どこからその自信が……、とついつい心配になる大地だが、ともかく彼は剣のイラストを選択する。『〈ソード〉でよろしいですか?』とダイアログウィンドウが出現し、『OK』の選択肢をタッチ。すると人の座高ほどの長さはあろうかという洒落た西洋剣が、刃先を地面に突き刺した状態で目下に現れた。大地は片手で柄を握り、引き抜くと、
「おお! 握った感覚があるぜ!」
 ブンブンと乱雑に腕を振り回しても、剣は腕の動きに合せた完璧な振る舞いをする。
「ちょッ、危ないでしょ! 凶器握ってる自覚を持ちなさい!」
「へえ、コネクタの電流で神経を刺激してるのかな? ちゃんとグローブをはめてる感覚があるよ」
 両手をにぎにぎと動かし、あおいはその感覚を面白そうに確かめる。
「大地くん、どうかな?」
 ヒナの声につられて、彼女の方を振り向くと、
「おー、様になってる。〈ライフル〉もイケるな」
 スマートな身体に黒い戦闘用のスーツを纏い、上半身を覆う狙撃中を携えてみせるヒナ。まだ出会って間もないが、その凛とした立ち姿に大地は心強さを感じた。
 するとその時、RPGゲームを彷彿とさせる壮大なBGMが流れ出して、
『……――突如としてこの王国に攻めてきた宇宙からの侵略者、エネミー。女王〈バタフライ〉は王国全体へ不可視の領域〈コンプレックスフィールド〉を展開させ、数多の狂暴凶悪なエネミーを解き放つ。エネミーは〈コンプレックスフィールド〉を通じて自在に王国中を駆け巡り、国民を蹂躙し、国は瞬く間に支配寸前の状態へと陥ってしまった』
 先ほどの女性の声とは打って変わって、渋い男性のナレーションで〈拡張戦線〉のストーリーが語られる。研究所が制作したとはいえ、なかなか手の込んだゲームのようだ。
『女王〈バタフライ〉は美しく咲くエンレイソウに囲まれた城を攻めて国の姫を捕え、国民の心を屈服させるため、姫をエネミーに変貌させようと企てていた』
(エンレイソウ? なんでまたその草が?)
 思いもよらぬ草の名に大地は気がかりを覚えたが、ナレーションに集中し直す。
『知らせは密かに国民にも届けられる。「私たちは侵略を望みません。ただ夢を追いかけたいのです」という姫の声。嘆き悲しむ者たち、けれども姫を助けたいと声を上げる者も確かにいた。勇気あるヒーローは武器を取り、囚われの姫を助けるべく立ち上がる』
 そして視界の中央に、くっきり映える真っ白なフォントで、

 ―― 勇気ある者を城へと寄せ付けない凶悪なエネミーたち。さあ、その勇気が本物であることを示すべく、エネミーを討伐して城へと突き進め! ――

「〈ポイント・ゼロ〉がその城というわけ? ふふーん、なかなかキャッチーな設定ね。面白そうじゃない」
 仮想ウィンドウのマップを見ながらそう口にしたレミは、メンバーの注目を集めて、
「これはゲームだけど、私たちがこの世界に来た目的は忘れないように。そのためにまずは、宇宙飛行プロジェクトとこのゲームに関わる人物かもしれないヒナの記憶喪失を探っていきましょう。探りながら〈拡張戦線〉の開発チームにも接触していくわ」
「すぐにゲームオーバーになるようじゃあハナシにならねぇ。生き残ることを大事にしようぜ」
「困ったらすぐに言ってね。私たちはチームだから。もちろんヒナちゃんもね」
 研究部の三人の言葉に、ヒナは力強くうなずいた。
 残り10秒、9、8――……、カウントダウンは残りわずか。
 剣の柄に力を込め、大地は決意を心に刻む。
(ここまで来たからには研究の成果を絶対に掴んでやる!)
 ヒナの記憶喪失の真相を、そして高校生宇宙飛行プロジェクトの謎を知るために。
 
