「彼はね、数学者としてその分野で権勢を誇っていたのよ。けれど成功者のたどる運命かしら、そんな彼に縋る者や妬む者が現れ始め、次第に足を引っ張られるようになっていったわ」
そうして順風満帆だった彼の人生は一転して、歯車が狂い始める。
「研究も極度の不振に陥り、権威は失墜。おまけに妻との離婚、研究仲間の自殺も重なる始末。やがて彼は血迷ったのか、はたまた逃げの精神か、『苦しみのない自分だけの世界を創りたい』と望むようになったのよ」
「その望み、精神的な異常が要因なの?」
「その説が有力だけど、ハッキリとは……。ただ彼の専門分野の一つ、カオス・フラクタルの研究で培った〝人間関係のネットワーク〟が世界創造の理論の礎にはなったらしいわね」
詳しい理論は高校生の私では理解不可能だけど。蒼穹祢はそう付け足した。
「まったくバカげた話でしょ? けどね、周囲から嘲笑わられる中、彼は研究を重ねてついに理論を完成させてしまったのよ」
蒼穹祢は肩をすくめて、
「この世界はある概念が柱となって成立しているの。その概念とやら、何かわかるかしら?」
「概念? ンなこと訊かれても、全然見当が……」
大地に続き、レミも首を横に振った。
蒼穹祢は凛々とした大きな目を静かにつむり、
「〝空想〟よ。現実には存在し得ない世界を、ヒトが創り上げた空想を鍵にして創り出したの」
空想――、そのワードを耳にした大地はハッと声を上げ、
「セリアが言ったことって、そういうことだったのか……」
――ここは夢と空想で創られたおとぎ話のような世界――。虚数空間の世界にやって来る直前に、セリアが言っていた言葉だ。
「ただ空想とは言っても、私やお二人のそれでは成立不可ね。純粋で穢れのない、豊かな人間関係の下で育った心、それが世界を創るうえでの絶対条件になるわ」
「そんなのガキでも聖人でもない限り無理だろ」
「発想はそれで正解よ。創造主率いる研究チームは小説家と科学者の間に子を産ませたの。〝想像力〟と〝頭脳〟を併せ持った子を得るためにね。そうして誕生した〝種〟を、研究チームは五年の歳月をかけてじっくりと育て上げた」
「その〝種〟をどう使ってどう空間を? 〝種〟の脳内映像を、装置か何かで私たちに見せてるってこと?」
「そんな生易しいものではないわ。なにせ、創造主の名が知られていないほどの行いだから。現実はもっと残酷で、冷酷」
ゴクリと、同時に生唾を呑み込んだ大地とレミ。
「空想を世界へと変換させるために、少女の肉体をあるものへと引き換えさせた。その少女の名前、心当たりがあるはずでしょ?」
「まさか……、オイ」
思い寄るのは、虚数空間の世界を訪れた際、何も知らない研究部の三人に手を差し伸べてくれた仮面の少女。自身を人間ではなく、情報生命体だと自称していた。
「察したようね。そう――、セリアよ。彼女は神代一族の欲望の犠牲になり、情報生命体というものに昇華させられてしまった。彼女の意思なんて無視して……ッ」
強く、蒼穹祢は拳を握った。わずかな瞬間、翳りをその顔立ちに浮かべて。
「この世界の果てはセリアの心の壁で、決して晴れない闇夜は彼女の心そのもの……、と言われているくらいに……。きっとセリアは神代一族の人間を恨んでいるはず。科学の闇に巻き込まれて、思うがままに利用されて……」
大地は形容のできないあやふやな感情を胸に抱いたまま、無言で床下を睨んだ。
(それが〝科学の闇〟ってヤツなのか……? 街並み観て、ゲームして、単純に科学スゲェとしか思ってなかったけど……。なんだよ、眩しい光の裏には大きな影があるってことかよ!?)
