人型であれ〈バタフライ・ダミー〉と同様、言葉はない。
(コイツは敵なのか、それとも味方なのか……どっちだ?)
両者の間を流れるのは無音。騎士は武器を構えようとする気配すらない。だが、
「――――――ッ!?」
音もなく目前に現れた白銀の騎士――――。
「な……にッ!」
あまりにも咄嗟の出来事に、大地はピクリとも身体が反応できない。
テレポーテーションのように場所を変え現れたのは、まさに大地の目下だった。
騎士はロングソードを横に一閃。一面が眩い白光に食われ――――、
「グゥッ!!」
「キャア!」
大地は背中を反らせ、あおいは強く目をつむって蹲り、続いてレミが崩れる。ヒナが危惧したとおり、油断を突かれて《パラレルコネクタ》の電流を身体に受けてしまった。
(なんつー一撃!! それに、あの距離を一瞬で詰めたのか!?)
大地は歯を食いしばって騎士を睨むが、痺れで思うように動けない。一方でそんな彼らを悠然と眺めた騎士は背を見せ、ひとたびロングソードを振るった。次のターゲットはヒナ、そう予告するように。
「させるか……っ」
しかし立ち往生する間に騎士の後姿は遠のいていく。瞬間移動を使わずに歩くその舐めた様は、大地に苛立ちさえも抱かせた。
(ヒナを狙ってるんだろ? ならどうしてさっさとヒナに剣を振らないんだ? ていうか、オレたちがここに来る間にできたはずだ。あの騎士の狙いはなんだよ!?)
苦虫を噛みつぶしたような顔で、大地が思考だけでも懸命に働かせていると、
「大丈夫、対処法はあるわ」
声と一緒に、金髪を弾いた光が目に差し込む。
「レミ!?」
顎を上げれば、レミが騎士を仁王立ちで捉えていたのだ。すると彼女は私物のスマートフォンを、写真でも撮るように胸の前に差し出す。そしたら、
「なっ!?」
パチンッ!! と、騎士は指で弾かれた人形のように真横へと勢いよく倒れたのだ。
「は、どうやって!? オレたち、拡張世界には干渉できないはずじゃ……!」
振り返ったレミは、現実世界を捉えたカメラ映像に騎士が映るディスプレイを見せ、
「(拡張世界のARに干渉を図るアプリ、名付けて《シェア=コンプレックス》よ。ほら、大地には前に見せた、あの。本来はコンピュータグラフィックに〝触れる〟だけのアプリだったんだけどね。けど〝弾く〟程度には改造させてもらったわ)」
短時間での改修だからそれ以上は要求しないでね、と囁いたレミは、大地とあおいを引き寄せて、二人にこっそりと、
「(《パラレルコネクタ》の電源を事前に切ってたおかげで電流は浴びずに済んだわ。だから大地も電源を切って。けどヒナと騎士の音を聞くために、悪いけどあおいは電源を入れたままにしてくれる?)」
大地、あおいの肯定を確認したレミは、
「(そのうえで作戦よ。私たちはヒナの脱出まで騎士を足止めする必要があるわ。そこで私とあおいが挟み撃ちで騎士と相手する。一つ、あおいに試してもらいたいことがあるの。それと大地は離れた場所から私のスマホで援護をお願い。瞬間移動? が厄介だから、その謎も解いてちょうだい)」
「(ああ、わかった)」
「(うん、了解。ヒナちゃんの声はすぐ伝えるね)」
そして騎士を目視するために《パラレルレンズ》を掛けたレミはあおいを連れて前進し、騎士を挟むよう位置を取る。一方で大地はレミの作戦どおり、距離を置いた場所からスマートフォンを片手に、騎士をディスプレイに映す。
(《シェア=コンプレックス》があるのはこのレミのスマホだけだ。それがバレないように事を運ばせねぇと。……バッテリーの残量が少ないのには気をつけないとな)
