「だな、この眺めは人類の成果だって自慢してやるよ」
いったい誰に自慢するんだ、と大地は心の中でツッコミを入れたが。
「そして二つ目。それはキミたちに〝科学の光と闇〟を知ってほしかったという想い。特に闇に関しては、私がその象徴とも言えるね。科学は人々に幸福や利便性の向上を与える反面、犠牲を要すなど闇が付き添うこともある」
あおいは研究部の誰よりも真剣な眼差しでセリアに、
「私、甘かった。科学が絶対だって、科学が助けてくれるんだって……決めつけてた。だけど科学が何かを傷つけることだってある。今回の研究でそれを知れたかな」
「そうだよ、甘かったんだよオレたち」
大地はぐっと拳を握ると、
「それでセリア。滝上先生にも伝えるつもりなんだけど、科学に対するオレたちなりの結論を出してみたんだ」
「ほお、ぜひ聞こうか」
セリアが大地を伺いながらほくそ笑むと、まずはレミが口を開き、
「虚数空間の世界を創るうえでアンタが犠牲になったように、科学の発展のために誰かが犠牲になる。正直、そんな現実に私たちだけで立ち向かうことは不可能だわ」
けど――、あおいはそんな前置きから、
「ヒナちゃんと蒼穹祢さんのように科学の恩恵を受ける人たちだっているのは事実。やっぱり科学は誰かを幸せにするためにあるものだって思うから」
「だから科学の発展に何かしらの形で貢献したいし、〝闇〟に苦しむ誰かを“光”で助けられるとしたら、そのためにオレたちは尽力したい。これが結論だ」
あおい、レミ、そして大地の思いを聞いたセリアは、くっくっと噛み潰したように笑った。
「その結論、甘くていかにも高校生らしいね。けど、好きだよ。結論を出すまでが研究だからね。矛盾はあるけど、いい答えだ。それを聞けば梢恵も喜ぶはずさ。彼女も研究を課した甲斐があるだろう」
セリアは優しくほころぶ。三日前は敵だったという事実が霞んでしまうような、童顔が生む柔い笑み。
「科学に闇はあっても、恩恵だってあるから。それはいつまでも大切にしないとね」
「ああ」
――考えが甘いことは、大地たちだってわかっている。わかっているけれども、その理想を実現させるためには、まずは理想を生まなければならないのだから。
「それで、三つ目の目的はなんだ?」
「三つ目は……おっと、ちょうど来てくれたようだ」
ガチャリと鳴ったのは、背後の扉が開く音だった。セリアを皮切りに研究部の三人が振り向くと、そこには――――、
「……って、先輩!?」
スマートな、なおかつ豊かなバストを誇る身体のラインを際立たせたシルエット。大地たちと同じ桜鈴館高校に通う神代蒼穹祢の姿がそこにはあった。
「神代一族の親戚である梢恵は無論、姉妹の件も知っていた。だから同年代であるキミたちの力で蒼穹祢の苦しみを取り除いてやってほしいという願いがあったのさ。それが最後の目的」
セリアに招かれて腰を下ろした蒼穹祢は、やれやれと気の抜けたように苦笑して、
「どうして今さら宇宙飛行プロジェクトを研究して、とは疑問に思っていたけど。なるほど、そういうことだったのね。まったく、梢恵ったら」
「真意は私にもわからないが、ひょっとしたらそれが一番の目的だったのかもしれないね」
「でもよぉセリア。二人を引き裂こうとしたお前が、今になって何もかもわかってます的に言うのはどうなんだ?」
これにはレミとあおいも同調し、セリアに不服を唱える。
「それは悪かった。それに本音を言うと、蒼穹祢も緋那子も恨みやしないよ。たしかに私を苦しめた張本人は憎いが、分家ともなると他人であることに変わりないしね」
「なら、どうして私たちと相手したのよ?」
「やはり上層部の命令には簡単に逆らえない身分でね、私は。形だけでも対立する必要があった」
そうしてセリアは蒼穹祢の顔を、そして彼女の後方を真紅の目で見やり、
