単なるゲームではない、緋那子の命を賭けた戦い。ゲームオーバー=彼女の死、という重い責任が大地に圧力をかける。
蒼穹祢は研究部の三人を一瞥し、
「ゲームの感覚は鈍ってない? 自称だけど相手はフェーズ7よ、まずは慎重にいきたいわ。セリアの攻めには心して」
「……来たよ、お姉ちゃんッ!」
セリアを軸に解放される漆黒の霧の勢いが爆発的に膨れ上がり、
「さ、正々堂々と勝負しよう」
直後、視界をシャットアウトされるように、黒い霧が大地らを包み込んだ。
「――――ッ!?」
瞬く暇もなく光を失う眼界。徐々に減少するHPゲージ。中央に白いフォントで表示されたのは、――『Bluck_Out』という技の名。
(これ、攻撃判定があるのか! そのクセ視界も塞がれちまう……ッ)
間合いに入ったセリアに対し確実に反撃ができるよう、大地は剣を構える。
「みんな、パニックにならないで! 大地とあおいは間合いに注意!」
レミはハンドガンで前方を連射しながら指示を叫ぶ。
「中距離、遠距離型はとにかく攻撃を! 何もしないよりはマシだわ!」
前線の蒼穹祢は真っ赤に燃え盛るファイヤーボールの魔術を、緋那子は同じく火属性の銃弾を何度も放つ。
(どこだ、セリアはどこに……どこに来るッ?)
暗闇に呑まれて数秒、依然セリアは見られない。いつ、どこから襲撃をしてくるのか不明瞭な暗闇の恐怖が大地の心を蝕む。逆に仕掛けてこないことのほうが、何よりもいやらしい攻撃だと感じてしまった。
「…………ッ、晴れ始めた!! って……、避けろ!!」
視界が開けたと、わずかな油断が生じた瞬間だった。全長1メートルを超えた黒球〈ブラックキューブ〉が、矢継ぎ早に五人へ飛来してきたのは。
「キャッ!!」
「……くぅ!」
「ヒナ、先輩!!」
呻いた緋那子と蒼穹祢へ注意を向けた大地だが、自分に対しても黒球が飛来してくる。みるみるうちに距離を詰める黒球に背筋がゾクリと痙攣するも、
「うらあああ!」
アクセサリをうるさく鳴らしながら咄嗟に横へと飛び込む。それが幸いしてか、脚に掠っただけで済み、HPの減少は最小限に留めた。しかし、
「みんな、上! 上から何か降ってくる!!」
緋那子の声に反応した大地は崩れたまま天を仰ぐと、光を喪失した雨のようなものが自分たちへ降り落ちようとしていて、
(は、ちょ待て! あんなの避けられるわけ……ッ)
先端が鋭利なそれは、――邪悪な天使の弓矢〈ブラックサウザント〉。避けようと考えるのが馬鹿らしくなるほどに密度の濃い、およそ数千単位の矢の数だ。
「身体を縮めて! 当たり判定をできるだけ狭めて!」
蒼穹祢の指示を受けてハッと我に返った大地は、頭を抱えてその場に蹲った。それとほぼ同じタイミングで、微弱な電流が手首のコネクタから流れる。
「くぅぅ! ……チッ、どこだ!?」
電流が止まってすぐに大地は膝を伸ばし、堕天使を探そうと四辺を見渡した。が、
「あ」
図らずも出た、呆けた声。
レミの真正面で、――黒い羽根を目いっぱい広げて敵は立っていた。エネミーへと変貌した世界の君臨者は口端に余裕を漂わせ、レミを舐め回すように観察する。
「……このぉッ!」
身じろぎしたレミは、銃をセリアへ向けようと図る。けれどもセリアはそれを拒むように漆黒の翼を、大気を巻き込むように羽ばたかせた。耳障りな音とともに空気が複雑にかき乱れる。
「レミ!?」
翼を扇いだことで舞い上がる、月明かりを浴びた黒色の羽根が、幻想的とさえ言えてしまうほどに美しく空を散る。
「レミちゃん!」
両腕をクロスさせて突風を防いだ緋那子は、大気の流れにかき消されまいと声を張り上げて呼ぶ。しかし、そんな心配をする彼女らを無情にも襲うのは、
「……グァッ……うっ」
ちょうど空から舞い降りた羽根〈ブラックフェザー〉がヒラヒラと、大地たちの頭や肩に注いだのだ。コネクタから発せられる強めの電流が彼らの始動を阻害する。
