「エネミーはフェーズ4だけじゃないよ、フェーズ5以外全部! だから私とレミちゃんでとにかくフェーズ4を撃って、大地くんとあおいちゃんで近寄るエネミーを対処してください!」
「OK、絶対に守ってやんよ!」
「レミちゃん、ヒナちゃん、根気強くねっ」
レミとヒナの背後を狙うように、フェーズ2の〈ラビット〉が鋭い爪を、2メートル超えの巨体から繰り出した。しかし、
「うらああッ、させねえよ!」
大地が剣で爪を裂き、続けてあおいが拳を二発、トドメに豪快な蹴りを腹部に食らわせて撃破する。だが、休む暇もなく襲撃を企てるフェーズ3〈ライオン〉、フェーズ1〈ドッグ〉、〈キャット〉の軍勢に苦戦を強いられる大地たち。
「くっそぅ! どんだけいるんだよ!!」
攻撃を避けようと動いても、行動を先読みされたのではないかと思えてしまうほどに、的確なタイミングでフェーズ3の群れがプレイヤーを襲撃する。
「キャッ!」
「あおいちゃん!? くっ、しまった!」
「あおい、ヒナ!!」
敵を対処しながら大地は声の方を垣間見た。そしたらあおいとヒナが〈スパイダー〉の糸に巻きつかれてしまっている。そのうえ捕まる彼女らを見据えた〈エレファント〉が甲高く鳴き、ドスンと巨体を鳴らして突進を開始する。
「大地、こっちもヤバいわ! もうっ、どんなクソゲーよこれ!!」
すぐ目を戻せば、あおいたちに気を取られている隙に、大地は数頭のフェーズ3に全身を噛みつかれていた。微弱な電流が連続的に流れ、HPゲージは刻一刻とゼロに近づく。
「レミちゃん、大地くん、助けて!」
(考えろ、考えるんだ……。これはゲーム……、攻略法がある前提で作られてるんだ、絶対! 考えろ、とにかく頭を捻ろ……)
大地は目をつむり、脳をフルに働かせた。しかれど微弱な電流に〈エレファント〉の足音、そして消えては生まれるプレイヤーの悲鳴が彼の思考をプツンと遮る。
「あああッ……、どうしろってんだ――――ッ!?」
悲痛な叫びを上げ、身体を噛み続ける豹を剣で乱暴に突き刺そうとした瞬間、
パリンと、――――〝砕ける〟エフェクト音が一斉に響き渡ったのと同じタイミングで、プレイヤーを囲っていたエネミーがすべて、例外なく消えた。
「な……っ!?」
満開の桜が散りゆく様のように、街灯の光を浴びた銀の塵が暗闇に散ってゆく。
「――――不正行為で倒したわ」
声の主は、チームリーダーのレミ。
「一か八かの賭けだけど、ヘルプの検索バーにデータベースを攻撃するコマンドを入力したのよ。“未来人の落とし物”にあったデータを参考にしてね」
〈拡張戦線〉のシステムの根幹となるデータベースには、エネミーの情報を管轄する領分が必然的に存在する。レミが行ったのはその領分を、悪意ある意図的なコマンドを外部から入力することにより攻撃する、“SQLインジェクション”と呼ばれる手法だ。
「ゲームをプレイするうえでは論外なワザだから使いたくなかったけど、さすがにこのゲームバランスにはウンザリだわ。やれやれ、仕切り直しね」
「やるじゃんレミ! これならオレたち優勝じゃね? ……って、仮にこれで賞金貰っても犯罪だな。まあ、返上でいいけどさ」
あおいはホッと胸を撫で下ろしていたが、ヒナは大きな瞳を半目に閉じて、訝しげに、
「いくらなんでもSQLインジェクションで倒せるなんて……。虚数空間の世界のセキュリティがそんなことを許すとは、ちょっと……」
「ああ、レミはちょっとした事情でゲームのシステムを知ってるんだ。だからそういう隠しコマンドも覚えてるんだよな?」
しかし、レミもレミでう~んと唸り、
「いや、ヒナと同意見。あの程度を対策してないのはどうなの、って思うわ。システムの作り手はまず対策することなのよ、SQLインジェクションってのは。クラッキングに詳しくない私の攻撃が通用するのはさすがに変だわ」
これじゃあわざと不正を許したみたいだな、大地はそう口走ろうとした。が、
『勇者の不正に怒る女王〈バラフライ〉。必ず勇者を潰すと女王は心に誓い、自らの分身を、不正を犯した勇者へ容赦なく解き放つ』
突として聞こえたナレーションに、四人は心ともなく互いの顔を見合わせる。