レミもスマートフォンは手にしているが、それは大地の物でブラフだ。
先手を打ったのはレミ。彼女は騎士にスマートフォンをかざした。しかしその所作とほぼ同時に騎士は姿を眩ませ、あおいの前へ瞬く間に姿を現す。
「あおい、前だ!」
大地が叫べば、あおいは俊敏なフットワークで一歩退き、騎士の懐目掛け、腰を回して勢いづけた右拳を振り上げた。二本の紺髪が形を撓らせて宙を踊る。
「ハァァァァ!!」
甲冑を抉ろうとする拳に、騎士はわずかにたじろいだ。しかし仮想体であるがゆえ、あおいの拳は甲冑をすり抜け、騎士は掲げた剣をあおいへと振り下ろした。
「……ッ」
あおいは目を見開き、交差させた両手で肩を強く掴む。膝を曲げ、それでも倒れまいと踏み留まる彼女は、対面のレミが出すジェスチャーをしかと見つめる。
あおいの視線に勘づいたか、騎士は振り返ったが、すでにレミはスマートフォンで騎士を捉えていた。そして騎士は不可視の作用を頭部に受け、真横に弾かれて崩れる。
アプリで密かに騎士を弾いていた大地はほくそ笑み、
(よし、レミの持つスマホに仕掛けがあるかもって、あの騎士に植えつけられたはず)
それにあおいへ目配せをすれば、痺れから立ち直った彼女は一つうなずく。
(どうやらあの騎士はヒナと同じ、人間が仮想体になったみたいだ)
根拠はあおいが振り抜いた拳に対する騎士の反応。あの咄嗟の身じろぎはヒトの〝反射〟に他ならなかった。
(とはいえ、あの瞬間移動が厄介すぎる……。早くタネを明かさないとマズイぞ……)
目を凝らし、レミ、あおいと攻防を維持する騎士の仕草を大地は睨む。
(走っての移動ではないのは確かだ。走ったら止まる時に必ず反動がある。でもあの騎士、移動地点で完全に立ち止まってるんだ)
その時、あおいがロングソードを一身に浴びてしまう。騎士はレミに目もくれず、鳥かごの方向に首を動かした。そして姿を消し、鳥かごの前に瞬間移動をする。
「マズイわ! 大地、早く!」
「わかってる!」
大地は急いで駆け出し、スマートフォンで騎士を捉えると、人差し指でそれを弾く。直後に騎士は倒れ、ヒナに危害を加えることは辛うじて防げた。だがしかし、
(チッ、レミがブラフってバレちまったか!)
よろりと騎士は立つと、おもむろに顔を上げる。レミとあおいには目もくれず、大地に焦点を合わせて。顔色の伺えない鎧兜に見つめられ、大地の背筋に冷たいものが走った。
(けど、確かに見たぞ。アイツが瞬間移動をする直前、ヒナの方向を確認したこと……!)
横から乱入したレミが大地の前に立ち、スマートフォンを構え、碧眼でキッと敵を捉える。
(カラクリがわかってきたぜ。あのエネミーの瞬間移動が座標移動だってことッ)
足を動かしての移動ではなく、目前にいたあおいという障害物を越しての移動が可能という能力。さらには移動先を目視するという行為も、
(座標移動には欠かせないんだろうがよ。目視して座標を割り出して、そこに移動するプログラムだったらな!)
しかれど能力の正体がわかったところで、完全なる攻略と言えないことは確か。
(考えろ、考えろ……、じゃなきゃヒナがやられるッ!!)
騎士はレミを気にする素振りを見せるも、やはり迷わずレミの背後にいる大地に焦点を合わせた。それでも大地は一心に頭を働かせ、
(座標移動ってどういうことだ? 三次元の壁を破って高次元を渡り歩くことか? いや、いくら科学が発達した世界だからって、三次元より高い空間次元をつくるなんてありえねえ!)
