咲は推薦で、とっくに遥か遠くの国立大学の合格を決めていた。どのくらい遠くかと言うと、ここから移動で半日弱かかるという本州でない上に辺鄙な場所に立地する大学である。そこを目指したことは半年前から俺は知っていて、この半年は絶対に一度たりとも学校を休まないと決めていた。そして落ちろという呪いのような気持ちと、受かってどこか遠くへ行ってしまえという自棄のような気持ちの両方を抱え、どちらも決して咲の幸せを祈っているわけではないことに気づきながら、ただ思うことには抗えないでいた。


「瀬川と一緒なんだろ、あの知的めがね君」

「確かに瀬川くんはめがねだけど、素敵なめがねに分類されるわ」

「ダサい眼鏡と素敵なめがねがあるのかよ。優等生らしからぬ隠れた差別意識」

「めがね単体の話よ」


差別、のようなことを咲は嫌がる。差別的な容姿を持っているくせに、というよりも、群を抜いた容姿を持っているからこその余裕、というべきか。嫉妬深い人間にはいつもそんな風にささやかれる。そのくらい咲は誰にでも平等で、仏のようだ。今だって分類、という言葉が咲の口から出てくると違和感を覚えてつっかかりたくなるくらいだ。

咲と瀬川は一年間一緒に学級委員をやっていて、瀬川は咲のことが好きで、咲はきっとそれを知っている。俺がそれを知っていることも知っているだろう、だけど咲は瀬川と話しているうちに、一緒の大学を志望すると言った。俺の手が届かないような、はるか遠くの地にあるそれを。

自分の気持ちが時間をかけて細かく壊れていくのを感じる。なんとなく換気したい気持ちになって窓を少し開けるとざああ、という大きい音とともに冷たい風が吹き込んできて、教室の中で勉強をしている人たちのうちの数人のプリントを飛ばした。それはガサガサっという音を立てて、大学に受かることばかりを考えているクラスメイトたちは、心底迷惑だという顔をして俺をにらんだ。

俺は嫌われていたり疎ましがられていたりは決してしないという自信とともに、あぁごめん、と窓を閉めた。最近風がすこぶる強いなあ、と思いながら。


俺の愛は逃げ場のない絶望と共にある。