「分身って……言った?」
「嘘、だよね?」
すると、周囲一帯の空間がキラキラとラメのように煌めいた。まるで妖精が降臨しそうな前触れのように。そうして生き残るプレイヤーを囲む形で、
「まさか、……これがフェーズ5? チートのペナルティって……わけ?」
輝きの中から現れた、赤いプリンセスラインのドレスをあしらった年ごろの少女たち。特徴的なのは、ブルーを帯びた黒い蝶柄の羽根をその背で羽ばたかせているという点か。彼女らの身長を優に超す羽根は、見る者を思わず見惚れさせてしまうほどの美しさを誇っている。
水色の髪の頭上、赤いフォントで示される彼女らの名は――『Fase5 Butterfry Dummy』。
大地が顔をしかめたその時――、
「あ、ぐっ!! なんだ!?」
痛むような眩さに、反射的に目を腕で遮った大地。紅蓮の炎が瞬く間に辺りを覆い尽くしていた。いきり立つ炎の波は、すべてを焼き尽くす灼熱の地獄そのものだ。
戸惑うプレイヤーたちの反応を愉しむように、クスクスと喉を鳴らした〈バラフライ〉は羽根を仰ぐ。灼熱の正体は彼女らが繰り出した火属性の魔術攻撃だった。
「マズイ、レミ! HPの減りがヤバイ!」
「わかってるわ! 全速力で――……」
だが、レミが言い切る寸前。視界のすべてを奪うほどの水が大量に、滝のごとく降り注いだのだ。
(あああああッ!? なんだこの水量! 身動きが……取れねぇ!!)
連続的な痺れで一歩たりとも動けない彼らに追い打ちをかけるように、一帯に眩い閃光が走った。コネクタから流れる強めの電流がプレイヤーを容赦なく襲う。
依然、気味の悪い笑みを飽きもせずに浮かべている〈バタフライ・ダミー〉。
(ここは……逃げるしか!)
光のうねりが消えたのを見計らい、大地は仮想ウィンドウの右下にあるボタンをタッチした。所有ウェポンの一覧から〈ホワイトアウト〉を選択し、瞬く間に一面が白く包まれる。
大地は近くにいたレミの手を掴むと、
「ヒナ、あおい! ここは二手に別れるぞ! 敵を撒いたらまた合流だ!」
それは大地の独断。だがヒナとあおいの返事は受け取ったことを確認し、〈バタフライ・ダミー〉から全力で逃げ出した。
2
「ああもう! チートしただけでこんなペナルティ!? ふざけないで!」
声を荒げるレミに並走する大地はチラリと背後を伺うと、二体の〈バタフライ・ダミー〉が羽根をはためかせ、逃げる自分たちを追い続けている。
(残りHPは六分の一を切ったッ! このまま鬼ごっこしたところでゲームオーバーは確実!)
逃げ惑う二人を追撃するように、背後から強烈な風が吹く。そして風に乗るように、数センチの尖った氷の凶器が吹き荒れた。防御ウェポン〈ガード〉を発動させたとはいえ、ダメージは着実に積もっていく。
「けどね、ただ逃げ回ってるだけじゃないわ! ――エリアEに到着したわよ!」
「エリアE? てことは――……」
「ええ! 研究員のスタッフ……、ゲームの制作者のところまで来れたのよ!」
レミは走りながら仮想ウィンドウのマップを指差す。現在地を示す赤い目印は、確かにエリアEの端で点滅していた。とはいえ、
「それらしいスタッフは見当たらないぞっ?」
「チッ、どこにいるのよ!?」
走り続けて数分、HPに限らず体力も奪われていく。特に持久力が人並み以下のレミは引きつらせた顔を歪め、口からはハッキリと八重歯を覗かせて呼吸を乱していた。
二人の目先には大通りの交差点。ストレート方向にはプレイヤーが確認できず、ならば曲がった先には助けとなる者がいないか、半ば賭けの思いで大地とレミは角を右に曲がった。
しかし、
「キャア!!」
足をもつれさせたレミは、体勢を崩して地面に転倒した。桃色のパーカーがコンクリートを擦る。
「レミ!!」
走りついた勢いを無理矢理止め、横転したレミの下へすぐに駆け寄った大地だが、
「くっ!」
獲物に合わせて飛行の速度を緩めた二体の〈バタフライ・ダミー〉は、大地らの最期を愉しむように、ニタニタと品性の欠片もなく口元を歪めている。
(ここで、終わりか……、さすがに逆転は無理か……。……いや、諦めるなオレ!!)
