「その目的はなに? あのプロジェクトを詳しく知るヒナを抹消しに?」
「いや、上層部が恐れているのはそのことではないよ。神代一族のキミなら存じてはいると思うけど、この虚数空間の世界は情報生命体の〝空想〟によって成り立っている。だから似た存在が共存すると、ひょっとしたら私への脅威に繋がるかもしれない」
「ヒナが……あなたに危害を加えると……言いたいの?」
「あくまでも可能性の話さ。彼らは何かと心配性でね。可能性のある脅威は、たとえ神代一族の者であっても排除する方針だよ」
「だったらどうしてすぐにヒナを抹殺しなかった? 姉が悩んでた時間に何してたんだよ? このタイミングに来た理由はなんだ?」
「いい指摘だ。それを説明するためには、まず“あのシステム”の背景から話さないとね」
「あの、システム?」
「逢坂クンに聞こうか。〈拡張戦線〉で存分に体験しただろけど、ARの利点といえば何かな?」
「利点? そりゃあ、情報が……目で見えることか?」
「そのとおり。特に《NETdivAR》はARをより間近で見られて、ネットワークさえ整備されていれば容易に実装も可能だね。そしてネットワークが関わるということは、私のような情報生命体とも相性がいい」
「ええ、0と1《デジタル》の世界ならどこへでも出現できるのが情報生命体《アンタ》の強みよね」
「そうするとネットワークを拡張すれば情報生命体がデータを集めて、《NETdivAR》を使ってヒトにわかりやすく情報を伝達することができる。ARは専用のデバイスでなければ視認ができないから、セキュリティ面の懸念も少なくて済むんだ」
「《NETdivAR》が情報生命体と私たちヒトの橋渡しを担うってこと?」
あおいの確認に、セリアは「そうだね」と肯定した。
「そのうえで想像してみてほしい。もし、ネットワークの拡張を宇宙規模にしてみたら?」
「……宇宙にある情報をかき集められるってことか? 仮に情報生命体が人工衛星を乗っ取れば、地球上のあらゆる情報を盗み見ることだって、できる?」
「そう、宇宙の支配は世界の支配そのもの。それが宇宙包括システム――《NARSS》なのさ」
ネットワーク【“N”ETWORK】、拡張現実【“AR”】、セリア【“S”ELIA】、宇宙【“S”PACE】から由来する、――その名も宇宙包括システム《NARSS》。
セリアは緋那子を一瞥すると、嘲笑気味に唇を伸ばし、
「皮肉なものだね。キミが夢に描いていた“わたしの宇宙”が、未来都市の《NARSS》という発想を生んでしまったことは。悪用とは言えないけど、科学を使った利己的な計画ではある」
「……っ」
悔しげにセリアを睨む緋那子に、手を伸ばして待ったをかけた姉の蒼穹祢は、
「ひょっとして例の宇宙飛行プロジェクトは、その《NARSS》を実現させるために計画されたと言いたいわけ?」
「ああ。スペースデブリの調査は表向きで、ネットワークの整備に情報生命体の配置、演習など、メインは《NARSS》を実現させるためのプロジェクトなんだ。わざわざ高校生を飛行士に選んだのは……、当人なら知っているよね?」
「もちろん。私たちを選んだ理由は、若い人材に経験を積ませるってのもあるけど、一番の理由は情報生命体を制御するため」
「なにも情報生命体は私だけではなくて、この虚数空間の世界には何人も潜んでいるんだ。年齢層も十代半ばがほとんど。だからそんな情報生命体の精神を支えるために年の近い高校生が選ばれた。逆に情報生命体が《NARSS》に反対した時を想定しての人質でもある」
「私たちが《NARSS》の計画を聞かされた時、当然だけどみんな困惑した。でも……止められなかった。だから止めてくれなくても、そういう計画があったことに気づいてくれたらと願って、〈拡張戦線〉のストーリーに思いを……込めたんだ」