「それともう一つ。緋那子の、仮想体として生きてゆくための決意を見たかったから。似た存在である私からの、試練とも言うべきものか。仮想体として生き続ければ、どうしても普通の人間とは差異が生じてしまう。そういう現実も見せたかった」
「…………。いくら試練だからって、本気で私の妹を殺しにかかるのはどうなのよ?」
「ま、あれはすべて演技だったりして。実は殺す気なんてこれっぽっちもなかったけどね」
「んんっ? 殺す気がなかったぁ!? ……はぁ、余計な気疲れをした気分だ……」
「本気は人の本音を見せてくれるからね。キミたちを本気にさせたかったためのウソさ。……ごめんなさい、冗談では済まされないウソをついてしまって」
けど、蒼穹祢は反論をしなかった。
「済んだ話だからもういいわ。そういう現実を知るあなたがそうしたのなら、それが正しい行いなのよ」
「ありがとう。けど、――キミたちは勝った。それは人と仮想体がわかり合えたからだろうし、緋那子がその身を受け入れたからだろうし。だから保障するよ、緋那子に心配はいらない」
「セリアにそう言ってもらえるのなら、安心するわ」
ここで、大地は一つの疑問が浮かんだ。
「だけど上の連中がヒナを狙ったのは、セリアに危険が及ぶ可能性を考えてだろ? その辺は納得してくれたのか?」
「それは大丈夫。なんたって、緋那子は私の弟子になったからね」
「で、弟子!?」
「仮想体としてのイロハを教えてほしいと私に頼んできたんだ。喜んで承諾したよ。仲間がまた一人増えて嬉しいのかもね、ふふ」
「そういえば言ってたわね、セリアの他にも情報生命体がいるって」
「情報生命体《わたし》が誕生して以降、病や事故などで、どうしても肉体を捨てなければならない若者が私のような概念へと転生した事例がいくつかある。彼ら、彼女らもまた、私の下で生きているのさ。だから緋那子だけが特別じゃないということだ」
レミは納得の顔でうなずき、
「友好関係にあれば互いを危険に陥れる可能性は低い。私が言ったとおりの理論ね?」
「上層部は納得してくれたよ。私の実績を鑑みての判断でもあるけどね」
「そうか、なら安心だ。仲間もいるみたいだし」
セリアから示された情報生命体と人間とのギャップ。時に緋那子も悩むことがあるのかもしれない。だけど彼女には仮想体としての先輩が傍に付いているし、わかり合えた姉の蒼穹祢だっている。だから自分が心配するようなものじゃないだろうと、大地は思った。
「それと《NARSS》が凍結されたことも報告しておくよ」
「マジか!?」
「《NARSS》をよく知る緋那子が私たち側に回ったからね。《NARSS》の肝となる私たちが反対すれば、計画は凍結せざるを得ないんだ。人質だってもういないし。私だって関わりたくない計画だから改めて反対したよ」
「そうなのね、ヒナも喜ぶわ」
「後味の悪そうな計画だものね。凍結とは言わずに廃止が理想だけど」
「でも、私たちも頑張った甲斐があったんじゃないかな」
「少しでも反対してくれる人がいれば、その手の計画も実行されることは減るだろうね。一人一人の力は微力だろうけど、それでも思いを持つことが結果に繋がると思うよ」
《NARSS》凍結の知らせに皆が喜んでいると、
「あの……逢坂くん。それに深津さん、中原さん」
声は背後から。大地たちが振り返ると、蒼穹祢がセリアの隣から後部へと回っていたのだ。
彼女は唇に右手を添え、照れからか頬を染めて、狭めた目をわずかに逸らすと、
「そ、その……、伝えたいことがあって……」
伝えたいこと? 三人に関心を向けられる中、蒼穹祢はきゅっと目をつむって、
「先日は……あ、ありがとうございました。そ、それと……、こんな私でよければ……と、友達になって……ください!!」
「…………ッ!?」
深々と頭を下げた彼女を前に、呆気に取られた研究部のメンバー。
「まさか冷たいお嬢様のこーんな姿を見られるとは。ま、アンタほどの頭脳明晰な人間が傍にいるとこちらも助かるわね」