三次元より高次元を記述するためには、それこそ思いつくのはベクトル表記程度。デカルト座標系においてx、y、zに加えた座標軸を取ることなんぞ錯覚以外には不可能。
(……いや、待てよ。次元とか関係なくても座標移動できるわ! こんなの簡単な数学じゃねえかよ! ――座標に〝行列〟をかければ移動は可能だ)
行列――、数や文字を長方形上に並べた数学的記法だ。座標に条件を満たした行列をかけることで座標移動が可能であることは、数学という分野に明るい大地には当然の知識であった。
(移動ポイントの目視も、変換行列を演算するためかもしれねえ)
そして行列を用いた座標移動には不可欠な設定が一つある。
するとその時、レミを飛び越えて大地の目前に騎士が迫りくる。身の丈こそ同等だが、威圧感からか、騎士がより大きくディスプレイに映って見えた。けれど大地は負けん気で騎士を睨み、床に滑らせるようスマートフォンをあおいに放ったのだ。
あおいはスマートフォンを拾い上げ、
「……うん、了解です! レミちゃん、こっち!」
メモ帳アプリに〝解法〟は記しておいた。あとはあおいとレミに託すのみ。
大地は仮想体を喪失した前方へ、それでもニヤリとハッタリを利かせ、
「ハッ、オレと遊びたいか? 悪いな、こう見えても頭脳派なもんで」
そう口走りつつ、《パラレルコネクタ》の電源を入れた。あおいは捜索者であるがゆえ、電流を浴びないようコネクタの電源を切るように伝えているからだ。
(ああ、怖えな! 何も見えねえ! 頼むレミ、あおい! どうか――……)
耳を澄ませれば、鎧が擦れる金属の音が聞こえる。それは剣で大地を下すための素振りか。
「なあ、どうしてヒナを狙う? ヒナの記憶喪失の理由を知ってるのか? 答えてくれよ」
訊いても返答はない。だが、その時、
『大地、見つけた! 赤黒い球体にリングが取り巻いてるヤツ! スイッチもあるわ!』
「それだ! それをどうにかしてくれ!!」
大地が声を張り上げると、甲冑音が強く鳴る。が、その音はすぐに消えてしまった。おそらく騎士に瞬間移動を許してしまったはず。
「しまった――――」
大地は血相を変えてあおいの元へ駆け出し、彼女からスマートフォンを受け取って周囲をレンズ越しに確認した。そしたらあの騎士が鳥かごの前で佇んでおり、
(ヤバイ、ヒナの前にもう――……ッ)
騎士は悠々と剣を構えていた。万事休す――――。
『大地、スイッチを押したわ!』
耳に届いた、レミの知らせ。
しまった。口にこそしないものの、焦るようにレミへと急転換した騎士。しかし気を取られたのはほんの一瞬で、騎士は前を向き直して剣を構える。けれどその隙を逃さなかった大地はスマートフォンを騎士にかざし、
「もらった!」
指でディスプレイを弾いた。騎士は鳥かごから乱暴に距離を置かれる。
「デカルト座標だろうが極座標だろうが斜交座標だろうが、原点と軸がわからなきゃ自分の位置は掴めないモンなァ!!」
座標移動のために必須となるもの、――それは座標を設定する〝原点と軸〟。その設定のためのガジェットが必ず存在するはずだと大地は推測し、――結果はビンゴ。
「よし、これで瞬間移動はなくなったはず! あとは《シェア=コンプレックス》でコイツを追い詰めるだけだ! もう怖くない!」
レミとあおいがやってくるうちに、大地はアプリで騎士を妨害する。あの凶悪なロングソードは決して鳥かごに仕向けさせないように。騎士は抵抗をするも一方的に追い詰められていく。
(よし……イケル!)
レミから借りた《パラレルレンズ》を掛け、騎士の苦しむ様をリアルに捉えた時だった。
「――――邪魔、しないで!!」
甲高い少女の声が放たれたのだ。それも、甲冑の中から。
レミとあおいは目を丸く開いた。大地はディスプレイに触れていた指をピタリと止めた。
大地は恐る恐る、兜で隠れた顔を伺うように、
「今……、お前がしゃべったのか?」
騎士は携えたロングソードを握り直し、頭上に高く構え、
「アナタたちに何がわかるって言うの!? そうやって守ろうとすることがヒナのためになることなの!?」
金切り声とともに騎士は光らせた剣を振り抜いた。しかし単調な攻撃を大地は容易く避け、
「……なに、言ってんだ?」
「何も知らないクセに! あの子にとってはこれが命のやり取りそのものなんだから!!」
「命のやり取り、そのもの……?」
と、その時、鳥かごの扉がキィィと開かれた。これまで脱出を試みていたヒナが、やっとのことでそれを成功させたみたいだ。
「よし、ヒナ! そのまま逃げろ! よくわかんねぇけどコイツは危険だ! 何をしでかすかわからねぇ!」
「う、うん!」
(コイツは敵なのか、それとも味方なのか……どっちだ?)