「……羽根にも……判定があるのか……よ……ッ。HPは……くっ、ヤベェ……」
大地のほか、あおい、蒼穹祢、緋那子は三分の一ほど、翼の羽ばたきをマトモに食らったレミに至っては半分以上のHPが削られてしまった。反撃を試みるどころか、攻撃を凌ぐことすら結果的には叶わなかった。
(……ッ、なんだよコレッ。強さにも……限度ってモンが……あるだろ…………)
痺れから解放され、大地は折れかけた膝を気力で伸ばす。こちらを無言で、眠たげな瞳で眺むセリアを睨み返した。
「どうだろう、諦める気にはなったかな?」
「なってねえよ……ッ。その程度で諦めるなら、オレはここに立ってねえから」
「気持ちを保つことは立派だけど、行動が伴わなければ滑稽なだけだね。私の目から見れば、今のキミは無機質な録音機となんら変わらない」
「……ハッ、そうか。悔しいが、ごもっともな例えだな」
ともかく、戦術を立てなければ勝利どころか一撃すらも与えられないだろう。攻略の糸口を見つけて勝機を手繰り寄せなければなるまい。
(どうする……? セリアに何か弱点は……)
剣先で敵を牽制しながら、大地が厳しい顔つきで思考した時だった。
「――――私たちが前に出るわ」
発したのは部長のレミ。強い気持ちを声に込めて彼女は前に出た。
そしてレミの横に並び出たあおいも、つぶらな瞳に想いを宿し、
「私とレミちゃんで時間稼ぎをしてみる。三人はその間に攻略の糸口を見つけてほしいな」
時間稼ぎ、その意味を察することは容易だった。大地は唇を噛み、グッと目をつむる。
「……たしかに五人揃って攻撃をしても、さっきみたく一方的な展開を生むだけね……。別れて相手をしたほうが勝利に近づけるかもしれないわ……」
目を背けつつも、本意無く蒼穹祢は言った。
そんな中、緋那子は縋るようにあおいに寄るが、そのあおいは優しくほほ笑んで、
「ヒナちゃん。私に楽しいって言ってくれたこと、本当に嬉しかった」
「……あおい……ちゃんっ」
「こう言ったら失礼かもしれないけど、お二人の悩みとか、つらかったこととか、なんとなくわかった気がする。だからそんな二人を応援したいなって思うよ」
一方のレミは、先輩が後輩に見せるような得意げな笑みで、蒼穹祢に八重歯を覗かせ、
「私は立派な心意気なんてないけど、チームを勝利に繋げるためならなんでもするわ。そこの冷たいお嬢様さん、とくと私の勇士を見てチームワークを勉強しなさいよ?」
敵手へ照準を定めたあおいとレミとは裏腹に、当のセリアは平常通りの佇まいで、
「さ、別れのあいさつは済んだかな? なんならもう少々時間をあげてもいいけれど?」
「別れとか、そうやって決めつけてるとあとで痛い目見るわよ? ラスボスはラスボスらしく非情に徹してなさい」
軽口を叩きつつも目配せを仕向けたレミを、あおいは密かに見て、こくんとうなずき、
「行くわよ、あおい!」
「うん!」
両者は左右二手に別れ、それぞれがセリアへ走り駆けてゆく。
「先輩、ヒナ! オレたちは離れて援護だ!!」
「「了解!」」
前線の二人とは対照的に、残された三人は後方へ退く。蒼穹祢は多種多様な属性の魔術を、緋那子は炎を帯びた銃弾をセリアに途切れず放ち、
「姉妹はオレたちで絶対に守ります!!」
大地は剣を構え、姉妹の前でどっしり構える。
「セリア、こっちよ!」
その一方でパーカーのフードをはためかせ、陽動を図るようカーブを描きながら前線を駆けるレミは、セリアにハンドガンを仕向け、銃弾を矢継ぎ早に撃っていく。
セリアは三様の攻撃を浴びながらも何食わぬ様子で、細かく動くレミに重々しく右手を広げ、
「まったく、ウロチョロと……」
鬱陶しげに不満がると、掌から数発の黒球〈ブラックキューブ〉を放った。
「くっ!」
