戦いの中、ヒナとともに屋外のテラスに出た大地は、エネミーを相手にしながらざっと街並みを見通した。左右と前方に六車線の道路がそれぞれ伸びていて、その両脇に並び連なる十数階建てのビル群が、星空が生む光を浴びている。
(4平方キロメートルだっけ、フィールドの広さは。そこかしこでこんな数のエネミーとエンカウントするとしたら、生き残り続けることなんざまず無理だ)
 大地らの目的はあくまでゲームの勝利ではない。ヒナの記憶喪失も含めた研究部が迫る謎は、より長くゲームをプレイした先にあるのだ。
 停止している外のエスカレーターを下って、金属モニュメントの近くへと降り立った大地とヒナ。そしたら一階でエネミーと対峙していたレミたちと合流をする。二人とも、早くも疲れの色を顔に滲ませていた。
 だがしかし、彼らには一時の休む間も与えられなく――――、
「って今度はチーター……、それにライオンも!?」
 前方。ズラリと横一線に並ぶのは、それぞれが地上最速の生き物、百獣の王と評されるネコ科の哺乳類だ。『Fase3 Cheetah』、『Fase3 Lion』の赤いフォントがエネミーの上に示される。
「おいおい……あおい、ネコ科のヤツらには喜ばないのか?」
「や……っ。チーターには追いかけっこじゃまず勝てないよ……、二秒でらくらく車を追い越しちゃうくらいだから。ライオンだって自分よりもうんと大きい生き物を殺しちゃうし……」
 あおいは怯えを見せると、身を縮めこませ、ジリッと退いた。
(くっ、経験不足をヒシヒシと感じるぜ。思ってたよりもずっと難易度が高いゲームだわ)
 レミはハンドガンでエネミーを牽制しつつ、他の三人に、
「いったん引きましょう! このまま闇雲にプレイを続けたところで成果は得られないわ! 場所を変えて立て直さないと!」
「つってもレミ、逃げ場なんてあるのか!? フィールドなんてどこ行ったところで……」
「ひょっとしたらここのエンカウント率が高いだけかもしれないわ! だったらまずは狭い場所を選んでみましょう! エネミーの数は相対的に減るはずよ!」
「わかった、急ごう!」
 レミの指差す先。六車線の道路を渡った先にある高さ一〇階相当のペンシルビルへ、状況を立て直すために四人は駆け出した。