両者の間を流れるのは無音。騎士は武器を構えようとする気配すらない。だが、
「――――――ッ!?」
音もなく目前に現れた白銀の騎士――――。
「な……にッ!」
あまりにも咄嗟の出来事に、大地はピクリとも身体が反応できない。
テレポーテーションのように場所を変え現れたのは、まさに大地の目下だった。
騎士はロングソードを横に一閃。一面が眩い白光に食われ――――、
「グゥッ!!」
「キャア!」
大地は背中を反らせ、あおいは強く目をつむって蹲り、続いてレミが崩れる。ヒナが危惧したとおり、油断を突かれて《パラレルコネクタ》の電流を身体に受けてしまった。
(なんつー一撃!! それに、あの距離を一瞬で詰めたのか!?)
大地は歯を食いしばって騎士を睨むが、痺れで思うように動けない。一方でそんな彼らを悠然と眺めた騎士は背を見せ、ひとたびロングソードを振るった。次のターゲットはヒナ、そう予告するように。
「させるか……っ」
しかし立ち往生する間に騎士の後姿は遠のいていく。瞬間移動を使わずに歩くその舐めた様は、大地に苛立ちさえも抱かせた。
(ヒナを狙ってるんだろ? ならどうしてさっさとヒナに剣を振らないんだ? ていうか、オレたちがここに来る間にできたはずだ。あの騎士の狙いはなんだよ!?)
苦虫を噛みつぶしたような顔で、大地が思考だけでも懸命に働かせていると、
「大丈夫、対処法はあるわ」
声と一緒に、金髪を弾いた光が目に差し込む。
「レミ!?」
顎を上げれば、レミが騎士を仁王立ちで捉えていたのだ。すると彼女は私物のスマートフォンを、写真でも撮るように胸の前に差し出す。そしたら、
「なっ!?」
パチンッ!! と、騎士は指で弾かれた人形のように真横へと勢いよく倒れたのだ。
「は、どうやって!? オレたち、拡張世界には干渉できないはずじゃ……!」
振り返ったレミは、現実世界を捉えたカメラ映像に騎士が映るディスプレイを見せ、
「(拡張世界のARに干渉を図るアプリ、名付けて《シェア=コンプレックス》よ。ほら、大地には前に見せた、あの。本来はコンピュータグラフィックに〝触れる〟だけのアプリだったんだけどね。けど〝弾く〟程度には改造させてもらったわ)」
短時間での改修だからそれ以上は要求しないでね、と囁いたレミは、大地とあおいを引き寄せて、二人にこっそりと、
「(《パラレルコネクタ》の電源を事前に切ってたおかげで電流は浴びずに済んだわ。だから大地も電源を切って。けどヒナと騎士の音を聞くために、悪いけどあおいは電源を入れたままにしてくれる?)」
大地、あおいの肯定を確認したレミは、
「(そのうえで作戦よ。私たちはヒナの脱出まで騎士を足止めする必要があるわ。そこで私とあおいが挟み撃ちで騎士と相手する。一つ、あおいに試してもらいたいことがあるの。それと大地は離れた場所から私のスマホで援護をお願い。瞬間移動? が厄介だから、その謎も解いてちょうだい)」
「(ああ、わかった)」
「(うん、了解。ヒナちゃんの声はすぐ伝えるね)」
そして騎士を目視するために《パラレルレンズ》を掛けたレミはあおいを連れて前進し、騎士を挟むよう位置を取る。一方で大地はレミの作戦どおり、距離を置いた場所からスマートフォンを片手に、騎士をディスプレイに映す。
(《シェア=コンプレックス》があるのはこのレミのスマホだけだ。それがバレないように事を運ばせねぇと。……バッテリーの残量が少ないのには気をつけないとな)
