弓と漆黒の弓矢〈ブラックキューピット(Bluck_Cupid)〉を手に出現させる。左手で弓束を握り、右手でつまんだ弦を引いて、矢を緋那子へと放った。
「ヒナ!! くっ……」
 大地は緋那子の前へ飛び出そうとする。が、弓矢は彼らに届きはしなかった。
 感心げにクスッと頬を緩ませたセリアは、
「ほぉ、キミが犠牲になるというのか。わざわざご苦労なことだ」
 セリアと緋那子の間に両手を広げて立ちはだかったのはレミ。矢で胸が射抜かれていた。
「あは、ヒナが教えてくれた気がするわ、宇宙飛行士が命と引き換えてでも成し遂げたかった思いの理由をね。科学で叶える夢を見たいから、でしょ。だったら私も飛行士に倣って、あの姉妹が叶えたい夢を手伝ってみてもいいかもしれないわ」
 そして足元から力が抜けてゆく中、レミは宙をタッチしながら背後の後輩をフラっと見やり、
「アンタ、研究部の一員でしょ? だったら女の子くらいチャチャッと守ってみせなさいよ。アシストは先輩がしておいたから。いざって時は“それ”、使ってね」
 小悪魔のようにほくそ笑むと、おもむろにその場へと倒れたのであった。

       4

 大通りの交差点。路面の中央で佇むのは、黒いドレスを身にあしらった堕天使のセリア。一方で彼女から距離を置き、敵対するのは大地、蒼穹祢、ならびに狙われの身である緋那子。
(レミ、あおい……。二人の頑張りは無駄にしないからな、あとは任せろ)
 大地は左右の神代姉妹へ交互に目を配らせ、
「どうやら光属性が弱点らしいっす」
「ちょうど近距離、中距離、遠距離用の武器が揃っているわ。あの二人が証明してくれたのは、バラければセリアの攻撃も分散されるということ」
「なら私たちも固まらずに距離を置いて仕掛けるべき?」
「ええ。私が光属性の魔術を、ヒナはさらに離れた所から銃弾を撃ち続ける。塵も積もればいずれ山となるわ。――そして逢坂くん」
「は、はい!」
「キミが近接戦闘で粘ってくれれば自ずと勝機は見えてくるはず。一番難しい役目になるけど、……大丈夫かしら?」
「やってやりますよ! オレを誰だと思ってるんですか!」
 口では威勢こそよいものの、しかし彼は冷静に頭を働かせながらセリアを捉え、
(だからって、なんの策もなく突っ込めば即ゲームオーバー、……それは確実。セリアの弱点をもっと……)
 紅蓮の色がギラリと灯る、セリアの瞳。
 彼女は強い、それは事実。だけれど、気持ちで負けていてはいつまでも勝てるはずはない。大地は自分にそう言い聞かせ、身を低く沈めると、前方へ勢いよく駆けてゆき、
「セリア、テメェを片付けてやるよ!」
 目を細めれば次第に狭まる漆黒の中心点――、セリアは動じず唇を歪め、
「オモシロイね、キミ。だからこそ、――――潰し甲斐があるというものだ」
 彼女は大地へ右腕を伸ばす。その瞬間、
「くっ……」
 ――――視界のシャットアウト、〈ブラックアウト〉。
 目をつむったのでは、はたまた失明したのではないかと錯覚してしまうほどに、黒という黒が一面を濃く染める。
「どこだ、セリア!?」
 背後から光の槍と紅蓮の銃弾が、大地の脇を線状にとめどなく抜けていく。両攻撃が纏う光を頼りに、大地はセリアを探るため目を凝らす。すると目下で、そよ風に凪ぐようにほぐれた“糸”が数本ほど垣間見え――――、
(まさか、この糸――……)
 頬を掠るか細い糸。擽ったさを感じていたら、白銀が束となって目を横切っていた。
(ヤバ――ッ!?)