「そういうことだったのか……」
はからずも大地の予想は的中していた。エンレイソウ、城、人質に姫の意味深なセリフ。すべては宇宙飛行プロジェクトにおける高校生飛行士の立場とリンクしていた。
「まさかその《NARSS》、未来都市はまた計画する気でいるの? そのために飛行士の唯一の生き残り、ヒナの記憶を手に入れる……必要があった、というわけ?」
「そうさ、計画は終わっていないんだ。再開の目途が立った時、上手いこと記憶が封印されていたからね。質のいい記憶を入手するためには記憶を戻す必要がある。そこで私は研究部の三人を利用させてもらった。緋那子の記憶は研究部も望むものだったからね。記憶が戻ればあとは私がサーバーをクラッキングし、そしてすでに入手済み。だからもうキミの妹は用済みだね」
廃棄物でも捨てるような言い草のセリアに、レミとあおいが一歩を踏み出して、
「ならセリア、アンタがヒナと仲良くなればいいじゃない! ヒナが脅威じゃないことを上層部とやらに証明すれば、ヒナを消さずに済むんでしょ!?」
「いくら恩人だからって、ヒナちゃんを攻めるのは許さないっ」
その申し入れを聞けども、セリアは嘲笑うことに飽き足らず、
「誰が神代一族の人間と仲良くなるって? 当時五歳だった私を、人間だった私を……、この姿に変えたのはどこの家系の者だったかな?」
大地の視界の端では、緋那子はきまりが悪そうに目を伏せ、蒼穹祢もまた反論の言葉を失ったように押し黙っていた。
「ああ、仲良くすれば上層部も許容してくれるだろうね。現に傘下の情報生命体はいるわけだから。だけどね、神代一族の人間は私が許さない。双子姉妹のくだらない願いとやらも、完膚なきまでこの私が叩き潰す」
セリアを巻く黒い霧はよりいっそうの物々しさを増す。
(ヤベェな……。情報生命体を敵に回して、オレたちはどうすればいいんだ……?)
情報生命体としての背景を知り、そして堕天使のようなあのフォルムを前にすれば、戦意は自ずと揺らいでしまう。レミとあおいも、やはり目顔に不安をチラつかせていた。
だけれども、
「――――私はヒナと一緒にいたい。こんなところでヒナを殺させやしない」
蒼穹祢は凛と、ハッキリとした声で宣言した。
「――――私だってお姉ちゃんと一緒にいたい。もっとお姉ちゃんと過ごしたいから」
緋那子も姉に寄り添い、迷いなくセリアに告げた。
「そうか。その選択がどれほどつらい現実に直面することになるのか、私が教えてあげよう」
その時、大地らとセリアを隔てるように30インチほどの仮想ウィンドウが一枚出現した。現れは一枚に留まらず、無数のウィンドウが大地らの回りを渦のようにスライドする。
「なっ、いったい何を! って、この顔は……誰だ?」
個々のウィンドウに映るのはすべて異なる映像であるが、一人の少女を捉えているという点では共通していた。
ピンク髪が背中に掛かる、笑顔が素敵な年ごろの女の子。身体つきにさほど特徴はなく中肉中背で、健康的な見栄えをしている。
『それは私が演算した“本来の私”の姿だよ』
「本来の……? それって、セリアが人間のまま生きていた場合の姿のことか?」
『おっしゃるとおり。今の私は192兆9671億5325万336もの次元の演算によりコンピュータ上で生きる生命。この目視できる姿は、あくまで現在の私の精神面から演算したイメージだ。けどね、見た目はどうでもいいんだ』
蒼穹祢、緋那子、レミ、あおいが映像を見る中、大地も食い入るようにウィンドウを凝視する。
――――制服着の女子が集まる中心で楽しくおしゃべりをしている姿。頭を抱えて参考書を睨む姿。ベッドに横たわって心地よさそうに眠る姿。汗を流してテニスラケットを懸命に振る姿。ショーウィンドウに並ぶスイーツに目を輝かせている姿。少年と唇を重ねる姿。顔立ちの似た少女と手を繋ぎ合う姿――……。