 そうして徐々にその数字を減らすカウントダウン。
 3、2、1、――――……。

 〈Welcome to Complex-Field!! ――Fight!!――〉


 ――――こうして拡張世界(コンプレックスフィールド)を巡る〈拡張戦線〉の火蓋は切って落とされた。


第三章  ネットワークに潜在された拡張現実〈ネットダイバー〉


       1

 ――――ゲームスタート。そしたら息をつく暇もなく、
「ハッ、さっそくお出ましのようだ」
 犬型、猫型の敵手《エネミー》が三体ずつ、大地らプレイヤーの周囲に出現する。瞳の照準を一体の犬型エネミーに合わせれば、視界の中で揺れ動く緑の枠線が対象を囲い、『Fase1 Dog』の赤いフォントとHPゲージがその頭上に表示された。続いて猫型に照準を定めれば、『Fase1 Cat』の名が浮かぶ。さらには最初の六体に加え、続々とフェーズ1のエネミーが現れた。
(歯の剥き出し方といい目元の歪みといい、いろいろとリアルすぎるぜ。これが《NETdivAR(ネットダイバー)》の技術かッ。ヒナの仮想体も含めて感動を覚えるくらいだ)
 犬型のモデルはドーベルマン、猫型のモデルはサーバルキャット。ともに凶悪な個体種だ。
 大地が胸の前で剣を携え、あおいが拳を握り、ヒナは狙撃銃の銃口をエネミーに向ける中、
「みんな、目指す先は〈ポイント・ゼロ〉の方角にある隣のエリアEよ! そこに研究員のスタッフがいる! けど向かう中でエネミーとの対決は避けられないわ! まずは他のチームと距離を置きましょう! 私たちはビギナー、フットワーク重視でエネミーと相手して!」
 レミの指示に三人からの異論はない。研究部チームは駅ビルを模した眼前の施設に移動しながら、その彼方にある虚数空間の世界(イマジナリーパート)の中心に建つ〈ポイント・ゼロ〉を目標におく。
「大地くん、後ろ!」
 ヒナの声に、駆け急ぐ大地は咄嗟に首を捻る。そしたら涎を撒いて先鋭の牙を光らせた〈ドッグ〉が懐へと食らいかかってきたのだ。
「うお、くおらあ!」
 前のめりの体勢のまま右足を軸に、コマのように身を捻って大地は剣を薙ぐ。〈ドッグ〉の胴体は真っ二つに斬られ、仮想体の断面から破損のようなエフェクトが散ったが、すぐに形を戻した〈ドッグ〉は大地へ再度牙を向ける。
「チッ、この!!」
 めげずエネミー目掛けて剣を振るうと、〈ドッグ〉はパリンッと粉々に砕け散った。しかし対処し切れなかった他のエネミーに腕や腹部、脚を噛みつかれ、左手首の《パラレルコネクタ》から微弱な電流が流れてHPが緩やかに削られる。
「大地、フェーズ1だからって油断できないわ!」
 大地に食いつくエネミーにハンドガンの引き金を引いていくレミ。パァンッ、パァンッと乾いた発砲音が夜の冷たいストリートに響き渡る。
 エネミーを始末した大地たちはロータリーを横切り、施設の開放されている入口に突入した。待ち合わせに利用できそうな、天井まで吹き抜けの構造になっている、二階の足場に伸びるエスカレーターが設置された広い空間に出る。
 四人は背中合わせで、四方に現れたエネミーに戦闘態勢を整え、
「ハァア! そらあ! くっ……、次から次へと……!」
 風を切って突進してくる〈キャット〉に刃を入れた大地は、緩む兆候のないエネミーのアタックを時に躱しながら、着実にエネミーを蹴散らしていく。
「レミちゃんはそっちを! 私は近くのエネミーを相手する!」
 個々で戦う大地、ヒナとは裏腹に、絶えずレミとの距離を保って動くあおい。付近三体のエネミーに対し〝最短の運動〟で拳と脚をしなやかに振り抜き、エネミーを無傷で撃破する。
(初っ端から飛ばしてきやがるぜ! フツー、序盤はチュートリアルも兼ねて優しく始まるモンだろうがよ!)
 着実に減りゆくHPを見て大地が苦戦を顔に滲ませていたら、ヒナが前方に割り込んできて、
「大地くん、こっち!」
 彼女はエスカレーターに沿った先を指差した。エネミーに気を配らせつつそちらを視野に入れれば、横一面の壁ガラスから差す星明かりがフロアを照らしている。大地はヒナに付き、エネミーを剣で払いながら停止したエスカレーターを駆け上った。