蒼穹祢は組んだ脚を解くと、両足をストンと床に着け、
「そういえばお二人はあの高校生宇宙飛行プロジェクトを研究しているんだったわね」
「そ、そうよ?」
まさか自分からプロジェクトに触れるとは。レミはそんな反応をする。
「ご存じかもしれないけど、この〈拡張戦線〉で得られていた《NETdivAR》のデータは宇宙飛行プロジェクトにも使われる予定だったの」
「どういった形で使われる予定だったのかは知ってますか?」
「いえ。研究チームは未来都市や虚数空間の世界から研究を委託されているだけで、具体的な目的は聞かされていないわ。そのレベルで秘匿だったのよ、あのプロジェクトは」
「そうなのね……」
「けれどあのプロジェクトが失敗に終わったところで、《NETdivAR》は目的を失ったわけではないわ。だから〈拡張戦線〉はまだ行われているのよ。その目的は私にもわからないけどね」
そうして蒼穹祢は、研究部の二人に青髪の掛かる背を向けて、
「質問に答えたことだし、私は去ることにするわ」
「いろんなこと教えてくれてありがとうございます」
「手助けをしてくれて礼を言うわ。セリアのことも教えてくれて助かったわ」
「どういたしまして」
彼女は簡素に返して立ち去ろうとした。しかし、
「覚悟は決まったわ。また、すぐにあなたたちと逢う時がくるのかも」
そして離れ離れの大地とレミ、あおいとヒナは合流を目指し、それぞれが協力してエリアをひた走る。エネミーに遭遇しても臆せず戦い、分が悪いと踏んだら逃げ、再び合流できることを信じながら。簡単にゲームオーバーになってたまるものか、そんな思いで彼らは戦い抜く。
『姫を救いたい想いを一心に抱くヒーローたちの強さを前に散っていくエネミー。失敗に終わったかのように見えた、王国の征服というエネミーの野望。希望の光を見出す国民。けれどもその野望はまだ終わっていなかった。そして立ち上がる、エネミーの女王〈バタフライ〉』
新たな展開を語るナレーションを耳にし、
―― 立ちはだかる最強のエネミーから姫を救い出せ! ――
真っ白に映えるフォントを目にした直後。
〝それ〟が起きたのは双方が顔を合わせる間際の、風のように現れた〝騎士〟を目撃した瞬間のことだった。
3
「……――はっ!!」
跳ねるように起き上がると、周囲にはARのエネミーではなく、生身の人間たちが群がっていた。ゲームのスタッフ、それにプレイヤーたちのようだ。周りの景観にも見覚えがあって、ひょっとしてここはゲームの参加受付を行った集会テントの下だろうか。
(あれ……。オレ、寝てた? いやいや、もうちょいであおいたちと合流できそうだったところで? でも、たしか寸前に……)
いま腰を据えているのは簡易ベッドの上。近隣を今一度見回すと、寝台で横になる者らがちらほらと伺えた。ため息を含んだ本意無い面持ちをしているプレイヤーも見られたことから、生じた嫌な予感にクシャリと橙髪を掴んだその時、
「あら、お目覚めのようね。どう、身体の調子は? 悪いところはない?」
人の集まりを潜り抜けて現れた、直前まで行動を伴にしていたレミ部長が声をかけてきた。
「おう、身体は大丈夫だ。ってそれよりも、オレたちってひょっとして……」
ふぅ、と力なく息をついたレミは大地の隣に腰掛け、やれやれと手を広げて、
「そうよ、ゲームオーバー。《パラレルコネクタ》も無線通信しか使えないし、ARはもう見えないわ。ほんと、目覚めた時はビックリした。大地は覚えてる? 気を失う前に見たこと」
「ああ、シルバーの鎧を見たんだ! まるで〝騎士〟って感じの……姿だった。けど、あれはエネミーじゃ……。レミも……見たみたいだな」