キッ! と〈バタフライ・ダミー〉を睨んだ大地。しかし彼女らはそれを意に介さず、身体の前に紅蓮の塊を形作る。二体で一つ、真っ赤に輝く凝縮された光の球。
ここ、までか……、しきりに脳裏によぎる諦め。悔しさからか、ギリッと奥歯を噛んだ大地。
けれども。
〈バタフライ・ダミー〉を覆いきるほどの火柱が、突発的に横から放たれた。
ギョッと目を見開き、大地は火柱の噴射元をすぐに目視した。そこには――――、
「神代……蒼穹祢?」
くりくりと大きな瞳、けれども強気な性格を伺わせる鋭い目尻。星模様の髪飾りを頭に添えた、背中の中段まで伸びるきめの細かい青髪をサッと払い、〝冷たいお嬢様〟の異名を冠する少女が仁王立ちをしていた。オレンジのラインが入った白色の戦闘用スーツを身に着け、右手には魔術用ステッキの〈マジック〉を携えて。
「なぜ二人が参戦しているのかは知らないけど、お困りならアシストくらいはしてあげるわ」
クールに告げると、蒼穹祢はステッキを一振り。――強烈な突風が〈バタフライ・ダミー〉に吹き荒れ、敵は十数メートル離れたプレイヤーの近くへと飛ばされてしまった。
「この時点でフェーズ5が投入されているということは、おそらく不正行為でもしたのでしょうけど。けれど、あれは罰則者だけを襲うわけではないから」
飛ばされた〈バタフライ・ダミー〉が近くのプレイヤーを襲撃し始めたのを見届けた蒼穹祢は、何事もなかったかのようにその場を去ろうとした。
横転し、尻もちを付いていたレミはようやく立ち上がり、
「ちょっと、なんでアンタがここにいるの!?」
「話をしたいなら付いてきて。なにせ、屋外ではほとんどの場所でエンカウントする仕様のゲームだし。落ち着いて話をする場所は限られているわ」
まるでゲーム上級者、――否、すべてを知っているかのような口ぶり。大地は直感的にそう思った。このカタブツお嬢様がゲームなんて……、失礼ながら心の中でそう付け加える。
「私がここにいる理由は、私が〈拡張戦線〉の制作チームのメンバーでスタッフだからよ」
蒼穹祢はサラリと口にした。大地とレミは目を真ん丸に開けて顔を見合わせる。
「聞き違い、じゃないよな?」
「いや、私も確かに聞いたわ。制作チームのメンバーって」
「ちょっとした事情からARの研究に携わっているわ。私が録音した音声案内も聴き覚えのあった声じゃないかしら?」
「そういえば……って、助けてもらったけど、スタッフがプレイヤーをサポートしていいのか?」
「本来なら問題だけど、まあ同じ学校の好みとして。それと、どうせ――……」
どこか言葉を濁した蒼穹祢。
「建物の中は基本安全よ。宝箱を開けない限りエネミーの出現は低確率だから」
近寄るエネミーをいとも容易く撃破しながら、後ろの二人を近くのビルに招く。ステッキの先に炎を灯し、怖気づくことなく彼女は階段を上っていく。
「先輩。今ははぐれたけど、記憶喪失になってるプレイヤーと一緒に行動してたんですよ。そのプレイヤーは仮想体で、それが原因なのかはわかんないんですけど。何か知ってます?」
「バイトスタッフから連絡があったわ。残念だけど、……原因はわからないわ。力になれなくてごめんなさい。ゲームが終わったら私たちが原因を調べておくわ」
「そうですか……」
制作チームの人間なら原因を特定できるのではないかと期待していたから、大地は落胆する。
「…………」
「OK、絶対に守ってやんよ!」
「レミちゃん、ヒナちゃん、根気強くねっ」
レミとヒナの背後を狙うように、フェーズ2の〈ラビット〉が鋭い爪を、2メートル超えの巨体から繰り出した。しかし、
「うらああッ、させねえよ!」
大地が剣で爪を裂き、続けてあおいが拳を二発、トドメに豪快な蹴りを腹部に食らわせて撃破する。だが、休む暇もなく襲撃を企てるフェーズ3〈ライオン〉、フェーズ1〈ドッグ〉、〈キャット〉の軍勢に苦戦を強いられる大地たち。