レミもスマートフォンは手にしているが、それは大地の物でブラフだ。
先手を打ったのはレミ。彼女は騎士にスマートフォンをかざした。しかしその所作とほぼ同時に騎士は姿を眩ませ、あおいの前へ瞬く間に姿を現す。
「あおい、前だ!」
大地が叫べば、あおいは俊敏なフットワークで一歩退き、騎士の懐目掛け、腰を回して勢いづけた右拳を振り上げた。二本の紺髪が形を撓らせて宙を踊る。
「ハァァァァ!!」
甲冑を抉ろうとする拳に、騎士はわずかにたじろいだ。しかし仮想体であるがゆえ、あおいの拳は甲冑をすり抜け、騎士は掲げた剣をあおいへと振り下ろした。
「……ッ」
あおいは目を見開き、交差させた両手で肩を強く掴む。膝を曲げ、それでも倒れまいと踏み留まる彼女は、対面のレミが出すジェスチャーをしかと見つめる。
あおいの視線に勘づいたか、騎士は振り返ったが、すでにレミはスマートフォンで騎士を捉えていた。そして騎士は不可視の作用を頭部に受け、真横に弾かれて崩れる。
アプリで密かに騎士を弾いていた大地はほくそ笑み、
(よし、レミの持つスマホに仕掛けがあるかもって、あの騎士に植えつけられたはず)
それにあおいへ目配せをすれば、痺れから立ち直った彼女は一つうなずく。
(どうやらあの騎士はヒナと同じ、人間が仮想体になったみたいだ)
根拠はあおいが振り抜いた拳に対する騎士の反応。あの咄嗟の身じろぎはヒトの〝反射〟に他ならなかった。
(とはいえ、あの瞬間移動が厄介すぎる……。早くタネを明かさないとマズイぞ……)
目を凝らし、レミ、あおいと攻防を維持する騎士の仕草を大地は睨む。
(走っての移動ではないのは確かだ。走ったら止まる時に必ず反動がある。でもあの騎士、移動地点で完全に立ち止まってるんだ)
その時、あおいがロングソードを一身に浴びてしまう。騎士はレミに目もくれず、鳥かごの方向に首を動かした。そして姿を消し、鳥かごの前に瞬間移動をする。
「マズイわ! 大地、早く!」
「わかってる!」
大地は急いで駆け出し、スマートフォンで騎士を捉えると、人差し指でそれを弾く。直後に騎士は倒れ、ヒナに危害を加えることは辛うじて防げた。だがしかし、
(チッ、レミがブラフってバレちまったか!)
よろりと騎士は立つと、おもむろに顔を上げる。レミとあおいには目もくれず、大地に焦点を合わせて。顔色の伺えない鎧兜に見つめられ、大地の背筋に冷たいものが走った。
(けど、確かに見たぞ。アイツが瞬間移動をする直前、ヒナの方向を確認したこと……!)
横から乱入したレミが大地の前に立ち、スマートフォンを構え、碧眼でキッと敵を捉える。
(カラクリがわかってきたぜ。あのエネミーの瞬間移動が座標移動だってことッ)
足を動かしての移動ではなく、目前にいたあおいという障害物を越しての移動が可能という能力。さらには移動先を目視するという行為も、
(座標移動には欠かせないんだろうがよ。目視して座標を割り出して、そこに移動するプログラムだったらな!)
しかれど能力の正体がわかったところで、完全なる攻略と言えないことは確か。
(考えろ、考えろ……、じゃなきゃヒナがやられるッ!!)
騎士はレミを気にする素振りを見せるも、やはり迷わずレミの背後にいる大地に焦点を合わせた。それでも大地は一心に頭を働かせ、
(座標移動ってどういうことだ? 三次元の壁を破って高次元を渡り歩くことか? いや、いくら科学が発達した世界だからって、三次元より高い空間次元をつくるなんてありえねえ!)