「ええ。だからスタッフに言ったのよ、謎の騎士の攻撃でゲームオーバーにされましたって。けど相手にされなかった。なによ、ちょっとくらい不正したからってあんまりよねっ? まあ、《NETdivAR》を体験できただけでも個人的には参加の意義はあったけど。でもでも……むぅ」
(不正した時点で即退場にならなかっただけありがたいけどな……)
腕を組んでご不満プンプン顔のレミに、声に出しては言えない正論を大地は心中でボソッと漏らした。が、あおいの姿がないことにふと気づき、
「そういえばあおいたちは? ゲームオーバーになってないのか?」
と、噂をすれば、ちょうどあおいの声が遠くから届いてきて、
「大地くん、レミちゃん!」
「残念……、あおいもゲームオーバーみたいね。って、どうしたの、そんなに慌てて?」
こちらに駆けてきたあおいは、肩で息をしながらシリアスな顔つきで、
「その、ヒナちゃんがどこにもいなくて!」
「ヒナ? ヒナは仮想体での参戦だからあっちの施設の中じゃないの? ほら、ヘッドマウントディスプレイが必須だし」
「ううん、そこにも! いるはずの場所を探してもどこにも……っ、無線で呼んでも……っ」
「ハァ、嘘だろ? じゃあオレたちとゲームしてたヒナは幽霊ってことか?」
「肉体がどこにもないのは確かにおかしいわね。先に目覚めてどっか行っちゃった? 記憶が戻ってればいいんだけど……。ねえあおい、ヒナもやられたの?」
「鎧の敵が目の前に現れたところまでは覚えてるけど、そのあとのことは……ごめんなさい」
「あおいもソイツを見たのか……。何者だったんだ、あれは?」
ったく、どうしたものかと大地らは頭を悩ませ始めた。しかしその時――――、
『お願い……ザッ……、み……ザッ……な!! 返事……ザッ……して!!』
大地、あおい、レミの三人は思わず顔を見合わせた。
「今、ヒナの声だよなっ?」
「うん、ヒナちゃんの声!」
「耳を澄ませてみて。これ……ノイズ? ノイズが激しいわ」
大地は閉口して耳に意識を傾けると、耳障りな雑音が骨を通して鼓膜に確かに届く。
『……ザッ…………騎士に……ザザッ……攫われ……! ……に、……ザッ……AP……宙……行セン……ザッ……に! 狙……は…………ザッザザッ……らない!!』
が、会話の間もなくブチンと、通信は切断されてしまった。
「騎士って……聞こえたよな? オレたちも見た、あの? てことはヒナだけがゲームオーバーにならずに攫われたってことかよ?」
「そうみたいね。で、攫われた場所がAP……聞き取りづらかったけど、おそらく〝AP宇宙飛行センター〟ってトコらしいわ」
「そこ、知ってるっ。虚数空間の世界にある面白そうな施設を昨日ネットで調べてたんだけど、たしかそこ、宇宙研究の実験施設だったはず。えーっと、ここからも見えるあの建物のこと」
「あれのこと? あー、見るからに宇宙飛行って感じの形してる。よし、場所は近いわ」
「ただ、ちょっと待ってくれ。言っちゃなんだけど、今のヒナってしょせんは仮想体だろ? ぶっちゃけ仮想体で攫われたところで問題あるか?」
ビル群の中でも異彩を放つ白色のロケット型建造物をレミは睨み、顎に手を宛がって、
「ゲームの開始前にもさらっと言ったけど、仮想体っていうのは魂と肉体が分離してる状態とも言えるのよ。ただでさえ私たちには未知な分野だし、仮想体に無理をすれば肉体にどんな影響が及ぶのかが想像できないのよね」
あおいもレミに理解を示して、
「ヒナちゃんは記憶喪失で肉体も見当たらない。いくら仮想体でも放置は危険だよ」
「放置どころか攫われたんだもんな。言われてみると心配になってきた。……ん、攫われた? どこかで聞いた響きのような?」
「何か引っかかるの?」
不思議がるレミとあおいを他所に、大地は少々考えこんで、
「一つ仮説を思いついてさ、聞いてくれるか? 〈拡張戦線〉のストーリーを思い出してくれ」