「くっそぅ! どんだけいるんだよ!!」
攻撃を避けようと動いても、行動を先読みされたのではないかと思えてしまうほどに、的確なタイミングでフェーズ3の群れがプレイヤーを襲撃する。
「キャッ!」
「あおいちゃん!? くっ、しまった!」
「あおい、ヒナ!!」
敵を対処しながら大地は声の方を垣間見た。そしたらあおいとヒナが〈スパイダー〉の糸に巻きつかれてしまっている。そのうえ捕まる彼女らを見据えた〈エレファント〉が甲高く鳴き、ドスンと巨体を鳴らして突進を開始する。
「大地、こっちもヤバいわ! もうっ、どんなクソゲーよこれ!!」
すぐ目を戻せば、あおいたちに気を取られている隙に、大地は数頭のフェーズ3に全身を噛みつかれていた。微弱な電流が連続的に流れ、HPゲージは刻一刻とゼロに近づく。
「レミちゃん、大地くん、助けて!」
(考えろ、考えるんだ……。これはゲーム……、攻略法がある前提で作られてるんだ、絶対! 考えろ、とにかく頭を捻ろ……)
大地は目をつむり、脳をフルに働かせた。しかれど微弱な電流に〈エレファント〉の足音、そして消えては生まれるプレイヤーの悲鳴が彼の思考をプツンと遮る。
「あああッ……、どうしろってんだ――――ッ!?」
悲痛な叫びを上げ、身体を噛み続ける豹を剣で乱暴に突き刺そうとした瞬間、
パリンと、――――〝砕ける〟エフェクト音が一斉に響き渡ったのと同じタイミングで、プレイヤーを囲っていたエネミーがすべて、例外なく消えた。
「な……っ!?」
満開の桜が散りゆく様のように、街灯の光を浴びた銀の塵が暗闇に散ってゆく。
「――――不正行為で倒したわ」
声の主は、チームリーダーのレミ。
「一か八かの賭けだけど、ヘルプの検索バーにデータベースを攻撃するコマンドを入力したのよ。“未来人の落とし物”にあったデータを参考にしてね」
〈拡張戦線〉のシステムの根幹となるデータベースには、エネミーの情報を管轄する領分が必然的に存在する。レミが行ったのはその領分を、悪意ある意図的なコマンドを外部から入力することにより攻撃する、“SQLインジェクション”と呼ばれる手法だ。
「ゲームをプレイするうえでは論外なワザだから使いたくなかったけど、さすがにこのゲームバランスにはウンザリだわ。やれやれ、仕切り直しね」
「やるじゃんレミ! これならオレたち優勝じゃね? ……って、仮にこれで賞金貰っても犯罪だな。まあ、返上でいいけどさ」
あおいはホッと胸を撫で下ろしていたが、ヒナは大きな瞳を半目に閉じて、訝しげに、
「いくらなんでもSQLインジェクションで倒せるなんて……。虚数空間の世界のセキュリティがそんなことを許すとは、ちょっと……」
「ああ、レミはちょっとした事情でゲームのシステムを知ってるんだ。だからそういう隠しコマンドも覚えてるんだよな?」
しかし、レミもレミでう~んと唸り、
「いや、ヒナと同意見。あの程度を対策してないのはどうなの、って思うわ。システムの作り手はまず対策することなのよ、SQLインジェクションってのは。クラッキングに詳しくない私の攻撃が通用するのはさすがに変だわ」
これじゃあわざと不正を許したみたいだな、大地はそう口走ろうとした。が、
『勇者の不正に怒る女王〈バラフライ〉。必ず勇者を潰すと女王は心に誓い、自らの分身を、不正を犯した勇者へ容赦なく解き放つ』
突として聞こえたナレーションに、四人は心ともなく互いの顔を見合わせる。
「分身って……言った?」
「嘘、だよね?」
すると、周囲一帯の空間がキラキラとラメのように煌めいた。まるで妖精が降臨しそうな前触れのように。そうして生き残るプレイヤーを囲む形で、
「まさか、……これがフェーズ5? チートのペナルティって……わけ?」