多種多様な本来の姿が、網膜を通して脳に叩き込まれていく。
『情報生命体として生きている間、それらは何一つとして経験できなかった』
ポツリと、寂しげな声が響いた。
『姿や形が変わるだけじゃない、制限されることもたくさん出てくる。それにこういう形で生き続ければ、内面だって元とは乖離してしまうのさ』
彼女の言うとおり、情報生命体として大地らの前で現れている佇まいと、ウィンドウを通して見るその姿は、面影のある顔立ちを除いて、とてもじゃないが同一人物とは思えなかった。
これが、肉体を失って拡張世界で生きるということ。これが、
(――――ヒナの生きる未来の可能性)
レミとあおいは言葉を失っていた。蒼穹祢もやり切れない顔で目を逸らしてしまっている。
だけど、それでも――……。
「そんなこと、覚悟してるから」
緋那子は言った。
「私だってARを研究した。ヘッドマウントディスプレイを付けて、仮想体として拡張世界で過ごしてみたこともあった。だから仮想体でできることも、できないことも知ってるよ」
仮想ウィンドウの渦で途切れ途切れなセリアの様相。だけど緋那子は前だけを見ていた。迷いなんてない澄んだ瞳で。
「それでも私、生きたい。お姉ちゃんがくれたこの身体で生きたいから」
妹の決意を間近で聞いて、見て姉は、
「妹の想いは姉として絶対に守り通してみせる」
大地は抱きかけていた迷いを捨て、レミとあおいを見て、
「ああ、オレたちもやるぞ!!」
「ええ、手を貸すわ!」
「うん、ヒナちゃんは大切な友達。楽しいって言ってくれたこと、忘れないもん!」
わかり合えた姉妹の絆を簡単に壊されていいはずがない。
(それに……)
研究部の顧問、滝上梢恵は言っていた。――今回課したこの研究を通じて、キミたちに〝科学の光と闇〟を知ってほしい――、と。
(科学の発展の裏であったセリアの犠牲――〝闇〟も知ったけど、ヒナのように科学で救われた――〝光〟だってあることも見てきたんだ)
虚数空間の世界の欲望のためにヒナが闇に呑まれようとしている。だったらそれは阻止しなければなるまい。それこそが、滝上先生が自分らに課した研究の意義なのかもしれないから。
『……そうか。私たち、戦わなければならないみたいだね。だったらせっかくだし〈拡張戦線〉で決着を付けよう。ウェポンや装備武器はゲームオーバー時のままだ。勝負は対等、イカサマはなし。双方が納得するために、ゲームで白黒ハッキリ付けようじゃないか』
研究部の三人、そして神代姉妹は皆、縦にうなずいた。
「部外者が邪魔しないようにシステムを操作して、外に連絡も取れないようにした。今からは私たちだけの勝負だ」
仮想ウィンドウの渦が徐々に薄らいでいく。そうして再度姿を現した、この虚数空間の世界を統べる《マージナル・ハート》、――――セリア。
「容赦はしない。すべての決意を注いで、全力で相手してくれたまえ」
かつて離れ離れになった姉妹の命運を左右する戦いが、こうして始まった。
3
思いもよらぬ形で〈拡張戦線〉は再開した。
前線に並び立つのは神代蒼穹祢、神代緋那子の双子姉妹。そしてその背後に控える逢坂大地、深津檸御、中原あおいの研究部。確かにセリアの言うとおり、保有ウェポンや武器の強化、属性の付加はゲームオーバー時の状態が再現されている。
「私とヒナちゃんで、ゲームオーバーの前にいくつかウェポンをゲットできたんだ。みんなにも分けてあげるね」
「サンキューあおい。心強いぜ」
あおいとヒナからウェポンを分けてもらいつつ、五人はさっそく武器を携帯した。
セリアとの間隔はおよそ10メートル。全力を出せば数秒で間を詰められる距離。