引き金に指を宛てがいながらもレミは踵で地を蹴り、小柄な体格が功を奏したか、間一髪で黒球を避ける。
「ほぉ、見事だ。なら、これはどうか?」
レミに合わせて退きながら、セリアは差し出した右腕を横に振るった。すると、毛筆で墨汁を振り飛ばしてできたような月型の鎌〈ブラックエッジ〉が路面という広範囲を引き裂く。
流石に避けること敵わず、黒鎌がレミの腹部を抉った。彼女は顔を歪めて硬直しかけたが、
「ぐ……っ。だから、なに?」
それでも痺れに構わず駆けながら、セリアに銃弾を撃ち込んでいく。
まもなく、大通りが交わる交差点に躍り出た両者。
「ふふ、遠くからどれだけ食らおうと大したダメージにはならないよ」
「いいから黙って受けてなさいよ! あの二人の攻撃に意味がないなんて言わせないわ!」
「ん? キミたちの狙いは丸わかりさ」
レミの銃弾に加えて神代姉妹による攻撃を受け続けながらも、セリアはレミへ大胆に背を向けて、――広く伸ばした両翼〈ブラックエンジェル〉を盛大に羽ばたかせたのだ。
「あおい――――ッ!!」
セリアの目下で漆黒色の翼に包まれたのはあおい。黒い羽根が嵐のように舞い吹雪く中、レミの悲鳴がこだました。
「深津クンが囮になる隙にこの不思議ちゃんが私の背後を取ろうなど、読まれないとでも?」
侮蔑を孕んだようなため息交じりの口調でセリアはぼやく。だが、
「ほんとの囮は私だから。〈ブラックエンジェル〉の一撃を食らってもゲームオーバーにならないことは計算済み。ここまで近づけば私の勝ち」
「なに……ッ!?」
合掌のように閉じた両翼が細身の背面に引いた時、――あおいは敵を見定め、崩れることなく立っていた。そしてあおいは全く退かず、残りHPが些少という状態で両拳を構え、
「ハアアァァァ!!」
左足を大きく踏み込み、光り輝く拳を、腰の回転を活かしてセリアの鳩尾へ振り抜いた。
「……ぐぅぅッ!!!!」
身を捻るが、柔らかな急所に拳を受けたセリア。目を見開き、くの字に折れ曲がってしまい、
「まだまだああぁ!!」
咆哮したあおい。今度は右足で踏み込み、宙で折れるセリアの頬に左拳を叩き込んだ。
「…………ッ!!」
空に浮く細身、一本一本が舞う色褪せた銀髪。
「ハアアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!」
わずかに膝を落としたあおいは、地面に転がったセリアの腹部へ、固く握った拳を全身のバネを使って思い切り振り抜いた。拳から放たれたシャワー状の光が闇夜を瞬間的に裂く。
「……ぐっ……が…………ッ」
小さな口から洩れた、声にならない声。吐き出された吐息。
「……、なぜ……光属性を……?」
「みんなから集めた〈エレメント〉を光属性が出るまで使ったんだ。セリアさんの弱点が光属性だってことは、蒼穹祢さんの魔術を受けてた時の反応でわかったよ」
五つから選べる武器のうち、蒼穹祢が装備する魔術ステッキの強みはなんと言ってもすべての属性攻撃を放てるという点だ。蒼穹祢には様々な属性魔術をセリアに放ってもらい、属性ごとのHPの減り具合をあおいは観察していたのだ。
「ぐっ、私としたことが……油断した!」
その時、天を散っていた羽根があおいの頭上にヒラヒラと降り落ちる。
「みんな、あとはよろしく」
願うように言い残すと、彼女は安らかに目を閉じて地面に崩れた。
「あおい……ッ!!」
遠方から叫んだ大地。あおいのHPゲージは完全に潰え、ゲージ下のステータスは『Playing』から『Game over』の赤い表示に変化する。
「なぁに、鎮静剤で気を失っただけさ。この戦いが終われば、運営がじきに回収しに来る。……それにしても、やってくれたね。まさかHPの三分の一近くを失うなんて……」
セリアはフラフラと立ち上がりながら、それでも一切の焦りは顔になく、
