車が俺の横を通ってたった、その水っぽい雪の音にふと我に返ると、もう日没が近くなっていた。とりあえず歩き始めてから、飯、と思った。
これが何かの肥やしになるのだろうか、こんな気持ちが。世界は俺の知らないことばかりだ。だけど大丈夫、きっと忘れていく。そしてまたどこかで思い出す。
顔を上げると街灯に反射する雪がきらきらと光っていて、なんだか儚いな、と思った。蹴ってぐしゃぐしゃにしても、夜に光を浴びれば、綺麗に見えるのだろうな、とも。
人のぐしゃぐしゃになった気持ちもきっと、どこかの角度からは、美しく見えているのだろう。
狂ったものが美しく感じるのも、きっとその一種なんだろう。
fin
愁ちゃんはこのクラスのどの男子にも一線を画している。かっこいいとかかっこよくないとかの問題ではもはやなく、完全に違うのだ。小さな顔に人と話していない時は少し物憂げな表情を浮かべている。物腰が柔らかくて、人を安心させる話し方をする。
いつもシャツをぴしっと着ていてボタンを一番上まで閉めている。細めのめがねで、しかもクリーム色のフレームが似合う男の人なんてそんなにいないと思う。けれどそんなことは当然なのだ、愁ちゃんが身に付けるものはすべて愁ちゃんのおまけであり、彼に合わせて、どんな色にも具合にも変わるのだ。
愁ちゃんが教室に入ってくるだけで、このクラスは一気に特別な色に変わる。
窓際の席で頬杖をついて外を見ると思いの外天気がよく、白い景色の上を鳥が飛んでいる。こんな寒い時期にも飛ぶ鳥がいるのか、と思うと春が近づいていることを実感する。そして晴れた日の、匂いもあのころと同じ。
愁ちゃんとは3年生の春に出会った。そして私は生きてきて初めて、恋をいうものを教えてもらった。
「沙苗嬉しそうだね。明日卒業なのに、楽しみなの?」
振り向くと自慢の友達である佐津川レナが私の方を見ている。ああ、可愛い、と思う。私は着席しているから立っている彼女のことを下から見上げる形なのに、彼女の顔に余計な脂肪や粗はない。
女の子は上から見られた方がきっと可愛いだろう、けれどレナは下からのアングルにも対応している。整った、派手な顔だ。比較すると私はなんて華がないんだろう、なんてもう思い飽きた。
私もレナも本気で、途方もない熱量で恋をしているという点では同じなのだ。