クスクスといたずらっぽく笑うレミとは対照的に、あおいは天使のようにほほ笑んで、
「レミちゃん冷たく言うけど、レミちゃんなりの照れ隠しだよ。うん、よろしくね」
顔を赤くしたレミが掴んだあおいの肩を揺らせば、束ねたツインテールがブンブン揺れる。
「ふふ、こんなクソ生意な後輩でよければ喜んで友達になってあげますよ」
「あー、生意気って自覚はあったんだ」
うっせえ! と大地はレミを小突くと、蒼穹祢に顔を戻し、
「訊きたいことがあったら先輩に頼っていいッスか?」
彼が右手を差し伸べたら、蒼穹祢はその手を取り、
「ええ。アドバイスできることがあればいつでも歓迎するわ」
手と手で結ばれるアーチ。背景には青白く世界の果てまで流れている天の川に、弧に線を描く流れ星。煌めきの一つひとつが主役になろうと懸命に光り瞬く、満点の星々。
「あ、先輩に渡さないといけないものがあったんスよ。なあ、レミ?」
「そうね、アンタに渡すものがあるわ」
そう言ってレミが蒼穹祢に差し出したのは、研究部の三人が“未来人の落とし物”と呼んでいたUSBメモリだ。
「これは……?」
「おそらくヒナの私物だと思うわ。訳あって滝上先生が持ってて、それを私たちに託してくれたんだけど」
「そうだね、元は緋那子のものだ。本当は宇宙飛行の前日に蒼穹祢に渡したかったみたいだけど、タイミングがなかったみたいで、姉に渡してほしいと梢恵が代わりに受け取ったんだ」
セリアは補足を加える。
「『お姉ちゃん、待ってるから』ってメモリにあったメッセージは、ヒナちゃんの蒼穹祢さんに向けたメッセージなんだね」
「そんなメッセージが……。ありがとう、受け取るわ。梢恵にもお礼を言っておかないと」
受け取ったUSBメモリを、お守りのように大切そうに胸に寄せた蒼穹祢。
「おお、空がきれいだな」
「わあ、きれいだね」
「見ごたえ充分だわ」
研究部の三人は天球を見上げ、感嘆をそれぞれの口から漏らす。蒼穹祢もまた彼、彼女らに倣うように、広大な天空を眺める。
「あんなの、壁に光を投影しているだけださ。……おっと、空気の読めない発言だね、これは」
セリアは自嘲気味に笑い、銀髪を小刻みに揺らしたが、蒼穹祢は優しく空を見守り、
「だけど、ヒナの夢はまさにそれなのよ。真っ暗な宇宙を自分色に染めたいって夢。ヒナはその願いを叶えられなかったけど――……」
彼女はセリア、そして大地らに意識を戻すと、大きな瞳に凛々と力を込め、
「私がいつか叶えたい。宇宙飛行へのチケットは限られているけど、時間をかけてでも手に入れて、ヒナの夢を――……、私たちの夢を成し遂げてみせる」
「面白そうな夢ね。手伝えることがあれば気軽に言ってちょーだい」
「うん、私も応援する」
「ああ、オレもなっ」
大地は天から水平線の先に目線を移すと、白色銀河の集団が映し出されていた。頬を掠める冷ややかな風が気を落ち着けてくれ、他に代えがたい感動を世界の眺めがもたらしてくれる。
「キミたちをここに呼んだのは、この空を見せたかったのもある。少しでも“宇宙”を体験してほしくてね。あんなの、と言った手前だけど、まるで本物の星空を見ている気分だろう?」
「ありがとよ、セリア」
たかだか高校生の自分にとっては、あの未知なる暗黒は果てしなく遠い世界なのだと、現実感を掴みきれない大地。だけど同じ高校生であっても、あの世界へ近づこうとした者たちがかつていた。残念ながらそれは失敗に終わり、多大なる犠牲を生んでしまったが、それでもあの世界に夢見る者は後を絶たないだろう。
それは無論――――……。
ふいに、大地は後背の青い髪の少女を見た。すると、なぜか彼女は嬉しそうに笑って、
「私、幸せ!」
「……?」
大地の疑問に答えるように、彼女はこっそり天空に指を向けた。大地はつられて空を見上げる。だが、あるのは虚数空間の世界の星空。
「あっ」
おもむろに胸ポケットからケースを取り出し、手に取った白いメガネを掛け、電源を入れた。