「とにかく神代緋那子、キミさえ潰せばそれで終わりなんだ」
蒼穹祢は研究部の三人を一瞥し、
「ゲームの感覚は鈍ってない? 自称だけど相手はフェーズ7よ、まずは慎重にいきたいわ。セリアの攻めには心して」
「……来たよ、お姉ちゃんッ!」
セリアを軸に解放される漆黒の霧の勢いが爆発的に膨れ上がり、
「さ、正々堂々と勝負しよう」
直後、視界をシャットアウトされるように、黒い霧が大地らを包み込んだ。
「――――ッ!?」
瞬く暇もなく光を失う眼界。徐々に減少するHPゲージ。中央に白いフォントで表示されたのは、――『Bluck_Out』という技の名。
(これ、攻撃判定があるのか! そのクセ視界も塞がれちまう……ッ)
間合いに入ったセリアに対し確実に反撃ができるよう、大地は剣を構える。
「みんな、パニックにならないで! 大地とあおいは間合いに注意!」
レミはハンドガンで前方を連射しながら指示を叫ぶ。
「中距離、遠距離型はとにかく攻撃を! 何もしないよりはマシだわ!」
前線の蒼穹祢は真っ赤に燃え盛るファイヤーボールの魔術を、緋那子は同じく火属性の銃弾を何度も放つ。
(どこだ、セリアはどこに……どこに来るッ?)
暗闇に呑まれて数秒、依然セリアは見られない。いつ、どこから襲撃をしてくるのか不明瞭な暗闇の恐怖が大地の心を蝕む。逆に仕掛けてこないことのほうが、何よりもいやらしい攻撃だと感じてしまった。
「…………ッ、晴れ始めた!! って……、避けろ!!」
視界が開けたと、わずかな油断が生じた瞬間だった。全長1メートルを超えた黒球〈ブラックキューブ〉が、矢継ぎ早に五人へ飛来してきたのは。
「キャッ!!」
「……くぅ!」
「ヒナ、先輩!!」
呻いた緋那子と蒼穹祢へ注意を向けた大地だが、自分に対しても黒球が飛来してくる。みるみるうちに距離を詰める黒球に背筋がゾクリと痙攣するも、
「うらあああ!」
アクセサリをうるさく鳴らしながら咄嗟に横へと飛び込む。それが幸いしてか、脚に掠っただけで済み、HPの減少は最小限に留めた。しかし、
「みんな、上! 上から何か降ってくる!!」
緋那子の声に反応した大地は崩れたまま天を仰ぐと、光を喪失した雨のようなものが自分たちへ降り落ちようとしていて、
(は、ちょ待て! あんなの避けられるわけ……ッ)
先端が鋭利なそれは、――邪悪な天使の弓矢〈ブラックサウザント〉。避けようと考えるのが馬鹿らしくなるほどに密度の濃い、およそ数千単位の矢の数だ。
「身体を縮めて! 当たり判定をできるだけ狭めて!」
蒼穹祢の指示を受けてハッと我に返った大地は、頭を抱えてその場に蹲った。それとほぼ同じタイミングで、微弱な電流が手首のコネクタから流れる。
「くぅぅ! ……チッ、どこだ!?」
電流が止まってすぐに大地は膝を伸ばし、堕天使を探そうと四辺を見渡した。が、
「あ」
図らずも出た、呆けた声。
レミの真正面で、――黒い羽根を目いっぱい広げて敵は立っていた。エネミーへと変貌した世界の君臨者は口端に余裕を漂わせ、レミを舐め回すように観察する。
「……このぉッ!」
身じろぎしたレミは、銃をセリアへ向けようと図る。けれどもセリアはそれを拒むように漆黒の翼を、大気を巻き込むように羽ばたかせた。耳障りな音とともに空気が複雑にかき乱れる。
「レミ!?」
翼を扇いだことで舞い上がる、月明かりを浴びた黒色の羽根が、幻想的とさえ言えてしまうほどに美しく空を散る。
「レミちゃん!」
両腕をクロスさせて突風を防いだ緋那子は、大気の流れにかき消されまいと声を張り上げて呼ぶ。しかし、そんな心配をする彼女らを無情にも襲うのは、
「……グァッ……うっ」
ちょうど空から舞い降りた羽根〈ブラックフェザー〉がヒラヒラと、大地たちの頭や肩に注いだのだ。コネクタから発せられる強めの電流が彼らの始動を阻害する。
