呆れ過ぎたあまり力が抜けて、僕は奈津美先輩の向かいのソファーに腰を下ろした。
 それを奈津美先輩は、交渉の余地ありと判断したようだ。妙な演説を始めた。

「悠里君、君は何のために学力を磨いてきたの? その力は何のために使うべきものか、よく考えてみて!」

「…………。……わかりました。考えた結果、僕の学力は僕のテスト勉強のために使うべきと判断しましたので、これで帰らせてもらいます」

「わ~! 嘘、冗談よ! 調子に乗ってごめんなさい。お願いだから、見捨てないで~!」

 カバンをつかんで帰ろうとした僕を、奈津美先輩が必死で引き止めてくる。
 こんなこと、ついさっきもやったな。学習能力ないのか、この人。

 そもそも、僕が勉学に力を入れているのは、司書の採用試験のためだ。
 正規採用の司書は募集が恐ろしく少ないため、採用試験は高倍率になることがほとんどだ。だから、高校生の内から勉強を頑張っているのである。まかり間違っても、奈津美先輩の赤点対策のために磨いた力ではない。

 ただ、ここで見捨てると、本気でこの人は落第するかもしれないしなぁ……。
 頭の中に、来年も今と変わらず奈津美先輩と過ごしている自分の姿が浮かぶ。そうなったら、部室プライベートスペース化の夢もパーだ。

 何より、校内での僕の評価が『留年生の手下』に変わってしまうかもしれない。さすがにそれは、恥ずかし過ぎて耐えられない。……これは、やむを得んか。

 奈津美先輩に背を向けたまま、諦めの吐息を漏らす。

 幸い、自分のテスト勉強は滞りなく進んでいる。模試対策で先の内容も勉強しているから、三年生のテスト範囲も大体何とかなるはずだ。

 よって、一応条件は揃っている。あとはもう、奈津美先輩に教えることで、自分の理解を深めることができるって無理矢理納得しておくか。
 奈津美先輩直伝、ポジティブシンキングというやつだ。僕はカバンを置き、もう一度ソファーに座り直した。

「……わかりました。とりあえず、テスト範囲を教えてください」

「ありがとう、悠里君! 今度、お礼にケーキ奢ってあげる!」

「そんなことはどうでもいいんで、さっさと始めますよ。期末まであと一週間。少なくとも赤点を取らないよう、ビシバシいきますから」

 パッと顔を輝かせた奈津美先輩に、僕はピシャリと言い切る。
 まったくこの人は、なんて人使いの荒い先輩なんだろう。奈津美先輩と一緒にいると、退屈を感じている暇さえない。
 僕は「やれやれ……」と苦笑しつつ、奈津美先輩に数学を教え始めたのだった。