いったい誰に自慢するんだ、と大地は心の中でツッコミを入れたが。
「そして二つ目。それはキミたちに〝科学の光と闇〟を知ってほしかったという想い。特に闇に関しては、私がその象徴とも言えるね。科学は人々に幸福や利便性の向上を与える反面、犠牲を要すなど闇が付き添うこともある」
あおいは研究部の誰よりも真剣な眼差しでセリアに、
「私、甘かった。科学が絶対だって、科学が助けてくれるんだって……決めつけてた。だけど科学が何かを傷つけることだってある。今回の研究でそれを知れたかな」
「そうだよ、甘かったんだよオレたち」
大地はぐっと拳を握ると、
「それでセリア。滝上先生にも伝えるつもりなんだけど、科学に対するオレたちなりの結論を出してみたんだ」
「ほお、ぜひ聞こうか」
セリアが大地を伺いながらほくそ笑むと、まずはレミが口を開き、
「虚数空間の世界を創るうえでアンタが犠牲になったように、科学の発展のために誰かが犠牲になる。正直、そんな現実に私たちだけで立ち向かうことは不可能だわ」
けど――、あおいはそんな前置きから、
「ヒナちゃんと蒼穹祢さんのように科学の恩恵を受ける人たちだっているのは事実。やっぱり科学は誰かを幸せにするためにあるものだって思うから」
「だから科学の発展に何かしらの形で貢献したいし、〝闇〟に苦しむ誰かを“光”で助けられるとしたら、そのためにオレたちは尽力したい。これが結論だ」
あおい、レミ、そして大地の思いを聞いたセリアは、くっくっと噛み潰したように笑った。
「その結論、甘くていかにも高校生らしいね。けど、好きだよ。結論を出すまでが研究だからね。矛盾はあるけど、いい答えだ。それを聞けば梢恵も喜ぶはずさ。彼女も研究を課した甲斐があるだろう」
セリアは優しくほころぶ。三日前は敵だったという事実が霞んでしまうような、童顔が生む柔い笑み。
「科学に闇はあっても、恩恵だってあるから。それはいつまでも大切にしないとね」
「ああ」
――考えが甘いことは、大地たちだってわかっている。わかっているけれども、その理想を実現させるためには、まずは理想を生まなければならないのだから。
「それで、三つ目の目的はなんだ?」
「三つ目は……おっと、ちょうど来てくれたようだ」
ガチャリと鳴ったのは、背後の扉が開く音だった。セリアを皮切りに研究部の三人が振り向くと、そこには――――、
「……って、先輩!?」
スマートな、なおかつ豊かなバストを誇る身体のラインを際立たせたシルエット。大地たちと同じ桜鈴館高校に通う神代蒼穹祢の姿がそこにはあった。
「神代一族の親戚である梢恵は無論、姉妹の件も知っていた。だから同年代であるキミたちの力で蒼穹祢の苦しみを取り除いてやってほしいという願いがあったのさ。それが最後の目的」
セリアに招かれて腰を下ろした蒼穹祢は、やれやれと気の抜けたように苦笑して、
「どうして今さら宇宙飛行プロジェクトを研究して、とは疑問に思っていたけど。なるほど、そういうことだったのね。まったく、梢恵ったら」
「真意は私にもわからないが、ひょっとしたらそれが一番の目的だったのかもしれないね」
「でもよぉセリア。二人を引き裂こうとしたお前が、今になって何もかもわかってます的に言うのはどうなんだ?」
これにはレミとあおいも同調し、セリアに不服を唱える。
「それは悪かった。それに本音を言うと、蒼穹祢も緋那子も恨みやしないよ。たしかに私を苦しめた張本人は憎いが、分家ともなると他人であることに変わりないしね」
「なら、どうして私たちと相手したのよ?」
「やはり上層部の命令には簡単に逆らえない身分でね、私は。形だけでも対立する必要があった」
そうしてセリアは蒼穹祢の顔を、そして彼女の後方を真紅の目で見やり、