「……羽根にも……判定があるのか……よ……ッ。HPは……くっ、ヤベェ……」
大地のほか、あおい、蒼穹祢、緋那子は三分の一ほど、翼の羽ばたきをマトモに食らったレミに至っては半分以上のHPが削られてしまった。反撃を試みるどころか、攻撃を凌ぐことすら結果的には叶わなかった。
(……ッ、なんだよコレッ。強さにも……限度ってモンが……あるだろ…………)
痺れから解放され、大地は折れかけた膝を気力で伸ばす。こちらを無言で、眠たげな瞳で眺むセリアを睨み返した。
「どうだろう、諦める気にはなったかな?」
「なってねえよ……ッ。その程度で諦めるなら、オレはここに立ってねえから」
「気持ちを保つことは立派だけど、行動が伴わなければ滑稽なだけだね。私の目から見れば、今のキミは無機質な録音機となんら変わらない」
「……ハッ、そうか。悔しいが、ごもっともな例えだな」
ともかく、戦術を立てなければ勝利どころか一撃すらも与えられないだろう。攻略の糸口を見つけて勝機を手繰り寄せなければなるまい。
(どうする……? セリアに何か弱点は……)
剣先で敵を牽制しながら、大地が厳しい顔つきで思考した時だった。
「――――私たちが前に出るわ」
発したのは部長のレミ。強い気持ちを声に込めて彼女は前に出た。
そしてレミの横に並び出たあおいも、つぶらな瞳に想いを宿し、
「私とレミちゃんで時間稼ぎをしてみる。三人はその間に攻略の糸口を見つけてほしいな」
時間稼ぎ、その意味を察することは容易だった。大地は唇を噛み、グッと目をつむる。
「……たしかに五人揃って攻撃をしても、さっきみたく一方的な展開を生むだけね……。別れて相手をしたほうが勝利に近づけるかもしれないわ……」
目を背けつつも、本意無く蒼穹祢は言った。
そんな中、緋那子は縋るようにあおいに寄るが、そのあおいは優しくほほ笑んで、
「ヒナちゃん。私に楽しいって言ってくれたこと、本当に嬉しかった」
「……あおい……ちゃんっ」
「こう言ったら失礼かもしれないけど、お二人の悩みとか、つらかったこととか、なんとなくわかった気がする。だからそんな二人を応援したいなって思うよ」
一方のレミは、先輩が後輩に見せるような得意げな笑みで、蒼穹祢に八重歯を覗かせ、
「私は立派な心意気なんてないけど、チームを勝利に繋げるためならなんでもするわ。そこの冷たいお嬢様さん、とくと私の勇士を見てチームワークを勉強しなさいよ?」
敵手へ照準を定めたあおいとレミとは裏腹に、当のセリアは平常通りの佇まいで、
「さ、別れのあいさつは済んだかな? なんならもう少々時間をあげてもいいけれど?」
「別れとか、そうやって決めつけてるとあとで痛い目見るわよ? ラスボスはラスボスらしく非情に徹してなさい」
軽口を叩きつつも目配せを仕向けたレミを、あおいは密かに見て、こくんとうなずき、
「行くわよ、あおい!」
「うん!」
両者は左右二手に別れ、それぞれがセリアへ走り駆けてゆく。
「先輩、ヒナ! オレたちは離れて援護だ!!」
「「了解!」」
前線の二人とは対照的に、残された三人は後方へ退く。蒼穹祢は多種多様な属性の魔術を、緋那子は炎を帯びた銃弾をセリアに途切れず放ち、
「姉妹はオレたちで絶対に守ります!!」
大地は剣を構え、姉妹の前でどっしり構える。
「セリア、こっちよ!」
その一方でパーカーのフードをはためかせ、陽動を図るようカーブを描きながら前線を駆けるレミは、セリアにハンドガンを仕向け、銃弾を矢継ぎ早に撃っていく。
セリアは三様の攻撃を浴びながらも何食わぬ様子で、細かく動くレミに重々しく右手を広げ、
「まったく、ウロチョロと……」
鬱陶しげに不満がると、掌から数発の黒球〈ブラックキューブ〉を放った。
「くっ!」
引き金に指を宛てがいながらもレミは踵で地を蹴り、小柄な体格が功を奏したか、間一髪で黒球を避ける。