 背筋が凍る。最悪の結末が頭によぎり、顔は動かさず視線のみを下へ向けると、
「ジ・エンドだ」
 黒闇の中、簡潔な言葉とともにギロリと輝く真紅の両眼。
 セリアは身体の重心を落とし、右手の掌に構築した錐状の凶器〈ブラックギムレット(Bkuck_Gimlet)〉を、大地の顔面へと振り上げてきた。
「――――ッ!?」
 ただでさえ視界が悪い中、恐怖で鈍る反応。それでも大地は腰を捻り、自らの顔を食らおうとする凶器へ剣をスイングする。しかし刃は空振りし、セリアの手の凶器が彼の腕に直撃した。
「……くぅぅぅううう!!」
 身体を蝕む電流に大地は顔を歪める。が、その時、黒霧が薄っすらと晴れ始め、
「どこだ、どこに消えた!」
 視界は開けど、セリアの姿は前にない。タップを踏むような足取りで微動しながら、整髪料でセットした髪が崩れるほどに忙しく首を動かし、まさか!? と咄嗟に振り返れば、
「おっと、背中には要注意だね」
 セリアの掌の〈ブラックギムレット〉が、身を捻った大地の胸元を今にも抉ろうとしていた。キュウゥッと恐怖で喉が絞られつつも、なんとか退こうと大地は地を蹴ったが、
「ぐあああッ!!」
 無理な体勢では足先に力を伝えることができず、彼の胸元を鋭利な錐が突き刺した。より強力な電流に大地は身じろぐが、すぐに剣を握り直す。
 しかしセリアは背の両翼をとうに広げていて、
(残りHPは三分の一、アレをモロに食らうと即死だ!!)
 チッ!! と舌打ちをした大地は窮屈な姿勢からまたも身を捻り、よろけながらも敵に背いて地面を蹴った。空気に線を刻むような追い風の音が耳をつんざく。
「ハハッ、敵に背を向けて尻尾を巻くとは。情けない、よくそんなマネができる」
 風に乗せた侮蔑を聞けど、大地はセリアから逃げるように、振り切るように、
「チクショウッ……クソッ!!」
 悔しさが膨らもうが顎を上げ、摩天楼の下を無我夢中で駆け抜ける。
(〈ブラックエンジェル〉の範囲は3メートル弱! 翼を広げた瞬間に走れば避けられる距離だ! 暗闇の中で羽ばたかれたら逃げられねえけど、さっきは闇が晴れてからだったから助かった。でも、どうして闇の中でじゃなかった? とにかくアタマ冷やして攻略法を……ッ!)
 必死に足を動かし、そうして大地は乱暴に立ち止まった。空を舞う羽根も、流石にここまで離れれば当たりはしないだろうと勘ぐって。が、その予想に反し、
「……なっ!?」
 闇が再び視界をシャットアウトしたのだ。この場でこの技は全く想定していなかった。
(くッ! 視界を奪われるのが一番キツイ! セリアは……セリアは何をしてくる……ッ?)
 未だ暗黒に対応しきれない中、怯えを振り払うように大地は剣を振った。蒼穹祢と緋那子が放つ属性攻撃が闇を突き抜けて周りを照らすが、それでもセリアは捉えられない。
「ぐぅぅ!!」
 その時、大地の身体を微弱な電流が蝕んだ。それも、
(一度じゃない……連続的に、何度も? HPも小刻みに……。まさか、セリアが近くに!?)
 たちまち剣を振り回したが、手ごたえはゼロ。闇に目が慣れ始めたところで己の身体を、目を凝らして確認すると、
「これは……」
 紺のブレザーにビッシリと、黒い羽根が突き刺さっていたのだ。
「あの羽根、飛ばせるのかよ!」
 ただ、落下した羽根を直接受けるよりかは幾分、ダメージが少なくて済むのが救いか。
 黒霧が晴れ始める。視線の先に現れたのはセリア。
(…………、くっ! ここはいったん……ッ)
 大地は通信用のアイコンを乱暴にタッチし、
「先輩、ヒナ! このままじゃ分が悪い! オレに付いてきてくれ!」
 返答を聞く間もなく通信を切り、そして数十メートル離れた、見上げるのも険しい高さのビルへ狙いを定め、最後の〈ガード〉を使用してから躊躇なくそこへと駆け出した。
「ほぉ、また尻尾を巻いて逃げるか。それとも、何か策でも?」
 声とともに鎌状の〈ブラックエッジ〉がしなる鞭のように大地の背部を襲撃した。微電流は流れるも、それでも大地は歯を食いしばり、尾を引くことなく懸命に走ってゆく。
『逢坂くん、遠慮なく行って! 私とヒナは援護を続けるから!!』
 大地は猛追してくるセリアを目に入れながら、高層ビルの入口を潜り抜け、
(先輩、ヒナ、援護を頼む! 時間を稼ぐ間に策を考えるんだ!)