三次元より高次元を記述するためには、それこそ思いつくのはベクトル表記程度。デカルト座標系においてx、y、zに加えた座標軸を取ることなんぞ錯覚以外には不可能。
(……いや、待てよ。次元とか関係なくても座標移動できるわ! こんなの簡単な数学じゃねえかよ! ――座標に〝行列〟をかければ移動は可能だ)
行列――、数や文字を長方形上に並べた数学的記法だ。座標に条件を満たした行列をかけることで座標移動が可能であることは、数学という分野に明るい大地には当然の知識であった。
(移動ポイントの目視も、変換行列を演算するためかもしれねえ)
そして行列を用いた座標移動には不可欠な設定が一つある。
するとその時、レミを飛び越えて大地の目前に騎士が迫りくる。身の丈こそ同等だが、威圧感からか、騎士がより大きくディスプレイに映って見えた。けれど大地は負けん気で騎士を睨み、床に滑らせるようスマートフォンをあおいに放ったのだ。
あおいはスマートフォンを拾い上げ、
「……うん、了解です! レミちゃん、こっち!」
メモ帳アプリに〝解法〟は記しておいた。あとはあおいとレミに託すのみ。
大地は仮想体を喪失した前方へ、それでもニヤリとハッタリを利かせ、
「ハッ、オレと遊びたいか? 悪いな、こう見えても頭脳派なもんで」
そう口走りつつ、《パラレルコネクタ》の電源を入れた。あおいは捜索者であるがゆえ、電流を浴びないようコネクタの電源を切るように伝えているからだ。
(ああ、怖えな! 何も見えねえ! 頼むレミ、あおい! どうか――……)
耳を澄ませれば、鎧が擦れる金属の音が聞こえる。それは剣で大地を下すための素振りか。
「なあ、どうしてヒナを狙う? ヒナの記憶喪失の理由を知ってるのか? 答えてくれよ」
訊いても返答はない。だが、その時、
『大地、見つけた! 赤黒い球体にリングが取り巻いてるヤツ! スイッチもあるわ!』
「それだ! それをどうにかしてくれ!!」
大地が声を張り上げると、甲冑音が強く鳴る。が、その音はすぐに消えてしまった。おそらく騎士に瞬間移動を許してしまったはず。
「しまった――――」
大地は血相を変えてあおいの元へ駆け出し、彼女からスマートフォンを受け取って周囲をレンズ越しに確認した。そしたらあの騎士が鳥かごの前で佇んでおり、
(ヤバイ、ヒナの前にもう――……ッ)
騎士は悠々と剣を構えていた。万事休す――――。
『大地、スイッチを押したわ!』
耳に届いた、レミの知らせ。
しまった。口にこそしないものの、焦るようにレミへと急転換した騎士。しかし気を取られたのはほんの一瞬で、騎士は前を向き直して剣を構える。けれどその隙を逃さなかった大地はスマートフォンを騎士にかざし、
「もらった!」
指でディスプレイを弾いた。騎士は鳥かごから乱暴に距離を置かれる。
「デカルト座標だろうが極座標だろうが斜交座標だろうが、原点と軸がわからなきゃ自分の位置は掴めないモンなァ!!」
座標移動のために必須となるもの、――それは座標を設定する〝原点と軸〟。その設定のためのガジェットが必ず存在するはずだと大地は推測し、――結果はビンゴ。
「よし、これで瞬間移動はなくなったはず! あとは《シェア=コンプレックス》でコイツを追い詰めるだけだ! もう怖くない!」
レミとあおいがやってくるうちに、大地はアプリで騎士を妨害する。あの凶悪なロングソードは決して鳥かごに仕向けさせないように。騎士は抵抗をするも一方的に追い詰められていく。
(よし……イケル!)
レミから借りた《パラレルレンズ》を掛け、騎士の苦しむ様をリアルに捉えた時だった。
「――――邪魔、しないで!!」
甲高い少女の声が放たれたのだ。それも、甲冑の中から。
レミとあおいは目を丸く開いた。大地はディスプレイに触れていた指をピタリと止めた。
大地は恐る恐る、兜で隠れた顔を伺うように、
「今……、お前がしゃべったのか?」
騎士は携えたロングソードを握り直し、頭上に高く構え、
「アナタたちに何がわかるって言うの!? そうやって守ろうとすることがヒナのためになることなの!?」
金切り声とともに騎士は光らせた剣を振り抜いた。しかし単調な攻撃を大地は容易く避け、
「……なに、言ってんだ?」
「何も知らないクセに! あの子にとってはこれが命のやり取りそのものなんだから!!」
「命のやり取り、そのもの……?」
と、その時、鳥かごの扉がキィィと開かれた。これまで脱出を試みていたヒナが、やっとのことでそれを成功させたみたいだ。
「よし、ヒナ! そのまま逃げろ! よくわかんねぇけどコイツは危険だ! 何をしでかすかわからねぇ!」
「う、うん!」