「うん。できたら全部揃えたいんだけど……文庫本でもちょっと高い、よね」
 一巻をひっくり返した裏には、1,100円、と書いてあった。文庫本にしてはちょっと高め。
 でもそれも仕方がない。純粋に厚みがあるのだから、そのぶんであろう。
 今日は一巻しか買えなさそうだ、と思う。
 でもそれでもいい。最初から全巻一気に買えるとは思わずに来たのだから。
 それにあと数ヵ月したらお年玉という収入もある。それを使ってまとめて買ってもいいかもしれない。
 そういう算段をしつつ、美久は「じゃあ、これ買おうかな」と一巻を大切に手に持ち直した。
「うん、そうか」
 快は言ってくれて、それから三階のレジでお会計をしたあとに二階へ降りた。
 次は快の買い物。
 新刊が見たいのだと言っていた。
「ああ、これ、これ。好きな作家でさ、ハードカバーで出たんだけどやっぱ高いだろ。だから良さそうだったら図書室で入荷リクエストしようかと思ってて」
「そうなんだ。入るといいね」
 快が手にしたのは青いカバーの本だった。海をイメージしたような爽やかなデザインの本。表紙からしてとても綺麗だった。
 そしてそれだけではない。
 その本を支える快の手。ごつごつしていて大きかった。しっかり男のひとの手だ。
 あの手でさっき、自分の腕を掴んで助けてくれたのだと思うと、美久の顔がまたちょっと熱くなってしまった。
 男の子に触れられて助けてもらったというのに、ちっとも怖くなかった。むしろ心底安心したのだ。それは不思議な感覚だった。
 それに今だって。
 男の子と二人で本屋さんに来て、一緒に本を見て回って、本についての話をしている。これも美久にとっては初めて体験することだった。
 女の子の友達となら何回もしたことがあるけれど、なんか違うものだなぁ、と思ってしまった。
 でもやっぱりそれは、楽しいとか、ちょっとどきどきはするけれど、嬉しいとか、そういう明るい気持ちであった。
 快がその新しい本を見ている間に、美久はその近くにある棚に視線を向けた。偶然、そこには美久の好きな作家の本があった。

 あ、こんなところにある。今日はお小遣いの都合で買えないけど、ちょっと見てみたいな。

 思って、美久はその本を取ろうとしたのだけど、ちょっと高いところにあった。手を伸ばせば届くと思ったのだけど、本の下のところにしか当たらない。
 でも伸びをすれば。
 思って伸び上がろうとしたのだけど、その前になにかが手に触れた。
 それはさっき見て、というか、見入ってしまった手のようで。
 一瞬、なにがあったのかわからなかった。
 ただ、その手が見た通りごつくてあたたかかったことをはっきり感じた。
「ダメだよ、危ないじゃん」
 美久の手。やんわり握って外されてしまった。そうしてから改めてその手が本を抜き出す。
 美久は下のほうしか届かなかったのに、あっさり抜き出したのだ。
 美久は手を下ろして、なんだかぼんやりしてしまった。
「高いところを無理に取ろうとしたら危ないって」
 言われてやっと、はっとした。
 快が取ってくれたのだ。おまけに危ないから、なんて自分を気遣ってくれて。
 かっと顔が熱くなった。
 手が触れたこともそうだし、危ないとか気を使ってくれたのもそうだし、本を取ってくれた優しさもそう。すべてが美久の頬を熱くした。
「あ、ご、ごめんね……」
 ここまでだいぶ普通に話せるようになっていたのに、またしどろもどろになってしまった。
 そんな美久に、快はふっと笑って「はい」と美久の取りたかった本を差し出してくれる。美久はどこか夢心地で「ありがとう」と受け取った。
 でもその本を開いても、どきどき心臓がうるさくて中身は頭にちっとも入ってこなかったけれど。