 真横を射す紅と黄の閃光。大地は灯りのない寒々しい内部を照らす唯一の光を頼りに辺りを見回し、壁に浮く仮想ボタンを叩き押した。
「どうした、追いかけっこは諦めたのかい?」
 闇にも劣らぬ涅色の翼を広げたセリアが、壁に張り付く大地の前に立ちはだかる。
 けれど、大地は強がるようにニィと横に唇を引いて、
「は、誰が諦めたって? ――――先輩、ヒナ! そこのエレベーターに飛び込め!!」
 そう叫べば、セリアの脇を抜けた神代姉妹がエレベーターの中に突入した。
「セリア、テメェはこっちだ!」
 セリアを煽るように大地は睨み、エレベーターには向かわず廊下の先へ駆け出す。
「まったく、ちょこまかと……」
 セリアのため息に嫌な圧力を感じるも、大地は〈ホワイトアウト〉を発動させた。ものの数秒で廊下はたちまち白一色になる。
(セリアは闇の中なら目の自由が利くみたいだが、煙幕なら勝手が違うだろッ?)
 大地は道中で密かに拾っていた石を奥に投げると、コツンと響き、息を殺して元の方向に引き返す。そして姉妹が控えるエレベーターに飛び込み、屋上への仮想ボタンを押した。エレベーターは快速で最上階へ昇ってゆく。
「セリアのHPは着実に減っているはずだわ。怖い気持ちはあるけど、焦りは禁物よ。焦って変に動けば確実にそこを狙われるから」
「逆にセリアが焦り出してくれる展開に持ち込めば、勝機はありそうなんですけどね」
「セリア、ずっと余裕な雰囲気だよね。精神的な部分で隙が全然見えないよ……。大地くん、勝てる見込みはありそう?」
「まだ断言できねぇ! でもな二人とも、絶対に諦めるなよ! オレだって諦めねぇから!」
 やがてエレベーターは停止し、扉が開くと同時に大地は足を踏み出したが、
「お待ちしておりました。さあて、バトルの再開だ」
 漆黒の残像を纏った手を振りあげ、真正面で待ち構えていたのは敵手――、セリア。
「鬱陶しい女だ! クソがッ!!」
 それでも大地はお構いなしに彼女の脇を駆け抜ける。矢継ぎ早に放たれるセリアの矢を、姉妹の射撃を背に、地へ手を付きつつ、辛うじてドアを蹴破った大地。開けた広範な屋上を進み、背後を見返れば、セリアは弓矢を構えて彼一点に的を絞り、
「ふう、逃げるのも大概にしてほしいところだ」
 弦を離し、弓矢〈ブラックキューピット〉を放った。燦然と輝く巨大な満月を背景に、命を刈り取る鋭利な刃先が月明りを反射させ、高速で飛来する。
「アアアッ!」
 足元がおぼつかない大地は、身体を崩して辛うじて矢を回避したが、
「はぁ……、はぁ…………くっ……!」
「息、切れてるよ。まったく、キミも仮想体で参戦すればよかったのに。やれやれ」
 愛らしい音色で嘲る声に、大地は息苦しさで顔を上げることさえできない。
 額に涌く汗玉を袖で拭い、乱れた呼吸を整えた大地は目線を上げ、
(体力もそろそろ底をつく……。今からヒックリ返さないと間に合わねえ)
 こちらへと歩み寄るセリア。頭上のHPゲージの残りは半分。大地の攻撃が全く届いていないことから、あれから減った分のダメージは姉妹の援護射撃によるものか。だが、蒼穹祢による光属性の魔術も援護に含まれている点を踏まえれば、
(あの耐久力、マジで厄介だ。やっぱりあおいみたく直接攻撃が決め手になるのか……?)
 あれだけ放ってもその程度のダメージ。つまりセリアが弱点とする攻めを遠くから続けようと――……。ならば、自分こそが刃を入れなければ勝機はない。
(とにかく視界を奪われる〈ブラックアウト〉、あれさえ攻略すれば……)
 大地に観察される間に、右手を前に伸ばしたセリア。すると彼女の背丈はあろうかという黒球が掌に膨らみ、大地へ放出される。
(〈ブラックアウト〉を発動させる時、セリアにクセはあるか? 考えろ、とにかく考えろ……)
 一直線に飛来する〈ブラックキューブ〉に対し、大地は横へ踏み込むことで回避を図る。
「なっ、しまっ――――」
 真っすぐの軌道を描く黒球は、大地の位置に合わせて進路をスムーズに変え、
「ぐぅぅぅうううッ!!」