(くっ、手が震えんぜ。プレッシャーが重いな……)
「いや、上層部が恐れているのはそのことではないよ。神代一族のキミなら存じてはいると思うけど、この虚数空間の世界は情報生命体の〝空想〟によって成り立っている。だから似た存在が共存すると、ひょっとしたら私への脅威に繋がるかもしれない」
「ヒナが……あなたに危害を加えると……言いたいの?」
「あくまでも可能性の話さ。彼らは何かと心配性でね。可能性のある脅威は、たとえ神代一族の者であっても排除する方針だよ」
「だったらどうしてすぐにヒナを抹殺しなかった? 姉が悩んでた時間に何してたんだよ? このタイミングに来た理由はなんだ?」
「いい指摘だ。それを説明するためには、まず“あのシステム”の背景から話さないとね」
「あの、システム?」
「逢坂クンに聞こうか。〈拡張戦線〉で存分に体験しただろけど、ARの利点といえば何かな?」
「利点? そりゃあ、情報が……目で見えることか?」
「そのとおり。特に《NETdivAR》はARをより間近で見られて、ネットワークさえ整備されていれば容易に実装も可能だね。そしてネットワークが関わるということは、私のような情報生命体とも相性がいい」
「ええ、0と1《デジタル》の世界ならどこへでも出現できるのが情報生命体《アンタ》の強みよね」
「そうするとネットワークを拡張すれば情報生命体がデータを集めて、《NETdivAR》を使ってヒトにわかりやすく情報を伝達することができる。ARは専用のデバイスでなければ視認ができないから、セキュリティ面の懸念も少なくて済むんだ」
「《NETdivAR》が情報生命体と私たちヒトの橋渡しを担うってこと?」
あおいの確認に、セリアは「そうだね」と肯定した。
「そのうえで想像してみてほしい。もし、ネットワークの拡張を宇宙規模にしてみたら?」
「……宇宙にある情報をかき集められるってことか? 仮に情報生命体が人工衛星を乗っ取れば、地球上のあらゆる情報を盗み見ることだって、できる?」
「そう、宇宙の支配は世界の支配そのもの。それが宇宙包括システム――《NARSS》なのさ」
ネットワーク【“N”ETWORK】、拡張現実【“AR”】、セリア【“S”ELIA】、宇宙【“S”PACE】から由来する、――その名も宇宙包括システム《NARSS》。
セリアは緋那子を一瞥すると、嘲笑気味に唇を伸ばし、
「皮肉なものだね。キミが夢に描いていた“わたしの宇宙”が、未来都市の《NARSS》という発想を生んでしまったことは。悪用とは言えないけど、科学を使った利己的な計画ではある」
「……っ」
悔しげにセリアを睨む緋那子に、手を伸ばして待ったをかけた姉の蒼穹祢は、
「ひょっとして例の宇宙飛行プロジェクトは、その《NARSS》を実現させるために計画されたと言いたいわけ?」
「ああ。スペースデブリの調査は表向きで、ネットワークの整備に情報生命体の配置、演習など、メインは《NARSS》を実現させるためのプロジェクトなんだ。わざわざ高校生を飛行士に選んだのは……、当人なら知っているよね?」
「もちろん。私たちを選んだ理由は、若い人材に経験を積ませるってのもあるけど、一番の理由は情報生命体を制御するため」
「なにも情報生命体は私だけではなくて、この虚数空間の世界には何人も潜んでいるんだ。年齢層も十代半ばがほとんど。だからそんな情報生命体の精神を支えるために年の近い高校生が選ばれた。逆に情報生命体が《NARSS》に反対した時を想定しての人質でもある」
「私たちが《NARSS》の計画を聞かされた時、当然だけどみんな困惑した。でも……止められなかった。だから止めてくれなくても、そういう計画があったことに気づいてくれたらと願って、〈拡張戦線〉のストーリーに思いを……込めたんだ」