「それともう一つ。緋那子の、仮想体として生きてゆくための決意を見たかったから。似た存在である私からの、試練とも言うべきものか。仮想体として生き続ければ、どうしても普通の人間とは差異が生じてしまう。そういう現実も見せたかった」
「…………。いくら試練だからって、本気で私の妹を殺しにかかるのはどうなのよ?」
「ま、あれはすべて演技だったりして。実は殺す気なんてこれっぽっちもなかったけどね」
「んんっ? 殺す気がなかったぁ!? ……はぁ、余計な気疲れをした気分だ……」
「本気は人の本音を見せてくれるからね。キミたちを本気にさせたかったためのウソさ。……ごめんなさい、冗談では済まされないウソをついてしまって」
けど、蒼穹祢は反論をしなかった。
「済んだ話だからもういいわ。そういう現実を知るあなたがそうしたのなら、それが正しい行いなのよ」
「ありがとう。けど、――キミたちは勝った。それは人と仮想体がわかり合えたからだろうし、緋那子がその身を受け入れたからだろうし。だから保障するよ、緋那子に心配はいらない」
「セリアにそう言ってもらえるのなら、安心するわ」
ここで、大地は一つの疑問が浮かんだ。
「だけど上の連中がヒナを狙ったのは、セリアに危険が及ぶ可能性を考えてだろ? その辺は納得してくれたのか?」
「それは大丈夫。なんたって、緋那子は私の弟子になったからね」
「で、弟子!?」
「仮想体としてのイロハを教えてほしいと私に頼んできたんだ。喜んで承諾したよ。仲間がまた一人増えて嬉しいのかもね、ふふ」
「そういえば言ってたわね、セリアの他にも情報生命体がいるって」
「情報生命体《わたし》が誕生して以降、病や事故などで、どうしても肉体を捨てなければならない若者が私のような概念へと転生した事例がいくつかある。彼ら、彼女らもまた、私の下で生きているのさ。だから緋那子だけが特別じゃないということだ」
レミは納得の顔でうなずき、
「友好関係にあれば互いを危険に陥れる可能性は低い。私が言ったとおりの理論ね?」
「上層部は納得してくれたよ。私の実績を鑑みての判断でもあるけどね」
「そうか、なら安心だ。仲間もいるみたいだし」
セリアから示された情報生命体と人間とのギャップ。時に緋那子も悩むことがあるのかもしれない。だけど彼女には仮想体としての先輩が傍に付いているし、わかり合えた姉の蒼穹祢だっている。だから自分が心配するようなものじゃないだろうと、大地は思った。
「それと《NARSS》が凍結されたことも報告しておくよ」
「マジか!?」
「《NARSS》をよく知る緋那子が私たち側に回ったからね。《NARSS》の肝となる私たちが反対すれば、計画は凍結せざるを得ないんだ。人質だってもういないし。私だって関わりたくない計画だから改めて反対したよ」
「そうなのね、ヒナも喜ぶわ」
「後味の悪そうな計画だものね。凍結とは言わずに廃止が理想だけど」
「でも、私たちも頑張った甲斐があったんじゃないかな」
「少しでも反対してくれる人がいれば、その手の計画も実行されることは減るだろうね。一人一人の力は微力だろうけど、それでも思いを持つことが結果に繋がると思うよ」
《NARSS》凍結の知らせに皆が喜んでいると、
「あの……逢坂くん。それに深津さん、中原さん」
声は背後から。大地たちが振り返ると、蒼穹祢がセリアの隣から後部へと回っていたのだ。
彼女は唇に右手を添え、照れからか頬を染めて、狭めた目をわずかに逸らすと、
「そ、その……、伝えたいことがあって……」
伝えたいこと? 三人に関心を向けられる中、蒼穹祢はきゅっと目をつむって、
「先日は……あ、ありがとうございました。そ、それと……、こんな私でよければ……と、友達になって……ください!!」
「…………ッ!?」
深々と頭を下げた彼女を前に、呆気に取られた研究部のメンバー。
「まさか冷たいお嬢様のこーんな姿を見られるとは。ま、アンタほどの頭脳明晰な人間が傍にいるとこちらも助かるわね」
クスクスといたずらっぽく笑うレミとは対照的に、あおいは天使のようにほほ笑んで、