       ◇

 ペンシルビルに突入するも、内部に灯りはない。響くのは大地、レミ、あおい、ならびにヒナの足音、布音のみ。そして四人は階段の手前で足を止めて、
「ラッキー、ここはエンカウント率が低そうね」
「だな。とはいえ、ここでじっとしててもなんにも始まらねえけど」
「そうだね、エリアEに向かわないと」
 研究部の三人の言葉を前にヒナは、うーんと首を捻り、
「今からの方針は二つ考えられるね。一つは、エネミーから隠れてしばらく様子を見る。もう一つは、低レベルのエネミーしか出ない今のうちに前線に出て戦う」
 窓からひょっこり外を伺った大地。路面に散るプレイヤーたちがフェーズ3のエネミーと対峙している。誰も彼もが経験者なのか、優れた武器捌きでエネミーを蹴散らしていた。
「低レベルとはいえ、経験の浅いオレたちが前線に出てもすぐにゲームオーバーになるだけだな。だったら慎重にゲームを進めていこうぜ」
「うん、賛成」
 あおいがうなずく中、レミは仮想体の拳銃を見つめて、
「それでどう、ヒナ? 少しは記憶、戻った?」
 ヒナは迷路で迷ったような顔で腕組みをし、首を横に振る。
「まだ、全然。プレイしたら何か掴めるかも、とは思ったんだけど……。ごめんね」
「まだ始まったばかりだし気にすることないよ、ヒナちゃん」
「焦ることはないさ。焦って失敗することってよくあるからな」
 そうね、とレミも口にして、
「で、慎重に事を進めるにしてもどうする? 私の考えだけど、まず〝ウェポン〟を見つける必要があると思うのよ。武器も進化させられるし、属性だって付加できる。ゲームを有利に進めていくためには、ウェポンは不可欠だわ」
「よし、このビルでウェポンを探そう。それに今のところエネミーは出てないけど、完全にエンカウントしないかどうかの検証も兼ねようじゃねえか」
 もし散策の中でエネミーの出現が建物の中でなければ、その事実はこれよりゲームをプレイするうえで貴重な情報となるだろう。
 近接戦闘型の大地を先頭に階段を上る四人。最先端科学の世界に拠点を構えているはずなのにどこか古めかしい、埃が被ったような匂いが鼻を柔く刺激する。そしてエネミーに遭遇しないまま二階に到着した。三階には向かわず、四人はすぐ左手のフロアに入室し、
「へー、狭いけどゴチャゴチャしてるね」
 ヒナは恐れ知らずで部屋の中を進んでいく。
「ねぇねぇみんな、これ見て」
 隅で見つけたのか、あおいは結った二本髪を垂らすような中腰の姿勢で何かを凝視している。他の三人も彼女に近寄った。
「これ、ウェポンが入った宝箱じゃないかな?」
 あおいの目先の床には、一メートル四方の宝箱が置かれていた。発見者のあおいが焦げ茶色の表面に触れると蓋が開き、中から緑色に発光するキューブが現れる。キューブの上には『Recovery《リカバリー》』の青いフォントが示された。
「へぇ、HPを回復させるウェポンだって。レミちゃんが使ってよ」
 メンバーの中で最もHPを減らしていたレミはウェポンを受け取り、HPを回復させる。
「〈リカバリー〉はHPを半分回復させるのね。もっとあればいいけど」
「お、棚にもいっぱいあるぞ!」
 大地が発見したステンレス製の棚には、計六つの宝箱が並んでいた。彼が次々と宝箱に触れると、赤、青、黄、緑、銀、黒色のキューブが浮き上がる。順に〈バースト〉、〈ガード〉、〈セカンド〉、〈リカバリー〉、〈エレメント〉、〈リバイバル〉と呼ばれるウェポンらしい。
「〈セカンド〉があるじゃねーか! それに〈エレメント〉も!」
 〈セカンド〉は武器を進化させるウェポンで、〈エレメント〉は武器攻撃に水・火・雷・氷・光・闇のうちの一属性をランダムに纏わせるウェポンだ。話し合いの結果、あおいが〈セカンド〉を、ヒナが〈エレメント〉を使うことになった。
「わっ、グローブが白くなった。攻撃力アップだって」
 はっとするあおいの横でヒナは壁に狙撃銃を撃つと、銃弾は赤い糸を引くように闇を裂き、
「ほぉ~、火の属性を当てたみたい。これが当たりか外れかどうかはわからないけど」
「ヘルプで調べてみたんだけど、エネミーには弱点になる属性があるんだって。たとえば〈フィッシュ〉だったらヒナの当てた火属性に弱いとか」
「逆に耐性のある属性も設定されてるみたいだな。〈フィッシュ〉は火属性に弱いけど、水属性には強いみたいだ」
 一定時間攻撃力アップの〈バースト〉は大地が、一定時間耐久力アップの〈ガード〉はレミが、残りの〈リカバリー〉はヒナが所有した。
「あん? なんだ、〈リバイバル〉って?」
 左端で浮いている黒いキューブ。大地はヘルプを確認すると、『HPがゼロになった直後、30秒間の復活が可能なウェポン。出現確率は1%』というポップアップが表示された。
「さんじゅう……びょう? ハァ? それだけ? どこがレアアイテムなんだよ……」
 微塵も幸運を感じなかった大地は、「いらないならちょーだい」とせがむレミにくれてやった。
「さーて、使えそうなモンはないかなー?」
 部屋の隅々まで宝箱を散策していく大地だが、
「大地くん、後ろ――――!!」
 劈くようなヒナの叫びに大地は振り返ると、二頭の〈チーター〉が歯をむき出して、すでに彼の目先まで迫っていたのだ。視界の悪い暗闇で、刺々しい殺気が全身に植えつけられる。
「って、うわあ! くッ!!」
 大地は飛び込むように横へとダイブし、縦に詰まれたダンボール箱へ派手に身体を預ける。箱はクシャクシャに拉げ、傍の棚が耳障りな金属音をガシャンッ! と鳴らす。
 すぐに体勢を立て直した大地は、方向を変えて突進してきた〈チーター〉に慌てて剣を振り抜いた。だが即死とはならず、二頭の獣の噛みつきを食らってしまう。
「って、マズイわ! いつの間に!?」
 フェーズ1、2、3のエネミーが、狭いフロアを埋めるように立て続けに現れる。
「みんな、こっちよ! 無理に戦う必要はないわ!」
 出入口の近くでメンバーに呼びかけるレミ。
「だな! こんなクソ狭い部屋でどんだけ出るんだよ!」
 拡張世界(コンプレックスフィールド)で生きる仮想体のエネミー。いくら生身に噛みつこうともプレイヤーの身動きへの干渉はできない。大地は己の右腕、左脚に食いつく二頭の〈チーター〉にひたすら刃を刻みつつ、あおいに引っ張られながらフロアを走る。
 ヒナ、あおいに始まり、最後の大地が出入口を通るや否や、レミは急いで扉を閉めた。
「たぶん宝箱を開けるとエネミーが出る仕様になってるんだろうね」
「クソッ、性格の悪い制作チームだな」
 大地がぜえはあと呼吸を整える中、それでもレミは薄く唇を伸ばして、
「けど、ウェポンは手に入れられたわね。エンカウントしない場所こそ見つけられなかったけど、少しずつ攻略の糸口が見えてきたんじゃない?」
「ああ、確かに成果はあった。よし、ウェポンも手に入れたし外に出るか」
 序盤はどうなることかと危ぶまれた〈拡張戦線〉。だが、攻略の糸口が掴めてきたことで緊迫感に満ちていた四人の顔にも、余裕や期待感が見え始める。
 こうしてその良い流れを保ったまま、大地らは建物の外に出ることにした。
 けれど、しかし――……。