 二階のフロアに到着しても、やはりエネミーは遠慮なしに現れ、それも、
「あれは!? 新しいエネミーか!!」
 大地、ヒナから10メートルほどを隔てて宙に現れたのは長細い魚型のエネミー。さらにその後ろには、体長2メートルはあろうかという二本足のウサギ型が出現する。ウサギ型とはいえども可愛らしさを彷彿とさせるようなフォルムとは程遠く、鋭利な眼つきに真っ赤な瞳で、凶悪な爪を好戦的に振り回す。フォーカスが一致したら、『Fase2 Fish』、『Fase2 Rabbit』の名が敵の頭上に出た。
 コネクタの振動を通して、無線通信によるレミの声が届き、
『そっちもフェーズ2と出くわしたみたいねっ。一見してウサギがヤバそうに見えるけど、この手のゲームでヤバいのはサカナのほうよ! まずはサカナの動向に――……』
 しかしレミが言い終える前に、魚型の〈フィッシュ〉が目にもとまらぬ速さでヒナの胸を貫いたのだ。
「くぅっ!」
「ヒナ! チッ、レミたちは……っ」
 手すりから眼下のフロアを覗けば、ちょうど〈フィッシュ〉に貫かれていたレミは膝を折り、加えて声を上げたあおいでさえも易々と貫いてしまう。
(なんだよ、この速さ!? あれでフェーズ2!? くそぅ、威力はないにしてもあんなの簡単に倒せるかどうか……。それに〈フィッシュ〉以外にも……)
 気づけば、爪を光らせた三体の〈ラビット〉が大地へと獰猛に突進を始めていた。
 どうする……、苦く顔を歪めて〈フィッシュ〉と〈ラビット〉を交互に見るが、――その時、
「ここは任せて!」
 大地の前に飛び出たのは、――ヒナ。肩まで伸びるシャギーボブの赤髪がフワリと舞い、
「ヒナ、お前……ッ」
 大地は思わず手を伸ばしたが、彼女はそれを気に留めない。
 一体の〈フィッシュ〉がヒナをターゲットに飛来し、白銀の輝きが矢のように糸を引く。しかしあろうことか、ヒナは〈フィッシュ〉に向かって返り討ちのごとく駆けて、
「はああぁぁッ!!」
 エネミーと交差する瞬間、ヒナは体勢を下げてスライディングする。一直線に飛ぶ〈フィッシュ〉を間一髪で躱した直後、彼女はエネミーの軌道に右手を掲げ、その胴体を確かに掴んだ。強く握られた〈フィッシュ〉はヒナの手の中で跡形もなく砕け散る。
「まだまだぁ!!」
 高らかに宣言すると低い体勢のまま、流れるような所作で〈ラビット〉に向けて上半身を捻り、うつ伏せの格好になると左手に携えていた狙撃銃を構え、迫りくる三体へ矢継ぎ早に弾丸を放つ。一体は仕留め損なったものの、二体をヘッドショットで仕留めてみせた。
「テメェはオレが相手だ!」
 ヒナの横を駆け抜けた大地は、2メートル越えの仕留め損ないに刃を振り抜く。星の光に照らされた、悪逆な顔立ちがより鮮明に映える〈ラビット〉は身を引いて刃を避けるも、大地は引けを取らずに踏み込んで剣を薙ぐ。殴るように裂こうとしてくる〈ラビット〉の爪を、腰を屈めてかい潜りながら、
「トドメだ!」
 二度の斬りつけで見事エネミーを始末した。
 けれども大地は喜ぶよりも前に、目を丸くしてヒナに寄り、
「すげーな! ひょっとして凄腕の経験者か!?」
「あはは、身体が勝手に動いちゃって。でもコツさえ掴めばフェーズ2だろうと怖くないよ。大地くんにも倒せるって」
 ヒナは伏せた格好から起き上がると、気さくな笑顔でそう告げた。
『ヒナ、ひょっとして〈フィッシュ〉を倒したの!? だったら倒し方のコツ、私たちにも教えて! こっちは絶賛手間取ってる最中だから!』
「うん、〈フィッシュ〉の動きはバカみたいに一直線。なら大地くんは剣を構えて二枚おろしの感覚で斬ればよし。あおいちゃんは止めた拳にぶつける感覚でOKなはず。攻撃判定のあるグローブにあの速さでぶつかれば一撃じゃない?」
『ハンドガンタイプの私は?』
「狙撃はさすがに難しいから、レミちゃんはあおいちゃんをサポートしながら〈ラビット〉を倒そ!」
 ヒナの的確なアドバイスを受けた研究部の三人は、襲来するエネミーを着々と潰してゆく。
「本当だ、コツを掴めば〈フィッシュ〉は楽勝だ。これで先に進める!」