「レミちゃん冷たく言うけど、レミちゃんなりの照れ隠しだよ。うん、よろしくね」
顔を赤くしたレミが掴んだあおいの肩を揺らせば、束ねたツインテールがブンブン揺れる。
「ふふ、こんなクソ生意な後輩でよければ喜んで友達になってあげますよ」
「あー、生意気って自覚はあったんだ」
うっせえ! と大地はレミを小突くと、蒼穹祢に顔を戻し、
「訊きたいことがあったら先輩に頼っていいッスか?」
彼が右手を差し伸べたら、蒼穹祢はその手を取り、
「ええ。アドバイスできることがあればいつでも歓迎するわ」
手と手で結ばれるアーチ。背景には青白く世界の果てまで流れている天の川に、弧に線を描く流れ星。煌めきの一つひとつが主役になろうと懸命に光り瞬く、満点の星々。
「あ、先輩に渡さないといけないものがあったんスよ。なあ、レミ?」
「そうね、アンタに渡すものがあるわ」
そう言ってレミが蒼穹祢に差し出したのは、研究部の三人が“未来人の落とし物”と呼んでいたUSBメモリだ。
「これは……?」
「おそらくヒナの私物だと思うわ。訳あって滝上先生が持ってて、それを私たちに託してくれたんだけど」
「そうだね、元は緋那子のものだ。本当は宇宙飛行の前日に蒼穹祢に渡したかったみたいだけど、タイミングがなかったみたいで、姉に渡してほしいと梢恵が代わりに受け取ったんだ」
セリアは補足を加える。
「『お姉ちゃん、待ってるから』ってメモリにあったメッセージは、ヒナちゃんの蒼穹祢さんに向けたメッセージなんだね」
「そんなメッセージが……。ありがとう、受け取るわ。梢恵にもお礼を言っておかないと」
受け取ったUSBメモリを、お守りのように大切そうに胸に寄せた蒼穹祢。
「おお、空がきれいだな」
「わあ、きれいだね」
「見ごたえ充分だわ」
研究部の三人は天球を見上げ、感嘆をそれぞれの口から漏らす。蒼穹祢もまた彼、彼女らに倣うように、広大な天空を眺める。
「あんなの、壁に光を投影しているだけださ。……おっと、空気の読めない発言だね、これは」
セリアは自嘲気味に笑い、銀髪を小刻みに揺らしたが、蒼穹祢は優しく空を見守り、
「だけど、ヒナの夢はまさにそれなのよ。真っ暗な宇宙を自分色に染めたいって夢。ヒナはその願いを叶えられなかったけど――……」
彼女はセリア、そして大地らに意識を戻すと、大きな瞳に凛々と力を込め、
「私がいつか叶えたい。宇宙飛行へのチケットは限られているけど、時間をかけてでも手に入れて、ヒナの夢を――……、私たちの夢を成し遂げてみせる」
「面白そうな夢ね。手伝えることがあれば気軽に言ってちょーだい」
「うん、私も応援する」
「ああ、オレもなっ」
大地は天から水平線の先に目線を移すと、白色銀河の集団が映し出されていた。頬を掠める冷ややかな風が気を落ち着けてくれ、他に代えがたい感動を世界の眺めがもたらしてくれる。
「キミたちをここに呼んだのは、この空を見せたかったのもある。少しでも“宇宙”を体験してほしくてね。あんなの、と言った手前だけど、まるで本物の星空を見ている気分だろう?」
「ありがとよ、セリア」
たかだか高校生の自分にとっては、あの未知なる暗黒は果てしなく遠い世界なのだと、現実感を掴みきれない大地。だけど同じ高校生であっても、あの世界へ近づこうとした者たちがかつていた。残念ながらそれは失敗に終わり、多大なる犠牲を生んでしまったが、それでもあの世界に夢見る者は後を絶たないだろう。
それは無論――――……。
ふいに、大地は後背の青い髪の少女を見た。すると、なぜか彼女は嬉しそうに笑って、
「私、幸せ!」
「……?」
大地の疑問に答えるように、彼女はこっそり天空に指を向けた。大地はつられて空を見上げる。だが、あるのは虚数空間の世界の星空。
「あっ」
おもむろに胸ポケットからケースを取り出し、手に取った白いメガネを掛け、電源を入れた。