「そういうことだったのか……」
はからずも大地の予想は的中していた。エンレイソウ、城、人質に姫の意味深なセリフ。すべては宇宙飛行プロジェクトにおける高校生飛行士の立場とリンクしていた。
「まさかその《NARSS》、未来都市はまた計画する気でいるの? そのために飛行士の唯一の生き残り、ヒナの記憶を手に入れる……必要があった、というわけ?」
「そうさ、計画は終わっていないんだ。再開の目途が立った時、上手いこと記憶が封印されていたからね。質のいい記憶を入手するためには記憶を戻す必要がある。そこで私は研究部の三人を利用させてもらった。緋那子の記憶は研究部も望むものだったからね。記憶が戻ればあとは私がサーバーをクラッキングし、そしてすでに入手済み。だからもうキミの妹は用済みだね」
廃棄物でも捨てるような言い草のセリアに、レミとあおいが一歩を踏み出して、
「ならセリア、アンタがヒナと仲良くなればいいじゃない! ヒナが脅威じゃないことを上層部とやらに証明すれば、ヒナを消さずに済むんでしょ!?」
「いくら恩人だからって、ヒナちゃんを攻めるのは許さないっ」
その申し入れを聞けども、セリアは嘲笑うことに飽き足らず、
「誰が神代一族の人間と仲良くなるって? 当時五歳だった私を、人間だった私を……、この姿に変えたのはどこの家系の者だったかな?」
大地の視界の端では、緋那子はきまりが悪そうに目を伏せ、蒼穹祢もまた反論の言葉を失ったように押し黙っていた。
「ああ、仲良くすれば上層部も許容してくれるだろうね。現に傘下の情報生命体はいるわけだから。だけどね、神代一族の人間は私が許さない。双子姉妹のくだらない願いとやらも、完膚なきまでこの私が叩き潰す」
セリアを巻く黒い霧はよりいっそうの物々しさを増す。
(ヤベェな……。情報生命体を敵に回して、オレたちはどうすればいいんだ……?)
情報生命体としての背景を知り、そして堕天使のようなあのフォルムを前にすれば、戦意は自ずと揺らいでしまう。レミとあおいも、やはり目顔に不安をチラつかせていた。
だけれども、
「――――私はヒナと一緒にいたい。こんなところでヒナを殺させやしない」
蒼穹祢は凛と、ハッキリとした声で宣言した。
「――――私だってお姉ちゃんと一緒にいたい。もっとお姉ちゃんと過ごしたいから」
緋那子も姉に寄り添い、迷いなくセリアに告げた。
「そうか。その選択がどれほどつらい現実に直面することになるのか、私が教えてあげよう」
その時、大地らとセリアを隔てるように30インチほどの仮想ウィンドウが一枚出現した。現れは一枚に留まらず、無数のウィンドウが大地らの回りを渦のようにスライドする。
「なっ、いったい何を! って、この顔は……誰だ?」
個々のウィンドウに映るのはすべて異なる映像であるが、一人の少女を捉えているという点では共通していた。
ピンク髪が背中に掛かる、笑顔が素敵な年ごろの女の子。身体つきにさほど特徴はなく中肉中背で、健康的な見栄えをしている。
『それは私が演算した“本来の私”の姿だよ』
「本来の……? それって、セリアが人間のまま生きていた場合の姿のことか?」
『おっしゃるとおり。今の私は192兆9671億5325万336もの次元の演算によりコンピュータ上で生きる生命。この目視できる姿は、あくまで現在の私の精神面から演算したイメージだ。けどね、見た目はどうでもいいんだ』
蒼穹祢、緋那子、レミ、あおいが映像を見る中、大地も食い入るようにウィンドウを凝視する。
――――制服着の女子が集まる中心で楽しくおしゃべりをしている姿。頭を抱えて参考書を睨む姿。ベッドに横たわって心地よさそうに眠る姿。汗を流してテニスラケットを懸命に振る姿。ショーウィンドウに並ぶスイーツに目を輝かせている姿。少年と唇を重ねる姿。顔立ちの似た少女と手を繋ぎ合う姿――……。