「ストーリー? エネミーに“攫われた”姫を奪還する話でしょ?」
レミの簡潔な要約に、あっと反応したのはあおいで、
「攫われたことがヒナちゃんと共通してる?」
「いやいや、ただの偶然じゃない?」
「まあ、今回ヒナが攫われたことは偶然かもしれん。けどさ、〈拡張戦線〉のストーリーに不自然というか、違和感を覚えた部分ってなかったか?」
そうして順風満帆だった彼の人生は一転して、歯車が狂い始める。
「研究も極度の不振に陥り、権威は失墜。おまけに妻との離婚、研究仲間の自殺も重なる始末。やがて彼は血迷ったのか、はたまた逃げの精神か、『苦しみのない自分だけの世界を創りたい』と望むようになったのよ」
「その望み、精神的な異常が要因なの?」
「その説が有力だけど、ハッキリとは……。ただ彼の専門分野の一つ、カオス・フラクタルの研究で培った〝人間関係のネットワーク〟が世界創造の理論の礎にはなったらしいわね」
詳しい理論は高校生の私では理解不可能だけど。蒼穹祢はそう付け足した。
「まったくバカげた話でしょ? けどね、周囲から嘲笑わられる中、彼は研究を重ねてついに理論を完成させてしまったのよ」
蒼穹祢は肩をすくめて、
「この世界はある概念が柱となって成立しているの。その概念とやら、何かわかるかしら?」
「概念? ンなこと訊かれても、全然見当が……」
大地に続き、レミも首を横に振った。
蒼穹祢は凛々とした大きな目を静かにつむり、
「〝空想〟よ。現実には存在し得ない世界を、ヒトが創り上げた空想を鍵にして創り出したの」
空想――、そのワードを耳にした大地はハッと声を上げ、
「セリアが言ったことって、そういうことだったのか……」
――ここは夢と空想で創られたおとぎ話のような世界――。虚数空間の世界にやって来る直前に、セリアが言っていた言葉だ。
「ただ空想とは言っても、私やお二人のそれでは成立不可ね。純粋で穢れのない、豊かな人間関係の下で育った心、それが世界を創るうえでの絶対条件になるわ」
「そんなのガキでも聖人でもない限り無理だろ」
「発想はそれで正解よ。創造主率いる研究チームは小説家と科学者の間に子を産ませたの。〝想像力〟と〝頭脳〟を併せ持った子を得るためにね。そうして誕生した〝種〟を、研究チームは五年の歳月をかけてじっくりと育て上げた」
「その〝種〟をどう使ってどう空間を? 〝種〟の脳内映像を、装置か何かで私たちに見せてるってこと?」
「そんな生易しいものではないわ。なにせ、創造主の名が知られていないほどの行いだから。現実はもっと残酷で、冷酷」
ゴクリと、同時に生唾を呑み込んだ大地とレミ。
「空想を世界へと変換させるために、少女の肉体をあるものへと引き換えさせた。その少女の名前、心当たりがあるはずでしょ?」
「まさか……、オイ」
思い寄るのは、虚数空間の世界を訪れた際、何も知らない研究部の三人に手を差し伸べてくれた仮面の少女。自身を人間ではなく、情報生命体だと自称していた。
「察したようね。そう――、セリアよ。彼女は神代一族の欲望の犠牲になり、情報生命体というものに昇華させられてしまった。彼女の意思なんて無視して……ッ」
強く、蒼穹祢は拳を握った。わずかな瞬間、翳りをその顔立ちに浮かべて。
「この世界の果てはセリアの心の壁で、決して晴れない闇夜は彼女の心そのもの……、と言われているくらいに……。きっとセリアは神代一族の人間を恨んでいるはず。科学の闇に巻き込まれて、思うがままに利用されて……」
大地は形容のできないあやふやな感情を胸に抱いたまま、無言で床下を睨んだ。
(それが〝科学の闇〟ってヤツなのか……? 街並み観て、ゲームして、単純に科学スゲェとしか思ってなかったけど……。なんだよ、眩しい光の裏には大きな影があるってことかよ!?)