輝きの中から現れた、赤いプリンセスラインのドレスをあしらった年ごろの少女たち。特徴的なのは、ブルーを帯びた黒い蝶柄の羽根をその背で羽ばたかせているという点か。彼女らの身長を優に超す羽根は、見る者を思わず見惚れさせてしまうほどの美しさを誇っている。
水色の髪の頭上、赤いフォントで示される彼女らの名は――『Fase5 Butterfry Dummy』。
大地が顔をしかめたその時――、
「あ、ぐっ!! なんだ!?」
痛むような眩さに、反射的に目を腕で遮った大地。紅蓮の炎が瞬く間に辺りを覆い尽くしていた。いきり立つ炎の波は、すべてを焼き尽くす灼熱の地獄そのものだ。
戸惑うプレイヤーたちの反応を愉しむように、クスクスと喉を鳴らした〈バラフライ〉は羽根を仰ぐ。灼熱の正体は彼女らが繰り出した火属性の魔術攻撃だった。
「マズイ、レミ! HPの減りがヤバイ!」
「わかってるわ! 全速力で――……」
だが、レミが言い切る寸前。視界のすべてを奪うほどの水が大量に、滝のごとく降り注いだのだ。
(あああああッ!? なんだこの水量! 身動きが……取れねぇ!!)
連続的な痺れで一歩たりとも動けない彼らに追い打ちをかけるように、一帯に眩い閃光が走った。コネクタから流れる強めの電流がプレイヤーを容赦なく襲う。
依然、気味の悪い笑みを飽きもせずに浮かべている〈バタフライ・ダミー〉。
(ここは……逃げるしか!)
光のうねりが消えたのを見計らい、大地は仮想ウィンドウの右下にあるボタンをタッチした。所有ウェポンの一覧から〈ホワイトアウト〉を選択し、瞬く間に一面が白く包まれる。
大地は近くにいたレミの手を掴むと、
「ヒナ、あおい! ここは二手に別れるぞ! 敵を撒いたらまた合流だ!」
それは大地の独断。だがヒナとあおいの返事は受け取ったことを確認し、〈バタフライ・ダミー〉から全力で逃げ出した。
2
「ああもう! チートしただけでこんなペナルティ!? ふざけないで!」
声を荒げるレミに並走する大地はチラリと背後を伺うと、二体の〈バタフライ・ダミー〉が羽根をはためかせ、逃げる自分たちを追い続けている。
(残りHPは六分の一を切ったッ! このまま鬼ごっこしたところでゲームオーバーは確実!)
逃げ惑う二人を追撃するように、背後から強烈な風が吹く。そして風に乗るように、数センチの尖った氷の凶器が吹き荒れた。防御ウェポン〈ガード〉を発動させたとはいえ、ダメージは着実に積もっていく。
「けどね、ただ逃げ回ってるだけじゃないわ! ――エリアEに到着したわよ!」
「エリアE? てことは――……」
「ええ! 研究員のスタッフ……、ゲームの制作者のところまで来れたのよ!」
レミは走りながら仮想ウィンドウのマップを指差す。現在地を示す赤い目印は、確かにエリアEの端で点滅していた。とはいえ、
「それらしいスタッフは見当たらないぞっ?」
「チッ、どこにいるのよ!?」
走り続けて数分、HPに限らず体力も奪われていく。特に持久力が人並み以下のレミは引きつらせた顔を歪め、口からはハッキリと八重歯を覗かせて呼吸を乱していた。
二人の目先には大通りの交差点。ストレート方向にはプレイヤーが確認できず、ならば曲がった先には助けとなる者がいないか、半ば賭けの思いで大地とレミは角を右に曲がった。
しかし、
「キャア!!」
足をもつれさせたレミは、体勢を崩して地面に転倒した。桃色のパーカーがコンクリートを擦る。
「レミ!!」
走りついた勢いを無理矢理止め、横転したレミの下へすぐに駆け寄った大地だが、
「くっ!」
獲物に合わせて飛行の速度を緩めた二体の〈バタフライ・ダミー〉は、大地らの最期を愉しむように、ニタニタと品性の欠片もなく口元を歪めている。
(ここで、終わりか……、さすがに逆転は無理か……。……いや、諦めるなオレ!!)
