?

何をすべきかの正解を必死に探す。

 ――どうしよう? どうすればいい?

僕は固まって動けなくなった。

部屋にノック音が響く。

 ――え!

女性の看護師さんが扉から顔を出した。
どうやら病室の消灯の巡回だ。

看護師さんは僕らに消灯時間のことを伝えると、そそくさと次の病室へ向かった。
僕は堰き止められていた空気を一気に吐き出して我に還る。
心臓はまだ大きく脈打っていた。

僕は大きくため息をつきながら自分の勇気の無さに呆れていた。

ああ、やっぱり彼女は――待っていたのかな?

部屋の時計の針が目に入る。
胸が締め付けられるように苦しくなった。

「もう帰る時間・・・・だね」

彼女は寂しそうな声で呟くように言った。

「うん・・・・・ごめんね。大丈夫?」
「うん、さっきハルくんから元気いっぱいもらったよ」

彼女はそう言いながらにっこりと笑った。
本当に元気をあげられたのだろうか。

結局、何もできなかった自分が情けなくなる。

「また行きたいな、海」

「手術が終わって元気になったらね。そうだ、夏になったら海辺の花火大会に行こうよ」
「あ、覚えててくれたんだ」

嬉しそうに笑う彼女の顔が愛おしい。

「ハルくんはさ、きっと小説家になれるよ」
「ハハ、無理だと思うけど。ただ、大人になってもずっと小説《はなし》は書いてはいきたいとは思うんだ」

それを聞いた彼女がにこりとほほ笑んだ。

その時、彼女に渡したかったものを渡していなかったことを思い出した。

カバンの中から一冊のノートを取り出す。
そう。ハルノートだ。

「あの、これ読んでくれる?」

ちょっと照れながらハルノートを彼女に手渡す。

「これ、ハルくんの書いた小説でしょ? 読ませてくれるの?」
「もう読んだことあるでしょ?」
「そうだったね」

彼女はクスっと笑った。

「葵さんにもう一度読んで欲しいんだ。ラストのストーリーを少し直したんだよ」
「へえ、どんなふうに変えたの?」
「それは読んでよ。でもそんなに急がなくてもいいよ。返すのはいつでもいいから」
「わかった。ありがとう」

彼女は嬉しそうにハルノートを手に取った。
この小説《ストーリー》は僕の希望になっていた。

「じゃあ、また明日くるね」
「明日?」

彼女はなぜか戸惑った顔をする。