蒼穹祢は組んだ脚を解くと、両足をストンと床に着け、
「そういえばお二人はあの高校生宇宙飛行プロジェクトを研究しているんだったわね」
「そ、そうよ?」
まさか自分からプロジェクトに触れるとは。レミはそんな反応をする。
「ご存じかもしれないけど、この〈拡張戦線〉で得られていた《NETdivAR》のデータは宇宙飛行プロジェクトにも使われる予定だったの」
「どういった形で使われる予定だったのかは知ってますか?」
「いえ。研究チームは未来都市や虚数空間の世界から研究を委託されているだけで、具体的な目的は聞かされていないわ。そのレベルで秘匿だったのよ、あのプロジェクトは」
「そうなのね……」
「けれどあのプロジェクトが失敗に終わったところで、《NETdivAR》は目的を失ったわけではないわ。だから〈拡張戦線〉はまだ行われているのよ。その目的は私にもわからないけどね」
そうして蒼穹祢は、研究部の二人に青髪の掛かる背を向けて、
「質問に答えたことだし、私は去ることにするわ」
「いろんなこと教えてくれてありがとうございます」
「手助けをしてくれて礼を言うわ。セリアのことも教えてくれて助かったわ」
「どういたしまして」
彼女は簡素に返して立ち去ろうとした。しかし、
「覚悟は決まったわ。また、すぐにあなたたちと逢う時がくるのかも」
そして離れ離れの大地とレミ、あおいとヒナは合流を目指し、それぞれが協力してエリアをひた走る。エネミーに遭遇しても臆せず戦い、分が悪いと踏んだら逃げ、再び合流できることを信じながら。簡単にゲームオーバーになってたまるものか、そんな思いで彼らは戦い抜く。
『姫を救いたい想いを一心に抱くヒーローたちの強さを前に散っていくエネミー。失敗に終わったかのように見えた、王国の征服というエネミーの野望。希望の光を見出す国民。けれどもその野望はまだ終わっていなかった。そして立ち上がる、エネミーの女王〈バタフライ〉』
新たな展開を語るナレーションを耳にし、
―― 立ちはだかる最強のエネミーから姫を救い出せ! ――
真っ白に映えるフォントを目にした直後。
〝それ〟が起きたのは双方が顔を合わせる間際の、風のように現れた〝騎士〟を目撃した瞬間のことだった。
3
「……――はっ!!」
跳ねるように起き上がると、周囲にはARのエネミーではなく、生身の人間たちが群がっていた。ゲームのスタッフ、それにプレイヤーたちのようだ。周りの景観にも見覚えがあって、ひょっとしてここはゲームの参加受付を行った集会テントの下だろうか。
(あれ……。オレ、寝てた? いやいや、もうちょいであおいたちと合流できそうだったところで? でも、たしか寸前に……)
いま腰を据えているのは簡易ベッドの上。近隣を今一度見回すと、寝台で横になる者らがちらほらと伺えた。ため息を含んだ本意無い面持ちをしているプレイヤーも見られたことから、生じた嫌な予感にクシャリと橙髪を掴んだその時、
「あら、お目覚めのようね。どう、身体の調子は? 悪いところはない?」
人の集まりを潜り抜けて現れた、直前まで行動を伴にしていたレミ部長が声をかけてきた。
「おう、身体は大丈夫だ。ってそれよりも、オレたちってひょっとして……」
ふぅ、と力なく息をついたレミは大地の隣に腰掛け、やれやれと手を広げて、
「そうよ、ゲームオーバー。《パラレルコネクタ》も無線通信しか使えないし、ARはもう見えないわ。ほんと、目覚めた時はビックリした。大地は覚えてる? 気を失う前に見たこと」
「ああ、シルバーの鎧を見たんだ! まるで〝騎士〟って感じの……姿だった。けど、あれはエネミーじゃ……。レミも……見たみたいだな」
「ええ。だからスタッフに言ったのよ、謎の騎士の攻撃でゲームオーバーにされましたって。けど相手にされなかった。なによ、ちょっとくらい不正したからってあんまりよねっ? まあ、《NETdivAR》を体験できただけでも個人的には参加の意義はあったけど。でもでも……むぅ」
