そう。僕と先生の心配の種は、奈津美先輩が製本家として暴走することだ。なぜならこの人、二年前の文化祭でやり過ぎなくらいにこだわりまくって製本を行ってしまったらしいのだ。

 その年、文集の文章面は渋谷先輩と当時の三年生がすべて作成し、製本面は期待のルーキー(当時)であった奈津美先輩が一手に引き受けていたらしい。まだ製本家の卵とはいえ、素人の自分たちが口や手を出すのは失礼だ、という渋谷先輩たちの配慮だったのだろう。

 しかし、結果から言えば、これが大きな判断ミスだった。

 奈津美先輩渾身の製本は、出来だけを見ればとても素晴らしいものとなった。それはもう、高校の一文化部の文集とは、とても思えないほどに……。文化祭で展示した際にもちょっとした話題になって、最終日には新聞の取材まで来たらしい。

 僕も一年生の時に実物を見せてもらったことがあるけど、シックな革の表紙に煌びやかな金箔押しの装飾が施されており、奈津美先輩の力量に驚かされた。

 ただ、それだけの作品を制作するとなれば、当然ながら材料費だってかさんでくる。

 文化祭後、学校に届いた請求書の数々を見て、渋谷先輩たちと九條先生はびっくり仰天。製本にかかった費用は、元々雀の涙ほどしかなかった書籍部の予算を、はるかにオーバーしていたのだ。
 幸い、新聞取材を呼び寄せた功績と相殺で、オーバーした費用は学校に工面してもらえたらしいけど、書籍部関係者は揃って校長からこってり絞られたそうだ。

 おかげで、九條先生と渋谷先輩にとって、奈津美先輩の手製本はトラウマ級の嫌な思い出になっていると聞いた。もっとも、主犯である奈津美先輩だけは、喉元過ぎて熱さを忘れたようだが……。

 去年の文化祭で渋谷先輩と九條先生が奈津美先輩を止めたのも、これが理由だ。渋谷先輩にいたっては、号泣しながら決死の土下座まで敢行していた。「頼むから、僕が部長のうちはやめてくれ!」という渋谷先輩の嘆願は、今でも目に焼き付いている。

「先輩、手製本をやるのはいいですが、くれぐれも同じ失敗は繰り返さないでくださいね。僕、校長から説教なんて受けたくないですから」

「む~……。九條先生からも同じことを言われたわ。私だってちゃんと反省しています! 今回はお金が安く済むように、箔押しはしないで表紙もクロス装にするつもりだもん。同じ失敗をしたりしないわ」

「本当ですね? 約束ですよ」