そんな苗字だったか、と納得しつつ大して重要じゃないと思っている、名前なんて。だってわたしは目の前の男のことをよく知っている。スポーツ推薦で学力にそぐわない大学への合格を決めていることも、同じクラスに嫉妬深そうな幼馴染がいることも。わたしが考えていることをまるで察していない三枝は鈍感そうにわたしに笑いながら言う。


「横平って意外と勉強してるのな。どっか目指してるとこあんの?」

「エヘヘヘ、どこも目指してないよ。もうすぐ卒業するから寂しくて学校行ってるだけだし、みんな勉強してるからわたしもしてるフリー」


だいたいなんで自由登校になってからもこの男は学校に来てるんだよ。就職が決まっているはずの妹尾といい、必要ない人たちは外で遊んでいればいいのに。

わたしは何としても国立に受からなければいけない。前期試験はまるで手ごたえが無かったけれど、絶対に絶対に受からなければいけない。その執念をヘラヘラした顔と心の裏に隠して、馬鹿そうな茶髪を揺らして毎日学校へ向かうのだ。

あの息苦しい小さな箱、と思いながら、だけど勉強しなければならないし、ほぼ基本問題を身に付けたわたしは応用がきくようになるために先生に教えてもらわなければならない、背に腹は代えられなくて学校へ行っている。

例えばわたしは三枝のことが嫌いではない。人それぞれ得意分野とそうでない分野があり、それを自覚し、自分のできることを前に出して生きている人は、とても成功しているように感じる。

きっと三枝は大学でもサッカーを続けるだろうし、もしかしたら近々その世界で有名になっているかもしれないし、ならなくても特技は一生彼の財産になる。

彼が彼自身、全力で極めたか極めようとしたことを自分の特技として個性として、認められていくことは容易に想像できる。

比較して、特技もなく語れる夢もなく、勉強もせず流行り物にばかり気を遣い、色恋にうつつを抜かしている女を、わたしは見下さずにいられない。

まるで自分を見ているようだから。


勉強をしていない時間は、だいたいそんなことを考える。

わたしは白が好きだ。人はおよそ、自分にないものを求める生き物なのだろう。


4時間目の途中に、わたしの隣の席の男がやってきた。また来る必要のない人が来たよ、とばれないようにため息を落とす。


「おはようー瀬川くん」