(不正した時点で即退場にならなかっただけありがたいけどな……)
腕を組んでご不満プンプン顔のレミに、声に出しては言えない正論を大地は心中でボソッと漏らした。が、あおいの姿がないことにふと気づき、
「そういえばあおいたちは? ゲームオーバーになってないのか?」
と、噂をすれば、ちょうどあおいの声が遠くから届いてきて、
「大地くん、レミちゃん!」
「残念……、あおいもゲームオーバーみたいね。って、どうしたの、そんなに慌てて?」
こちらに駆けてきたあおいは、肩で息をしながらシリアスな顔つきで、
「その、ヒナちゃんがどこにもいなくて!」
「ヒナ? ヒナは仮想体での参戦だからあっちの施設の中じゃないの? ほら、ヘッドマウントディスプレイが必須だし」
「ううん、そこにも! いるはずの場所を探してもどこにも……っ、無線で呼んでも……っ」
「ハァ、嘘だろ? じゃあオレたちとゲームしてたヒナは幽霊ってことか?」
「肉体がどこにもないのは確かにおかしいわね。先に目覚めてどっか行っちゃった? 記憶が戻ってればいいんだけど……。ねえあおい、ヒナもやられたの?」
「鎧の敵が目の前に現れたところまでは覚えてるけど、そのあとのことは……ごめんなさい」
「あおいもソイツを見たのか……。何者だったんだ、あれは?」
ったく、どうしたものかと大地らは頭を悩ませ始めた。しかしその時――――、
『お願い……ザッ……、み……ザッ……な!! 返事……ザッ……して!!』
大地、あおい、レミの三人は思わず顔を見合わせた。
「今、ヒナの声だよなっ?」
「うん、ヒナちゃんの声!」
「耳を澄ませてみて。これ……ノイズ? ノイズが激しいわ」
大地は閉口して耳に意識を傾けると、耳障りな雑音が骨を通して鼓膜に確かに届く。
『……ザッ…………騎士に……ザザッ……攫われ……! ……に、……ザッ……AP……宙……行セン……ザッ……に! 狙……は…………ザッザザッ……らない!!』
が、会話の間もなくブチンと、通信は切断されてしまった。
「騎士って……聞こえたよな? オレたちも見た、あの? てことはヒナだけがゲームオーバーにならずに攫われたってことかよ?」
「そうみたいね。で、攫われた場所がAP……聞き取りづらかったけど、おそらく〝AP宇宙飛行センター〟ってトコらしいわ」
「そこ、知ってるっ。虚数空間の世界にある面白そうな施設を昨日ネットで調べてたんだけど、たしかそこ、宇宙研究の実験施設だったはず。えーっと、ここからも見えるあの建物のこと」
「あれのこと? あー、見るからに宇宙飛行って感じの形してる。よし、場所は近いわ」
「ただ、ちょっと待ってくれ。言っちゃなんだけど、今のヒナってしょせんは仮想体だろ? ぶっちゃけ仮想体で攫われたところで問題あるか?」
ビル群の中でも異彩を放つ白色のロケット型建造物をレミは睨み、顎に手を宛がって、
「ゲームの開始前にもさらっと言ったけど、仮想体っていうのは魂と肉体が分離してる状態とも言えるのよ。ただでさえ私たちには未知な分野だし、仮想体に無理をすれば肉体にどんな影響が及ぶのかが想像できないのよね」
あおいもレミに理解を示して、
「ヒナちゃんは記憶喪失で肉体も見当たらない。いくら仮想体でも放置は危険だよ」
「放置どころか攫われたんだもんな。言われてみると心配になってきた。……ん、攫われた? どこかで聞いた響きのような?」
「何か引っかかるの?」
不思議がるレミとあおいを他所に、大地は少々考えこんで、
「一つ仮説を思いついてさ、聞いてくれるか? 〈拡張戦線〉のストーリーを思い出してくれ」
「ストーリー? エネミーに“攫われた”姫を奪還する話でしょ?」
レミの簡潔な要約に、あっと反応したのはあおいで、
「攫われたことがヒナちゃんと共通してる?」
「いやいや、ただの偶然じゃない?」
「まあ、今回ヒナが攫われたことは偶然かもしれん。けどさ、〈拡張戦線〉のストーリーに不自然というか、違和感を覚えた部分ってなかったか?」