キッ! と〈バタフライ・ダミー〉を睨んだ大地。しかし彼女らはそれを意に介さず、身体の前に紅蓮の塊を形作る。二体で一つ、真っ赤に輝く凝縮された光の球。
ここ、までか……、しきりに脳裏によぎる諦め。悔しさからか、ギリッと奥歯を噛んだ大地。
けれども。
〈バタフライ・ダミー〉を覆いきるほどの火柱が、突発的に横から放たれた。
ギョッと目を見開き、大地は火柱の噴射元をすぐに目視した。そこには――――、
「神代……蒼穹祢?」
くりくりと大きな瞳、けれども強気な性格を伺わせる鋭い目尻。星模様の髪飾りを頭に添えた、背中の中段まで伸びるきめの細かい青髪をサッと払い、〝冷たいお嬢様〟の異名を冠する少女が仁王立ちをしていた。オレンジのラインが入った白色の戦闘用スーツを身に着け、右手には魔術用ステッキの〈マジック〉を携えて。
「なぜ二人が参戦しているのかは知らないけど、お困りならアシストくらいはしてあげるわ」
クールに告げると、蒼穹祢はステッキを一振り。――強烈な突風が〈バタフライ・ダミー〉に吹き荒れ、敵は十数メートル離れたプレイヤーの近くへと飛ばされてしまった。
「この時点でフェーズ5が投入されているということは、おそらく不正行為でもしたのでしょうけど。けれど、あれは罰則者だけを襲うわけではないから」
飛ばされた〈バタフライ・ダミー〉が近くのプレイヤーを襲撃し始めたのを見届けた蒼穹祢は、何事もなかったかのようにその場を去ろうとした。
横転し、尻もちを付いていたレミはようやく立ち上がり、
「ちょっと、なんでアンタがここにいるの!?」
「話をしたいなら付いてきて。なにせ、屋外ではほとんどの場所でエンカウントする仕様のゲームだし。落ち着いて話をする場所は限られているわ」
まるでゲーム上級者、――否、すべてを知っているかのような口ぶり。大地は直感的にそう思った。このカタブツお嬢様がゲームなんて……、失礼ながら心の中でそう付け加える。
「私がここにいる理由は、私が〈拡張戦線〉の制作チームのメンバーでスタッフだからよ」
蒼穹祢はサラリと口にした。大地とレミは目を真ん丸に開けて顔を見合わせる。
「聞き違い、じゃないよな?」
「いや、私も確かに聞いたわ。制作チームのメンバーって」
「ちょっとした事情からARの研究に携わっているわ。私が録音した音声案内も聴き覚えのあった声じゃないかしら?」
「そういえば……って、助けてもらったけど、スタッフがプレイヤーをサポートしていいのか?」
「本来なら問題だけど、まあ同じ学校の好みとして。それと、どうせ――……」
どこか言葉を濁した蒼穹祢。
「建物の中は基本安全よ。宝箱を開けない限りエネミーの出現は低確率だから」
近寄るエネミーをいとも容易く撃破しながら、後ろの二人を近くのビルに招く。ステッキの先に炎を灯し、怖気づくことなく彼女は階段を上っていく。
「先輩。今ははぐれたけど、記憶喪失になってるプレイヤーと一緒に行動してたんですよ。そのプレイヤーは仮想体で、それが原因なのかはわかんないんですけど。何か知ってます?」
「バイトスタッフから連絡があったわ。残念だけど、……原因はわからないわ。力になれなくてごめんなさい。ゲームが終わったら私たちが原因を調べておくわ」
「そうですか……」
制作チームの人間なら原因を特定できるのではないかと期待していたから、大地は落胆する。
「…………」