「ほぉ、見事だ。なら、これはどうか?」
レミに合わせて退きながら、セリアは差し出した右腕を横に振るった。すると、毛筆で墨汁を振り飛ばしてできたような月型の鎌〈ブラックエッジ〉が路面という広範囲を引き裂く。
流石に避けること敵わず、黒鎌がレミの腹部を抉った。彼女は顔を歪めて硬直しかけたが、
「ぐ……っ。だから、なに?」
それでも痺れに構わず駆けながら、セリアに銃弾を撃ち込んでいく。
まもなく、大通りが交わる交差点に躍り出た両者。
「ふふ、遠くからどれだけ食らおうと大したダメージにはならないよ」
「いいから黙って受けてなさいよ! あの二人の攻撃に意味がないなんて言わせないわ!」
「ん? キミたちの狙いは丸わかりさ」
レミの銃弾に加えて神代姉妹による攻撃を受け続けながらも、セリアはレミへ大胆に背を向けて、――広く伸ばした両翼〈ブラックエンジェル〉を盛大に羽ばたかせたのだ。
「あおい――――ッ!!」
セリアの目下で漆黒色の翼に包まれたのはあおい。黒い羽根が嵐のように舞い吹雪く中、レミの悲鳴がこだました。
「深津クンが囮になる隙にこの不思議ちゃんが私の背後を取ろうなど、読まれないとでも?」
侮蔑を孕んだようなため息交じりの口調でセリアはぼやく。だが、
「ほんとの囮は私だから。〈ブラックエンジェル〉の一撃を食らってもゲームオーバーにならないことは計算済み。ここまで近づけば私の勝ち」
「なに……ッ!?」
合掌のように閉じた両翼が細身の背面に引いた時、――あおいは敵を見定め、崩れることなく立っていた。そしてあおいは全く退かず、残りHPが些少という状態で両拳を構え、
「ハアアァァァ!!」
左足を大きく踏み込み、光り輝く拳を、腰の回転を活かしてセリアの鳩尾へ振り抜いた。
「……ぐぅぅッ!!!!」
身を捻るが、柔らかな急所に拳を受けたセリア。目を見開き、くの字に折れ曲がってしまい、
「まだまだああぁ!!」
咆哮したあおい。今度は右足で踏み込み、宙で折れるセリアの頬に左拳を叩き込んだ。
「…………ッ!!」
空に浮く細身、一本一本が舞う色褪せた銀髪。
「ハアアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!」
わずかに膝を落としたあおいは、地面に転がったセリアの腹部へ、固く握った拳を全身のバネを使って思い切り振り抜いた。拳から放たれたシャワー状の光が闇夜を瞬間的に裂く。
「……ぐっ……が…………ッ」
小さな口から洩れた、声にならない声。吐き出された吐息。
「……、なぜ……光属性を……?」
「みんなから集めた〈エレメント〉を光属性が出るまで使ったんだ。セリアさんの弱点が光属性だってことは、蒼穹祢さんの魔術を受けてた時の反応でわかったよ」
五つから選べる武器のうち、蒼穹祢が装備する魔術ステッキの強みはなんと言ってもすべての属性攻撃を放てるという点だ。蒼穹祢には様々な属性魔術をセリアに放ってもらい、属性ごとのHPの減り具合をあおいは観察していたのだ。
「ぐっ、私としたことが……油断した!」
その時、天を散っていた羽根があおいの頭上にヒラヒラと降り落ちる。
「みんな、あとはよろしく」
願うように言い残すと、彼女は安らかに目を閉じて地面に崩れた。
「あおい……ッ!!」
遠方から叫んだ大地。あおいのHPゲージは完全に潰え、ゲージ下のステータスは『Playing』から『Game over』の赤い表示に変化する。
「なぁに、鎮静剤で気を失っただけさ。この戦いが終われば、運営がじきに回収しに来る。……それにしても、やってくれたね。まさかHPの三分の一近くを失うなんて……」
セリアはフラフラと立ち上がりながら、それでも一切の焦りは顔になく、
「とにかく神代緋那子、キミさえ潰せばそれで終わりなんだ」