多種多様な本来の姿が、網膜を通して脳に叩き込まれていく。
『情報生命体として生きている間、それらは何一つとして経験できなかった』
ポツリと、寂しげな声が響いた。
『姿や形が変わるだけじゃない、制限されることもたくさん出てくる。それにこういう形で生き続ければ、内面だって元とは乖離してしまうのさ』
彼女の言うとおり、情報生命体として大地らの前で現れている佇まいと、ウィンドウを通して見るその姿は、面影のある顔立ちを除いて、とてもじゃないが同一人物とは思えなかった。
これが、肉体を失って拡張世界で生きるということ。これが、
(――――ヒナの生きる未来の可能性)
レミとあおいは言葉を失っていた。蒼穹祢もやり切れない顔で目を逸らしてしまっている。
だけど、それでも――……。
「そんなこと、覚悟してるから」
緋那子は言った。
「私だってARを研究した。ヘッドマウントディスプレイを付けて、仮想体として拡張世界で過ごしてみたこともあった。だから仮想体でできることも、できないことも知ってるよ」
仮想ウィンドウの渦で途切れ途切れなセリアの様相。だけど緋那子は前だけを見ていた。迷いなんてない澄んだ瞳で。
「それでも私、生きたい。お姉ちゃんがくれたこの身体で生きたいから」
妹の決意を間近で聞いて、見て姉は、
「妹の想いは姉として絶対に守り通してみせる」
大地は抱きかけていた迷いを捨て、レミとあおいを見て、
「ああ、オレたちもやるぞ!!」
「ええ、手を貸すわ!」
「うん、ヒナちゃんは大切な友達。楽しいって言ってくれたこと、忘れないもん!」
わかり合えた姉妹の絆を簡単に壊されていいはずがない。
(それに……)
研究部の顧問、滝上梢恵は言っていた。――今回課したこの研究を通じて、キミたちに〝科学の光と闇〟を知ってほしい――、と。
(科学の発展の裏であったセリアの犠牲――〝闇〟も知ったけど、ヒナのように科学で救われた――〝光〟だってあることも見てきたんだ)
虚数空間の世界の欲望のためにヒナが闇に呑まれようとしている。だったらそれは阻止しなければなるまい。それこそが、滝上先生が自分らに課した研究の意義なのかもしれないから。
『……そうか。私たち、戦わなければならないみたいだね。だったらせっかくだし〈拡張戦線〉で決着を付けよう。ウェポンや装備武器はゲームオーバー時のままだ。勝負は対等、イカサマはなし。双方が納得するために、ゲームで白黒ハッキリ付けようじゃないか』
研究部の三人、そして神代姉妹は皆、縦にうなずいた。
「部外者が邪魔しないようにシステムを操作して、外に連絡も取れないようにした。今からは私たちだけの勝負だ」
仮想ウィンドウの渦が徐々に薄らいでいく。そうして再度姿を現した、この虚数空間の世界を統べる《マージナル・ハート》、――――セリア。
「容赦はしない。すべての決意を注いで、全力で相手してくれたまえ」
かつて離れ離れになった姉妹の命運を左右する戦いが、こうして始まった。
3
思いもよらぬ形で〈拡張戦線〉は再開した。
前線に並び立つのは神代蒼穹祢、神代緋那子の双子姉妹。そしてその背後に控える逢坂大地、深津檸御、中原あおいの研究部。確かにセリアの言うとおり、保有ウェポンや武器の強化、属性の付加はゲームオーバー時の状態が再現されている。
「私とヒナちゃんで、ゲームオーバーの前にいくつかウェポンをゲットできたんだ。みんなにも分けてあげるね」
「サンキューあおい。心強いぜ」
あおいとヒナからウェポンを分けてもらいつつ、五人はさっそく武器を携帯した。
セリアとの間隔はおよそ10メートル。全力を出せば数秒で間を詰められる距離。
(くっ、手が震えんぜ。プレッシャーが重いな……)