お母さんはすぐに受付の人になにやら頼み始めた。
そして僕は特別に親族として病院に入ることを許された。


僕は今まで来れなかったことをお母さんに謝った。
思いの外にお母さんは暖かく迎えてくれて僕は戸惑った。

病室の前まで来ると、お母さんは足を止めた。

「じゃあ、私はここで待ってるから」
「あの・・・お母さんは?」
「あの子と二人きりじゃ困る?」

お母さんが困ったような顔をした。

普通は二人きりになって戸惑うのは親のほうだと思うのだけれど。

彼女に会うのは何日ぶりだろうか。
ちょっと緊張しながら扉に手を掛ける。

「あの、冴木君・・・・・」
お母さんが慌てて僕に声を掛けた。

「はい?」

「あの・・・・・あの子、ちょっと今まで泣いててね・・・・・」
「泣いてるって葵さんが? どうして?」

お母さんは何か思いつめたような顔をしていた。

「いえ、さっき喧嘩しちゃったの、あの子と。慰めてあげてくれる?」

そう言うと優しく僕に微笑んだ。

「喧嘩?・・・・・」
どうして喧嘩なんか?・・・・・。

でも理由《わけ》なんか訊ける雰囲気ではなかった。

お母さんの態度にちょっと戸惑いながら扉の前で大きく深呼吸をする。
静まりかえった病室内にガラガラというドアの開く音が響く。

まだ消灯時間になっていないと思うが、部屋のメイン照明は消えていて、オレンジ色の常夜灯だけが寂しく灯っていた。

暗がりで見難かったが、ベッドで毛布を被っている彼女が見えた。
個室なので彼女の他には誰もいないようだ。

ベッドがひとつしか置いていないその部屋はやたらに大きく、そして寂しく感じた。

「何? もう大丈夫だから心配しないで」

被った毛布の中から籠った彼女の声が響く。
どうやら僕のことをお母さんと勘違いしているようだ。

でも、何が大丈夫だと言ってるのだろうか?

「あの・・・こんばんは・・・」

僕は恐る恐る声を掛けた。

「え、ハルくん?」

びっくりしたように彼女はシーツをまくって顔を出した。

その姿は髪はグチャグチャでいつもの彼女とは想像がつかないものだった。それにしばらく見ないうちに痩せたようだ。

「どうして・・・」
「ごめん。今まで来れなくて」

「あ!」
彼女は自分の姿に気づき、慌ててシーツを被った。
何か悪いことをした気持ちになった。