『ヒーローの強さを前に散る数々のエネミー。人類の勝利か? 次第に期待を抱き始める国民たち。けれども女王〈バタフライ〉にしてみれば、これまで解き放ったエネミーなど序の口。彼女はヒーローたちをあざ笑うかのように、より凶暴なエネミーを解き放つ』

 突如流れるナレーション、そして視界にはくっきり映える真っ白なフォントで、

 ―― 〈バタフライ〉が繰り出す切り札。凶暴なエネミーに怯まず、囚われの姫を助けるべく覚悟を決めろ! ――

       ◇

 外に出た大地は思わず目を疑った。
「……な、なんだよ……これ?」
 ジリッと、擦るように引き下がる。
「どうして壊滅状態なんだよ……」
 ビルの窓から覗いた時は、“彼ら”はエネミーの対処をしながらも、プレイヤー同士悠長に会話を交わしているように見えた。だからこそ今の惨状は予想だにしていなかったのだが……。
 ――少し前に流れたナレーション。プレイヤーに太い糸を吐く、それは人の背丈の三倍はあろうかという赤黒い蜘蛛が、そして蜘蛛が吐き出す糸に絡まれた者を轢くために猛突進をする巨体の象が、その“凶暴なエネミー”――フェーズ4というわけか。
 そこにいる十数人のプレイヤーたちは意識なく路面に横たわるか、死にもの狂いで攻防を続けているかで、例外は何一つなかった。
「心が折られるわね……。〈スパイダー〉に〈エレファント〉、フェーズ3がかわいく見えるレベルだわ」
「…………、どうやって勝つんだよ、アレに」
 ごくりと喉を鳴らして前面の惨状を見つめる四人。そしたら〈エレファント〉の突進を受けた少年の一人はフラッと意識を失い、その場に倒れた。
(なんつー威力!? って、あの蜘蛛こっち来てるし!!)
 巨大な赤黒い蜘蛛は八本脚をカサカサ動かし、赤く光らせた目で大地に照準を定め、――白い糸を吐きかけた。
「ハァァ!!」
 足腰に力を込めて横へ飛んだ大地。粘着質な太い糸は何も絡め捕ることなく、地面にベタリと張りついて消失した。
 護衛の陣を取るように、あおいが大地の前に寄り、
「糸に絡まるとコネクタの電流で筋肉が硬直するのかもっ」
 プレイヤーたちは〈スパイダー〉の放つ糸に次々と絡み捕られ、〈エレファント〉の猛烈な足踏みの餌食にされる。
 敗退者の最期を横目に、レミはヒナと並んでひたすら銃弾を放ち、
「みんな、できるだけ一か所に固まって! 絶対に生き残ってやるわ!」
 メンバーに指示を出し、ヒナにアドバイスを仰げば、